第三章 賢者の里 サラーニーへの旅 - 7
苦難の峠越えを果たし、遂に賢者様とご対面……のはず、なのに、
なんだなんだ?
なんだか、また雲行きが怪しい?
高原の村、サラーニーへ足を踏みれた僕とキィロ、
牧畜と、その家畜から派生する加工業、比較的冷涼な気候を利用した特産品などが市場に並び、思ったほど「山奥の村」っぽくない。
周辺の村々から、果実や干物を売りに来る行商人も多いようで、意外と活気のある街だった。
宿泊施設の充実ぶりも、麓のチチカステナンゴと遜色ないほど揃っていて、
「サラーニーは避暑地として有名なんですよ」
と、ツアコンのキィロが説明してくれた。
「こちらが賢者の館ですね」
禁忌異本ツーリスト・サラーニー支店の職員さんに案内された先は……
荒れ放題の木々に囲まれた、街の中の【異界】だった。
旧市街に忽然と現れた「森」は、明らかに人の手で作られた祠だったが……
「誰か手入れしていないんでしょうか?」
キィロの耳や尻尾に蜘蛛の巣が引っかかるほどの廃屋っぷりで……
「本当に、ここなの?」
半信半疑のまま、サラーニー支店の職員の後を着いていくと、
【賢者の館】
と看板が掛かっていた。
粗末な小屋に。
看板自体が、かなりの年代物で……文字は薄れ、不格好に傾いてるけど、
「ここみたいですね……」
予想を遥かに越えるヴィンテージ感に、さすがのキィロも面食らっている。
「あの~…………どなたかいらっしゃいますか? サラーニーの賢者様?」
細い枝木を組み合わせた「社」は、まるで魔女の館の趣。
中世の世捨て人が籠もった森の塒のようだ。
むしろ、このくらいの方が呪術的ハッタリを感じる、と言えなくもないけど……
「いかにも……」
突然、暗がりから、しわがれた老人の声が!
「ひいっ!」
暗闇でギョロリと光る眼に、僕とキィロは思わず尻もち着いちゃった!
「あ、あの! この村に高名な賢者様がいらっしゃると聞いて、訪ねてきたんですが……」
「左様。我こそサラーニーの賢者。迷える子羊に導き与う者」
「奥へ参られよ……」
(ポスターの通りだ……)
帝都の路地裏で見た、張り紙の「仙人」、
禿頭に、長~く白い髭。開いているのか閉じているのか分からないほど細い目に、眉毛も白い。
神秘的な賢者のローブを身にまとい、聖なる樹から切り出した杖を……支えに歩いてる。
「大丈夫ですか?」
足元が覚束ない「賢者」を見かね、すかさず老体を支えてあげるキィロ。
「忝ない……」
どうやらこの賢者さん、外見に違わず、相当、お歳を召した方らしい。
「さて……いかなる悩み事か? 遠方より来る貴族殿」
薄暗い「悟りの間」で仙人は僕らに尋ねた。
「それがですね、老師……」
そして僕は語り始めた。
エルフの村で起こった出来事、
避けがたい、哀しい運命、
賢王への説得失敗、
そんなこんなで、八方塞がりの現状を。
「……というワケなんですよ、老師」
「む……仔細、承った」
「何か、良いお知恵を拝借できないか? と参った次第です」
☆ ☆ ☆ ☆
「…………で?」
すぐ答えを貰えるものだとばかり思ったのに……
山吹色のお菓子を受け取った賢者様、僕らを追い返し、荒れ果てた庵に籠もっちゃった。
「ああいうものなんですよケンタロウ様、賢者様って」
「そうなのか?」
転生者である僕にはチンプンカンプンだ。
「ありがたいご神託が降りてくるまで、時間が掛かるってこと?」
そういう「システム」なのか?
「はい。ケースバイケースですが、相談すると数日待たされるのが普通です」
「勿体ぶるなぁ……」
これが異世界のテンポ感か?
何事にもノンビリしてる。
僕らの世界でも、前近代は終始こんな調子だったかもしれないけど……
「全ては智慧の女神の思し召し次第、ですので……」
宿屋も兼ねる酒場で、無為な酒盛りを開催すること三日目。
サクッと妙案を頂いて帰るつもりが、予想外の長逗留となっていた。
「早く頼むよ賢者様……こっちは時間がないってのに……」
現代のビジネスマン感覚では給料泥棒も甚だしい!
金返せ!
とかイラついても仕方ないけど……異世界に入れば郷に従え、だもの。
なんとも納得しかねる感情を抱えつつ、
サラーニ特産の、苦い苦ぁ~い地ビールを呷りながら愚痴を漏らしてたら……
「あんたら、まだ賢者様なんか頼ってるの?」
見ず知らずの村人からツッコまれたよ。赤ら顔で足元フラフラの男から。
「遅れてる~、さすがは貴族様、世間知らずのお坊ちゃまですなぁ~」
「おい、お前酔っ払いすぎだ!」
「申し訳ありません、旅の貴族様!」
慌てて、一緒に飲んでいた仲間たちがお調子者を窘めてくれたが、
「でもな貴族様、こいつの言うことも一理ある」
「もう賢者の時代じゃない。困りごとなら教会へ行った方が手っ取り早いぜ、貴族様」
「んだんだ。特にサラーニの賢者はもう歳だ。老眼で百科事典を読むのも辛かろう」
泥酔したお調子者ほどではないが、彼らも酒場の客。酒のせいで普段より口が回るようだ。
☆ ☆
「……最近は、ああいう方が多数派のようですよ、ケンタロウ様」
酔っ払い村人たちが僕らのテーブルを去ると、キィロがソッと教えてくれた。
「【ああいう方】?」
「実は賢王様の開明策で、各地の教会の書庫が一般開放されたんです」
僕らの社会でも図書館なんて一部特権階級のものだった。近代以前は。
庶民には高度な専門書など縁遠い存在だったのに。
その「知の独占」は教会の権威維持にも大きく寄与したはずだが……そんな既得権益まで、賢王が覆してしまったのか?
どんだけ啓蒙主義の英名君主なんだ、【僕】は……
「じゃ、この世界の「英知」は、教会や賢者の独占物じゃなくなった、ってことか……」
「おうよ」
ま~た部外者から口を挟まれた。
「賢者は時代の敗北者じゃけ」
今度は酔っ払いではなく、酒場には場違いな女の子だった。




