第一章 開設! 男爵様専用窓口! - 1
というワケで、異世界へ強引に召喚された社畜サラリーマン・輿水健太郎。
「別に「ドラゴンや魔王倒せ」とか言わんから、ノンビリ過ごせや」
と、王様直々のお達しに、ホッと胸を撫で下ろしたものの……
影武者役の【順番】が回ってくるまで二百数十日!
なんてクジ運が悪いんだ僕は…………
朝。
衛兵の交代ラッパで目が覚める。
「え、ええと……」
つい癖で、スマホのスヌーズを止めようとしてしまうが……
「ああ……」
天蓋付きのキングサイズベッドで、自分の境遇を思い出す。
そうだった。
僕は、この世界の王様に無理矢理召喚された身だった。
そして王様から直々に爵位を下賜され、影武者としての順番待ちしてる転生者だった。
「改めて……広いな……」
僕の部屋は大阪城西の丸というか江戸城北の丸というか、エスケンデレヤ城でも本丸とは別棟。
普通の邸宅なら「離れ」と呼んで差し支えない建物なんだろうけど……
お城ですよ。
浦安シンデレラ城なんかとは比べ物にならないほど本格的な城。
見晴らしなどは筆舌に尽くしがたく、
現代で例えるならば、さしずめ、ロスを見下ろす超高級住宅街並みの眺望と環境。
コンクリートジャングルのタワマンなんぞとは風情が違いすぎる。
その絶景を眺めるベランダは、ヘリコプターすら着陸できそうな広さ。
屋内へ戻ると、高級ホテルのラウンジ丸ごと、みたいな調度が居並ぶリビング。
「なんだこれ?」
……そこに一人。
僕一人。
「広すぎて、吐きそう……」
東京近郊のライフスタイルで育ってきた身にとっては、こんな広さは毒だよ、毒。
早晩メンタルがやられてしまうぞ……こんなとこに住んでたら。
異世界に心療内科はあるんだろうか?
王様お付きの占い師とか祈祷師みたいなの? あれに縋るの?
「てか、出勤せねば!」
社畜には朝の余裕など、なし!
出社して自分の席に着くことで、初めて社畜は人として人権を得る!
それが社畜!
スーツ……では逆におかしいので、郷に入らば郷に従え。
クローゼットに備えてあった服を適当に着込む!
「これでいいんだろうか……?」
なんか学芸会の王子様みたいな格好だけど……服の仕立ては、素人の僕が見ても最高級。
博物館に飾ってある伝統工芸品みたいな、達人のクラフトワークじゃないの?
王国御用達の呉服屋が納めた代物か?
(ユニクロとか青山とかあれば楽に揃えられるのに……この世界のビジネススーツも)
当然ながら、そんなもの異世界に存在しない。
「おはようございまーす」
エスケンデレヤ王城には、社員証を見せなくても入ることができた。
一応、昨日王様から貰った『額(貴族の証)』も携えてきたのだが……
衛兵には顔パスの連絡が行ってるのか、それともこの王子様ルックが効いたのか?
とりあえず「自宅(離れの城)」から「職場(王城)」へ歩いてきたものの……果たして僕のオフィスはどこだろう?
案の定、宮廷内では僕の格好は浮いていた。
行き交う官吏たちは、事務官らしい機能的な……いや、機能的と言っても、そこは異世界仕様。男子もエキゾチックなワンピース。
頭には役職の肩書を表す冠を被っている。地位の高そうな人はゴージャスな冠、ヒラの人は、シンプルな冠を。
そんな格好の官吏たちが慌ただしく動き回っていた。
そう。慌ただしく。
慌ただしく動くことが社畜のマナーであり、自己防衛本能なのだ。
そうすることで「懸命に働いてます!」感が出るからね!
現代も異世界も変わらない。宮仕えはツラいよ。
(そうさ、そうだとも!)
「生存戦略ー!」
それこそが平社員の自己防衛よ!
などと人間観察していると……
「あ」
せかせか動き回る働き蟻の中に、ゆったり優雅に宮廷を移動する人。
それは自分の成果をアピールしなくてもいい人。出世を考えなくともいい人。つまり偉い人。
「宰相さん!」
昨日、王様と一緒に、転生者へガイダンスしてくれた人!
官吏服も一際豪華で優美なデザイン。そして、それが似合ってしまう美丈夫の宰相、
現代なら、ハリウッドにスカウトされてたんじゃない? ってくらいのダンディ。
もしも僕が女の子なら、彼が相手役の異世界恋愛譚になるね!
緑川光か子安武人声のイケメンラブストーリーに。
「ごきげんよう、アーシュラー爵」
同性なのにドキドキするって相当だよ?
僕には、そんな趣味ないのに。
「あの、お忙しいところ申し訳ないんですが、お訊きしたいことがございまして……」
「なんなりと。男爵閣下」
「僕のオフィスは、どこでしょう?」
「オフィス?」
「どこに座って、何の仕事をすれば?」
「そんなものありませんよ、宮廷には」
「あ、外回り営業ですか?」
「いいえ、必要ございません」
「は?」
「そもそも貴族様方が、このエスケンデレヤ王城へ登城なさる機会といえば……」
「いえば?」
「年中行事を除けば、主上との鷹狩りか歌会くらいのもの……あとは花見か月見?」
なんだ?
なんだこの噛み合わない会話は?
根本的なところで認識がズレている?
「……宰相さん、つかぬことをお訊きしますが……貴族って、普段は何を? 貴族っていうくらいだから国会とか?」
「何ですか「コッカイ」とは?」
「やだな~、国の決まりごとを定める会議ですよ~、集めた税金の分配とか……」
「それは王が御前会議で決裁なさることです」
「じゃ貴族のおしごとは?」
「特には」
うそー!?
貴族って無職なの? 実質ニート? 無任所大臣? ……名ばかり上級国民?
「貴族様方のお仕事ですか……戦争でも起きれば話も違いますが……」
「あっ! 知ってます! ノブレス・オブリージュですね!」
元々軍人のギネスと違って、僕は単なる社畜なので戦闘力はゼロだけど。
でも兵站管理とかなら、力になれるかも?
「とはいえ賢王様の治世下では、不断の外交努力により諸外国とも友好な関係を保持しています」
「では、戦争など?」
「起こる気配もございません」
さ、さすが! 『賢王』の異名は伊達じゃない!
「神は天に在り、世は全てこともなし――この聖ミラビリス王国は幸福の国なのです」
「え、えええ…………」
「アーシュラー爵にも、聖ミラビリスの加護有らんことを」
と百万ドルスマイルを浮かべた宰相さん、優雅に持ち場へ戻っていった……
「あわわわわわ……」
どうしたらいいんだ!
「休め」「帰れ」は、失業の時に言う言葉!
仕事を奪われた社畜は、手持ち無沙汰が死因となる。
「あと二百四十日も! 何をしてればいいんだ! 僕は!」
「お前の好きにしろ」など、社畜の首を真綿で締める言葉だ!
頭を抱えながら自室へ戻ると……
「禁忌異本ツーリスト アーシュラー爵様専用窓口?」
僕の部屋の前に、
正確に言うと、広すぎるリビングと、城の廊下とを繋ぐ回廊部に、
銭湯でいうところの番台の位置に、即席の窓口が設置されてる!
簡素な椅子と机と看板と……ケモミミのツアーコンダクターさんが待ち構え、
「禁忌異本ツーリストから派遣されました、トランキーロ・バッファローワンと申します」