第三章 賢者の里 サラーニーへの旅 - 4
「嵐による崖崩れで、峠へ至る道は通行不能ですよ!」と、散々反対されたにも関わらず、
「実際に行けば、なんとかなるんじゃね?」というデスマーチ野郎特有の思考で、峠道を登り始めちゃった、我らが主人公、輿水健太郎。
果たして、彼らの無理矢理ツアーは無事に済むのか済まないのか……?
うおォン!
(さすがは地上最大の生き物だ!)
僕とキィロを載せた象さん壱号と弐号は、斜面をグイグイ登攀していく。
それほど速度は出ていない……ような気がするが、体格自体が全然違うので、意外と進む。
二メートル級のNFLとかNBAプレーヤーと一緒だ。
フォームはゆったりとしてても、実際はかなり速い。あれ。
一般人とは歩幅が違うことで起こる錯覚よ。
まぁ、この世界では「地上最大」ではないのかもしれないけど。
地下闘技場で見たレッドス・ネークは明らかに象より大きかった。
ドラゴンだもんな。そりゃ大きいよ。
ぱおーん!
しかし、こいつには!
ドラゴンには出来ない特技がある!
「よし! いいぞ!」
禁忌異本ツーリスト・チチカステナンゴ支店の職員さんが報告してくれた通り、峠へ向かう道には至る所で倒木が散乱していた。
これを人力で除けるのは骨が折れる。
まず人海戦術に頼るしかない世界では、相当の重労働になるはず。
(だが象ならば!)
ぱおーん!
成人男子すら軽々と持ち上げる強靭な鼻を駆使して、ポイポイと倒木を除けていく。
まさに重機並の働きだ!
象様々だよ!
通常の農作業では過剰な力も、まさにお誂え向きの現場じゃないか!
「すごいですね……」
出発前は半信半疑だったキィロも、目を丸くして象たちの働きを見守ってる。
これならば! 行けるかもしれない! この被災現場を越えて!
☆ ☆ ☆ ☆
賢者の里へのデスマーチ行軍、三日目。
隊長 アーシュラー男爵 ハーラー(輿水健太郎)
ツアーコンダクター トランキーロ・バッファローワン(禁忌異本ツーリスト社員)
象 壱号 エマーソンレイク(※チチカステナンゴの稲作地帯を潤す湖から命名)
象 弐号 パーマー(※そこで農作業していたお百姓さんの名を拝借)
峠越えの街道が通行不能、とは言っても、寸断現場は限られる。
断続的に現れる崩落箇所を除けていけば、残りの道は普段通りに進める。
「見えた!」
遂に峠だ。
いよいよ街道の最高到達点が、目視の距離に入った。いいとこ数キロの範囲内ってとこか。
ぱおぉぉーん!
象たちも歓喜の鳴き声で踏破の喜びを表す。
――しかし、
(このまま行くべきか留まるべきか……)
既に陽は西に傾きつつある。
そして山間の日没は早い。長い山陰が谷筋の街道を隠すからだ。
「このまま進むと、峠を越える前に日没を迎えてしまうかもしれないです……」
キィロは心配げな顔で僕を伺ってくる。
「……どうしましょう、ケンタロウ様?」
峠も近づけば、登攀斜度もキツくなってくる。
慣れない山歩きで、象たちの疲労も考えなくてはならない……
「ううむ……」
象だって生き物なのだ。機械じゃないなら、疲れもたまるさ。
「よし――今日はここで休もう」
何も慌てる必要なんてないんだ、最高点は目と鼻の先。
明日の朝には峠を越えていけるさ。
今晩は英気を養おう。
余裕を持って野営地を設定した僕ら、予定より早めの時間に行軍を終えた。
「二人とも、ご苦労さま」
エマーソンレイク(象壱号)とパーマー(象弐号)へ、いたわりの草を与える。
いや、その辺に生えてる草だけど。
ぱおぉーん!
すっかり懐いたエマーソンレイク(壱号)とパーマー(弐号)、僕に親愛のスキンシップを求めてくる。
「おいおい、こらこら」
こちとら脆弱な人間なのだから、手加減頼むよ。
丸太と同じ扱いされたら、変なところがもげちゃうだろ?
ぱおぉーん。
「ほんと、ありがとな……」
旅行代理店関係者全員から「無理だ、やめとけ」と言われたデスマーチに、付き合ってくれた壱号と弐号。
人間の勝手な都合で使役されたり放逐されたりまた使われたり――いい迷惑だと思うよ。
そんなワガママ貴族(僕)のため、こんな山の上まで付いてきてくれた二頭だもの。
もう愛おしいぞ、こいつら~♪
エレファント愛マシマシ☆
「このミッションが終わったら王宮へ来るか?」
どうせ敷地は有り余ってるんだ、象の一頭や二頭くらい飼えるだろ? エスケンデレヤ城で。
王城の丘だけじゃ、食欲を満たせないかもしれないけど……
「僕が市場からクズ野菜を分けてもらってくるよ」
どうせチチカステナンゴに居ても、二束三文で売られる身だろう?
居場所がないなら僕のところへおいで。
ぱお~ん……
食事して眠くなったのか?
象たちはゴロンと横になって、おとなしくなった。
「今日も大変だったな……ずっと山道を登って倒木を片付けて……本当にお疲れ様」
優しく象の頭を撫でて、二頭の傍を離れた。
☆ ☆
夢を――見た。
エスケンデレヤの王城に動物園を作って、面白おかしく暮らす夢を。
芸を覚えたエマーソンレイクとパーマーは、帝都の人気者になるんだ。
帝都の子供たちは目を輝かせ、本物の象に歓声を上げる。
そんな賑やかな、休日の昼下がり――
昼下がりだったはず。
太陽は真上から僕らを、燦々と照らしていたはず。
なのに。
空は暗転する。
まるで急に太陽が消失してしまったかのような、突然の闇。
失われた陽気の代わりに、身を切るような寒気が動物園を襲う!
寒い!
突然の冷気に震え上がる僕ら!
季節外れの冬将軍が、前触れもなく奇襲してくるなんて!
いったい何が起こったというのか?
いや?
待て?
これは夢だ。
こんな無茶苦茶な筋を脳内で生成しているのは僕自身じゃないか?
夢に脈絡を求めるな、と言われても、理不尽なものは理不尽だよ。
こんなアンハッピーエンドは、認められないよ。
(修正してやる!)
夢は所詮、夢物語。いったん目覚めれば、すぐに霧散してしまうものよ。
どんな悪夢でも覚醒によって退治され……
「えっ?」
――退治されなかった。
むしろ――悪夢は夢の中以上に、最悪な現実を僕に突きつけてきた。




