第二章 ストレンジャー・ザン・パラダイスロスト - 3
復興に向けて、意気上がるエルフたち。
そのお祭り騒ぎの中で、「自分たちは所詮、余所者なのだ」という現実に直面する健太郎とキィロ。
分かっちゃいるけど……つらい。
☆ ☆ ☆ ☆
建築ラッシュに湧くリープフラウミルヒ村はポジティヴな活気に満ちていた。
被災前までは、美しき哲学者の村か? と錯覚するほど、秩序と静寂の村だったのに、
否が応でも肉体を駆使する復興のフェイズでは、エルフさんたちもバイタリティに溢れている。
静かな夜が今では、毎夜ごと宴会の賑やかさ。
エルフ村は復活の謝肉祭とでも言わんばかりの盛況を迎えていた。
家が失くなってしまった人も、畑が焼け野原になってしまった人も、
それを艱難辛苦と嘆き悲しむこともなく、互いに励まし合っている。
つよい。
活火山の麓に住むエルフたちは、こうして生を繋いできたんだ。
美しいだけではない、生き抜く強さをもった人たち。
ちょっと村の生活を齧っただけで「永住希望」などと、ほざいていた自分を殴りたい。
彼らは、火山と共に生きる覚悟を持った人たち。
無責任な部外者には窺い知れぬほどの覚悟を持つ。
「ああ……なんて格好悪いんだ……僕は……」
「もんじょわ……」
僅かの滞在で「理解ったつもり」になっていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい。
村のお祭り騒ぎにも馴染めずに、
僕とキィロ、ガックリと肩を落として村長の家へ帰ってくると、
「貴族様」
「なんでしょう村長さん?」
「大切な話があるので、今晩は部屋でお過ごし下さい」
と、体よく人払いされてしまった。
充てがわれた二階の部屋に戻るなり、
「部外者には聞かせられない話なんて初めてじゃないか? この、村に来てから……」
「ですよね?」
キィロも感じたようだった。村長の【ただならぬ雰囲気】を。
リープフラウミルヒは騒動らしい騒動も、諍いも何もない平穏な村だ。
人々はオープンで、あらゆる隠し事とは無縁の村だったはずなのに……
「ん?」
二階の窓から外を見下ろすと、見覚えのある二人の影。
壮年の男女が、難しい顔を浮かべながら村長の家へ向かってくる。
「あれはラタトゥイーユのお父さんとお母さんじゃないか?」
大火災で焼け落ちる前まで、お世話になっていた家の夫婦が――こんな夜遅くに村長の家を?
「何の話でしょうね?」
「どうも穏やかじゃないな……」
まるでブラック企業の経営者が、内密の首切り会議を開催するみたいな不穏さを感じる。
「キィロ!」
「もんじょわ!」
彼女が所持していたリマンシールを剥がし、自分のオデコに貼り付ける!
「権能せよ! リマンシール! デビルイヤー!」
(※リマンシール:デビルイヤー 聴力を百倍に強化する千里眼系魔術回路)
『……皆も知っての通り、今回の噴火で小麦の貯蔵庫も焼けてしもうた』
抜群感度の【地獄耳のリマンシール】は、階下の会話を余すところなく伝えてくる。
まるで同じ部屋に居るような臨場感だ。
『収穫予定の畑も、壊滅同然じゃ』
『よって、今年の年貢は払えぬ』
神妙な声で村長と副村長は村の現状を語る。
対峙するラタトゥイーユの両親は黙したままで、
『知っての通り、聖ミラビリスの法に拠り、年貢は小麦以外認められておらぬ』
『よって――ラタトゥイーユを年貢の代替として差し出すことに決定した』
ただ、押し殺した啜り泣きだけが胸を締め付けてくる。
「許せません……こんなこと許されないです!」
気がつけばキィロは号泣していた。
骨伝導で術者以外も聴くことが出来る地獄耳のリマンシール――くっつけた額越しに、嗚咽の震えが伝わってくる。
「お願いですケンタロウ様! ラタトゥイーユさんを連れて逃げましょう!」
止めどなく零れ落ちる涙で、キィロは僕に訴える。
僕の袖を痛いくらいに握りしめながら。
分かる。
その気持ちはとてもよく分かる。
せっかく仲良くなったラタトゥイーユさんが【売られてしまう】なんて耐え難いことだ。
(だけど、だけどさキィロ)
「ダメだよ、キィロ……」
「どうしてですか、ケンタロウさま!」
「そんなことをしたら、ラタトゥイーユさんは村に居られなくなる」
「あ……」
「家族と離れ離れになっちゃうんだよ、たとえ僕らと逃げたって」
反抗期の家出と同じレベルだよ。一時の激情に任せても、何の解決にもならない。
「男爵様の仰る通りです、キィロちゃん」
「――ラタトゥイーユさん!」
噂をすれば影、話題の張本人が廊下から僕らを覗いていた。
「私が逃げたところで別の子が差し出されるだけ。その子が親と引き離される」
「…………」
「私はもう、十分。他の子より年長だし、そのぶん、両親の愛情をいっぱい受けましたから」
「ラタトゥイーユさん……」
「私が行きます」
「でも!」
「仕方がないんです。リープフラウミルヒに住むエルフの宿命ですから。噴火が起きれば、誰かが必ず務めなくてはならないんです」
「…………」
「たまたまそれが私に回ってきた……山の神様の思し召しです。誰も悪くない」
「ラタトゥーユさん……」
「そんな悲しい顔しないでキィロちゃん、男爵様。私、村の役に立てて嬉しいんです」




