第三章 賢者の里 サラーニーへの旅 - 1
いよいよ二度目の旅へ出発!
果たして、健太郎とキィロは賢者から妙案を得ることが出来るのか?
っと……その前に、ちょっとだけ意外な出会いが……
僕とキィロ、二度目の旅に出る。
今度の目的地は賢者の里、サラーニー。
由緒正しい賢者から、王と宰相を黙らせる妙案を授かってくるんだ!
ぐうの音も出ないような解決策をね!
前回の火山より更に遠い旅程、ということで馬車を調達。
小さな馬車に揺られること五日で、チチカステナンゴなる地方都市へ到着した。
「ケンタロウ様、チチカステナンゴでトランジットです」
「なにゆえ?」
馬車を降りて納得。
「ほえ~…………」
活火山エルフ富士(※仮称)は美しい単独独立峰だったが、今回、向かう山は連なっている。
激しい造山運動の末に形作られた「山脈」の様相だ。
「これは馬車じゃ無理だな……」
山岳の峠道に特化した家畜でないと、越えるのは難しそうだ。
「私、ここの支店で移動手段を手配してきますので」
さすがツアコンさん、キィロは頼りになる。
「では、のちほど! もんじょわ!」
(※現在、麓の村、チチカステナンゴにて逗留中)
「さてさて……」
キィロの用足しが済むまで、僕は麓の町・チチカステナンゴの様子を物見遊山。
トランジットの街だけあって市場は活気が溢れ、様々な交易品が店先を飾っていた。
香辛料、毛皮、独特な色の野菜、魔法(リマンシール制作)用の希少素材も売っている。
どれも帝都ではなかなか見かけない珍品ばかりだったが……
「ほ?」
僕が最も驚愕した「商品」は、市場の外れで陳列されていた。
「これ? 売り物?」
「んだっす(※仰る通りでございます)」
値札を視ると……安い。まるで駄菓子屋みたいな値付けじゃないか。
「桁、間違ってない?」
「まずがってねぇっす(※間違っておりません、貴族様)」
これが正しい値付けってことは……つまり、中古車屋が「タダでいいから引き取ってくれ」と言わんばかりの値札で出してる超低年式車と同じ扱いか?
もちろん異世界のマーケットに中古自動車など売りに出されているはずもない。
「でけぇ……」
市場の外れで鎖に繋がれていたのは、象だった。
剥製や毛皮や肉ではなく、生きている象。
時折ユラユラと体を揺らしながら、道端に生えている草とか食べている。
「どだなだっす旦那? んぼごがらなづけだ象だがらよ、よっくいうごときくべ(※一頭、如何ですか貴族様、仔象から馴致した象なので、従順で扱いやすいですよ)」
などと薦められてもな。
僕は来年には元の世界へ帰る身、興味本位で象など飼え……
「ほげえええええええ!」
油断したところをキャプチュード!
鼻で僕の胴をグルグル巻きした象は、軽々と空中へリフトアップ!
成人男子の体重も人間バトントワラーとして掲げられてしまう!
「た、助けて……」
イゼルロン稜線で立ち往生事件を挙げるまでもなく、僕は高所が大の苦手!
二階の高さですら目が回る。
「なにもすんぱい要らねず旦那、かまてるだけだず(※心配は要りませんよ貴族様、象が、じゃれついてるだけですから」)
「ひぃぃぃ」
涙目の僕を察して、象は自分の頭上で静かにリリース。
「うぉぉ……」
そのまま象は、僕を載せたまま、ユラリユラリとチチカステナンゴのマーケットを歩み始める。
ひっきりなしに人が行き交う目抜き通りでも、象は悠然としたもので。
決して売り物に傷をつけるような真似はしないし、急ぐ人には道を譲って立ち止まる。
転んだ子供はヒョイと鼻で立ち上がらせてあげてる。
(なんて賢い!)
そして人に馴れている生き物なんだ!
ちょっと感動的ですらある、この賢さは。
そんな思いがけない「試乗」タイムも、空に邪魔される。
「雨……」
ゴロゴロゴロ……
雷鳴を合図に急変する空――――ほどなく、ポツポツと雨粒が落ちてくる。
流れてくる黒い雲、本降りの気配。
すると象は僕を頭から降ろし、「ぱおーん」と挨拶して踵を返した。
「試乗車」自ら、元の居場所へと帰っていく。
「賢い……」
――でも、その賢さが、むしろ哀しい。
象が帰るのは安住の厩舎ではなく、在庫一掃のワゴンセール。
雨に濡れながら去っていく象の後ろ姿は――何とも言えない寂しさがつきまとっていた。
瞬く間に雨は勢いを増し、僕は慌てて宿へ戻る。
道行く人たちも用事を諦め、軒下に身を寄せるほどの降りだった。
賑わっていた市場も急遽店じまい、そそくさと売り物が片付けられる。
ただ――象たちだけを残して。
「…………」
旅館から眺める象は、哀しい目をしていた。
抗えぬ運命を悟ったかのような、諦観の瞳で雨に打たれていた。
「すごい雨ですねー」
支店への用足しから帰ってきたキィロは、
「何をご覧になってるんですか、ケンタロウ様?」
浮かない顔の僕を案じて、同じ角度で外を視る。
「ああ……」
その光景で、僕の気持ちを察してくれたようだった。




