第三章 税が払えねば領民は不安よな。アーシュラー爵、動きます。
「だめ☆」
帝都へ帰り着くなり、王への目通りは叶った。僕が希望した通り。
叶ったのは良かったが……
王様の答えは、けんもほろろ。
にべもなく否定されてしまった。
「どうしてですか! 賢王陛下ともあろう御方が!」
王は【平行世界の僕】だ。その性格は知り抜いている。だって【自分】だもの。
何に納得し、何を理不尽と感じるか? そんなものは手に取るように分かる。
だから、もう一人の自分がこの目で見た窮状を説明すれば分かってくれる…………はずだったのに。
「アーシュラー殿」
優秀な宰相が寡黙な上意を補う。
「国を治めるに、最も大事なことは何と思われますか? 爵は」
「……平和?」
「その通りですアーシュラー殿」
宰相は努めて穏やかな口調で僕を諭す。
「国を平らかに安んじ、可能な限り紛争を除くこと。それこそが為政者の務め」
「国家安康君臣豊楽だよ、爵」
王は宰相の説明にご満悦。
「社会不安の元は不公平感より生まれ出る、これは歴史が証明しています」
続けて宰相、理路整然と続ける。
「税の公平性は、治世者が最も遵守するべき規律なのです」
「ぐうぅ……」
「アーシュラー殿、聖ミラビリス王国は広大な国です」
「…………」
「ひとたび例外を認めてしまったら、どうなってしまいますか?」
我れも我れもと例外扱いを願い出て、その行き着く果ては社会不安だ。
為政者への不満が蓄積され、叛乱予備軍が生まれてしまう。
不公平感こそ革命を生む端緒となる。
「爵よ」
「賢王陛下……」
「それは「王」が行ってはならぬことだ」
☆ ☆ ☆ ☆
「返す言葉もない……」
「コテンパンでした……」
さすが賢王と称される王様、逆にこちらが説得されてしまったじゃないか。
ガックリと肩を落として、謁見の間から退散する僕とキィロ。
「でも、このままでは……」
キィロの気持ちは痛いほど分かる。
年貢の徴収時期である秋まで、残された時間は限られているのだ。
ラタトゥイーユさんを助けるためには、そこまでに何とか打開策を見出さねばならない。
「こうなったらやっぱり……僕が小麦を買い占めて、年貢の肩代わりをするしか……」
「つまりケンタロウ様が借金を背負うんですか?」
「そうなる」
「でもそれって……」
キィロの危惧も分かるよ。
村一つの年貢を全て賄うほどの大借金を抱えてしまったら……
「ケンタロウ様の【不良貴族ポイント】が……」
「更に何ポイント減らされてしまうのか、分かったもんじゃないよね……」
既に三つ減ってて、残りは七しかない僕の【不良貴族ポイント】。
どんな「やらかし」で、どの程度減るのか、誰も教えてくれないもんだから、もう戦々恐々、
僕のような異邦人には計り知れないデメリットだよ!
特権階級だからといって何でも許されるワケじゃない。
タダでさえ目立つ存在なのだ、当然、その振る舞いには厳しい目が向けられる。
(不良貴族ポイントが存在するなら、最初から言っといてよ!)
と勝手にキレても後の祭り。
王様から貰った『貴族証』の裏には見えるか見えないかくらいの微小フォントで【貴族憲章】が記してあった。
もちろん不良貴族ポイントのこともシッカリと。素行の悪い貴族は処罰の対象となる、と。
僕の悪い癖だ――契約書も読まずにサインしてしまうのは。
自分でも分かってるのに、同じ失敗を冒してしまう。
甘い言葉に騙されて、口約束を鵜呑みにする。
何度、痛い目に遭えば、身に沁みるのか?
バカバカバカバカ! 僕のバカ!
だから搾取される人生なんだ!
経営者にも!
異世界の王様にも!
「ヨォ! なに暗い顔してんだアーシュラー爵!」
王城を出たところで声を掛けられた。
僕と同じ、仮面で素顔を隠した【同じ顔】の転生者から。
同じタイミングで召喚され、王様からニセ貴族の家名を下賜された【同期】に。
「ギネス……」
ツヤツヤだ。ツヤッツヤの肌は充実したナイトライフのお陰なんだろうか?
てかコイツ大丈夫なの?
毎晩毎晩あんなドンチャン騒ぎで遊郭を豪遊して。
もうそろそろ不良貴族ポイントが上限に達してしまっているんでは?
「知らんのかアーシュラー?」
「へ?」
「一ポイント未満のやらかし点は、切り捨てでゼロになるんだぞ? 日付を跨げば、ゼロからカウントし直しだ」
「はぁぁぁぁぁ?」
そんなシステムだったのか? 不良貴族ポイントって????
艶やかな遊女を何人も侍らせたギネス一行、
「契約書はちゃんと読んどけよ、アーシュラーちゃん!」
と僕を鼻で笑いながら去っていった。
「くそう……」
片や帝都で噂になるほどの大宴会に興じておきながら、お咎めなしのギネスと、
片や一人のエルフすら救えずに「何の成果もありませんでした!」の僕。
同じ【僕】のくせに、世渡りの手際が違いすぎる……
まるで僕じゃないみたい。
いや、違うんだけどさ。
正確に言えば【平行世界の僕】だから、同じようで違う。
ギネスも一つの可能性だし、僕も、ああなり得たのかもしれない。
…………精力絶倫の女好きに? 毎晩毎晩遊郭で乱痴気騒ぎを繰り広げるような?
いやぁ、ないない。
どんなハチャメチャな人格形成過程を経たら、そういう【自分】になるんだ?
想像つかないよ全然。
「大丈夫です、ケンタロウ様」
肩で風を切る勝ち組オーラには見向きもせずに、キィロは僕を慰めてくれた。
「ケンタロウ様は、とてもお優しい方です」
「優しいだけで、何も出来ないんじゃ仕方ない……」
いくら理想論を振りかざしても、具体的な結果が伴わなければ単なるロマンチストだよ。
【今、そこにある理不尽】に打開策を打てないのなら……
「――私がお手伝いします」
ありがとうキィロ……君が「僕専属」で良かった。
君が、笑顔で励ましてくれるから、この世界は暖かさで満ちているよ。
連休なので更新開始してみました。
芋煮でも食いながら楽しんで下さい♪




