第二章 ストレンジャー・ザン・パラダイスロスト - 2
噴火は収まったはずでしょ?
何を取り乱す必要があるのか?
ケンタロウの心を掻き乱す、キィロの悲鳴。
一体なんなのか?
狼狽える彼女の目に写ったものは????
ただならぬキィロの声に、慌てて避難壕を飛び出すと……
キィロは断崖の先に立っていた。
それも、今にも崩れ落ちそうなほど膝を震わせ……
「キィロ?」
様子がおかしい。明らかにおかしい。
もうエルフ富士の噴火は収まったんだ、不気味な火山性微動も鎮まった。
そんなに何を狼狽えてるのさ?
「ケンタロウ様…………村が……」
青い顔でキィロが指差した先には……緑あふれる山間の村 で は な く !
( 黒 い ! )
炭の色だ。炭化の色がリープフラウミルヒをドス黒く染めてしまっていた!
それが錯覚などではないことは鼻で分かる。
獣人種の鋭敏な嗅覚でなくとも、僕の鼻腔にも漂うんだ――焼け焦げた木材の匂いが!
「ひ、ひどい……」
あんなにも美しかった村が……炭化している!
実り豊かな畑も、エルフ様式の家屋も、家畜小屋も、教会も、蔵も、水車小屋も、学校も、
「そんな……」
飛来した火山弾のお蔭で、跡形もなく焼け落ちている!
絶望の俯瞰に、僕とキィロは膝から崩れ落ちた。
穏やかなエルフ理想郷――――その無残な廃墟図は僕らを完全に打ちのめした。
(ラタトゥイーユさん! 村のみんな!)
なんと声をかければいいのか?
なんとお悔やみを述べればいい?
平穏な暮らしが一瞬にして崩壊してしまったエルフたちに、なんと言葉を?
「ケンタロウ様……」
半泣きのキィロから縋るような目を向けられても……僕だって泣きたい。
こんな惨状を目の当たりにすれば、どんな慰めも虚しい。
言葉など上滑りするだけだ。
(なにも! ――なにもここまでしなくてもいいじゃないですか神様!)
――と、オロオロ嘆くばかりの僕らに、
「なに、いつものことですじゃ」
いつの間にか避難壕から出てきた長老が呟く。
「何年かに一回、見舞われるものですじゃ。儂らエルフには慣れっこのこと」
「でも……」
「赤子から爺様婆様まで一人も犠牲にならなんだ。慶ぶべきことですじゃ!」
長老の言葉は……余所者に対する虚勢でも強がりでも気遣いでもなく、
「貴族様が気に病まれることなど、なんもございません」
――あくまで自然体の言葉だった。
「なぁに、家など、また皆で建て直せば済むことです、貴族様」
「小麦の貯蔵庫が焼けても、リシリー湖がある」
「湖の貝や昆布は無尽蔵。いくら田畑が潰れようと、餓死とは無縁の村でございますよ」
「儂らエルフは山の民、湖の民なのですじゃ」
絶望に卒倒しかける村人など一人もない。
努めて冷静に現状を受け止め、口々にポジティブな未来を語り出すエルフたち。
気休めや度の過ぎた楽観論とは違う、地に足が着いた言葉で。
産まれたての雛みたい震えることしかできない僕らとは、言葉の重みが違っていた。
「やっぱり――――僕らは部外者なんだな……」
すっかり現地に馴染んだよ、とか、それはただの思い過ごし。傲慢な過信でしかなかった。
フォリナーであってストレンジャーであってエトランジェなのだ、僕らは。根本的に。
非常事態は、化けの皮が剥がす。無慈悲なまで本性を曝け出す。
【 焼け落ちてしまった村 】を前に、ただ取り乱すばかりの僕らと、
これからも【ここ】で生きていく住民たちとでは、
(覚悟が違う。全く違う)
起きてしまった悲劇に対する捉え方が違う。
「ですね……」
キィロもまた、シュンとお耳を垂れ、落ち込んでいる。
焼け落ちた村を目撃した時、僕とキィロだけが世界の終わりでも見たかのように頭を抱えていた。
ショッキングな光景が【部外者】を炙り出す、試験紙となる。
翻って『当事者』は――リープフラウミルヒの住人は知っていた。
豊かな雨は、すぐ森を再生すると。
たとえ村が焼け落ちても、やがて復興は果たされる。
それを肌で知っているから前を向ける。
その夜、僕とキィロは――
部外者の孤独を噛み締めた。




