第三章 賢者の里 サラーニーへの旅 - 3
投げ売りされている象たちは可哀相だけど、まずはラタトィーユさんの方を解決しないことには、どうにもならないよ。
というワケで、ようやく嵐も去り、いざ峠越えの旅に出発!
…………のはずだったんだけど?
翌朝、嵐は去った。
台風一過の晴天、絶好の峠越え日和じゃない?
「よしっ! いざ行かん賢者の里・サラーニーへ!」
晴れ渡る空へ決意表明する僕、輿水健太郎! 今の身分はアーシュラー爵 ハーラー!
胡散臭いニセ貴族がワザワザこんな地方まで足を伸ばすとか、
世間的には「バカ殿のお戯れ」みたいな目を向けられているのかもしれないけど、
(僕らには目的がある!)
為さねばならぬことがあるんだ、僕とキィロには。
だから僕らは山を越える!
「いよいよ今日こそ峠越えだ!」
と宿屋の前で気勢を上げたところへ――それを挫く一報が。
「大変ですケンタロウ様!」
山越えのラバを連れてくるはずのキィロ、何故か手ぶらで戻ってきて、
「賢者の里…………行けなくなっちゃいました!」
慌ててキィロと一緒に禁忌異本ツーリスト・チチカステナンゴ支店へ出向くと、
「雨でみぢ崩っでいがんね。べごもんまもいがんね」(※雨で峠道が崩落しました。牛でも馬でも越えるのは不可能です)
小太りの支店長、自ら説明してくれた。
「やんばいおだっだ木がみぢば塞いで、かたずげんの、なんにじかがっかわがんねぇ(※多数の倒木が道を塞いで、復旧の目処も立ちません)」
いやいやいやいや。
(そんなこと言われたってさ!)
帝都から五日も掛けて来たんだぞ? 五日だぞ?
そのリソースを無駄にするのか?
勿体ないじゃないか!(※デスマーチ的 典型的なダメ思考)
「他にルートは? 回り道とか?」
「ね」(※存在しないので諦めて下さい貴族様)
「がげくずればっかでしゃますさんね(※峠道は崖崩れが何箇所も発生しています。無理に抜けようとしても困難な思いをするだけですよ)」
実際に峠を視察してきた禁忌異本ツーリストの職員さんたちは、服も長靴も泥まみれだ。
彼らの姿を見れば、被害の深刻度は子供だって推し量れる。
「いかが致しましょうか、ケンタロウ様?」
自然災害は不可抗力です、とでも言わんばかりの表情で僕を伺ってくるキィロ。
(こ……これは諦めなくちゃいけない流れ?)
最初から「行けない」と決めつけるのはダメじゃない?(※デスマーチ的 負の認知バイアス)
現場で探せば、回避ルートとか発見できたりしない?(※デスマーチ的 楽観的すぎる観測)
何故か抜け道が発見できそうな気がするぞ!(※デスマーチ的 根拠のない自信)
「われごとやねがらすんな(※無謀なことは止めておいた方が身のためですよ、貴族様)」
そんな僕を見透かすかのように、禁忌異本ツーリスト・チチカステナンゴ支店長が釘を刺す。
「てことは詰みか? ……詰みなのか?」
えっちらおっちら辺境まで旅してきて、「何の成果も得られませんでした!」か?
また五日かけてトボトボ馬車で帝都へ帰るしかないのか?
僕の二週間(行き帰りの旅程+チチカステナンゴ滞在)は全部、無駄????
「しょないべず(※誠に遺憾ながら、今回は……)」
「ぐぬぬぬぬ…………」
もはや僕、四面楚歌。
キィロも禁忌異本ツーリストの職員さんたちも、僕の決断を待っている。
『賢者の里は諦めよう』の、決断を。
ここでゴネても「分からず屋のバカ貴族」として呆れられるだけだ。
ツアコンの協力もなしに、旅を無事に終えられるものか。こんな見知らぬ世界。
僕一人じゃ帝都へ帰ることすらままならない。
野盗に襲われて、野垂れ死ぬのがオチだ。丸腰の貴族など。
「ケンタロウ様……」
(ここは……キィロや支店長の助言を聞き入れるべき、なのか?)
関係者全員が反対してる案件、
有能なアドバイザーに黙って従うのが、賢いクライアントの姿なんだろうな……
でも!
だからって!
あの山の向こうに、ラタトゥイーユさんを救ってくれる賢者がいるかもしれないのに!
麓からも見える、あの峠さえ越えていけるのなら……
「…………」
そんな諦めきれない僕を――
「ほげええええええええええ!」
摘まれた! ポッキー感覚で摘まれた!
「またかよぉぉぉぉぉぉ!」
こないだ僕を人間バトントワラーにした象が、再び、あの鼻で僕をフライハイ!
「ひいー! 降ろして降ろしてー!」
弱り目に祟り目だ。
「悪いけど今は、お前たちの相手をしている暇はないんだよ!」
今にも潰えそうな「賢者の里訪問計画」を、なんとか続行できるプランはないのか?
知恵を絞ってアイディアを捻り出さないといけないのに!
そんな時、
「あっ…………?」
空中に向かって逆バンジーされた瞬間――降りてきた。
デスマーチを可能にするヒラメキが降りてきた。
「本気ですか? ケンタロウ様……?」
「ああ!」
「こんな巨体で山を越えるなんて、聞いたことがありません……」
僕が披露した計画をキィロは半信半疑……というか、完全に疑っている。
「象で峠越えなんて……」
象に放り投げられた瞬間、「これだ!」と閃いた僕は、
露天商から即座に象を購入、「これで峠を越える!」と見得を切った。
「…………ケンタロウ様。誠に申し上げにくいんですが…………無理だと思います」
「あがすけすぎっべ(※添乗員の言うとおりです、無謀な試みです)」
キィロも、チチカステナンゴ支店長も呆れ顔。
しかし!
僕には勝算がある!
赤道直下に棲む象は、キリマンジャロを登山をするんだ。
乾いた乾季でも、キリマンジャロの中腹には熱帯雨林が広がり、それを知っている象たちは水場を求めて山を登る。
登れるんだ、あの巨体の持ち主でも山を!
アフリカ最高峰も何のその、だよ!
それに比べたら、あんな峠など!
「いざ! 今こそ行かん、野を越え山を越え!」
ぱおぉーん!
「賢者の里・サラーニーへ!」
ぱおぉーん!
僕の檄に応えて、象さんたちも鼻でシュプレヒコール!
冷ややかな視線の禁忌異本ツーリストの人たち(※キィロ含む)を尻目に。




