第二章 ストレンジャー・ザン・パラダイスロスト - 1
絵に描いたような楽園、エルフの村・リープフラウミルヒ。
衣食住すべてに満たされ、村の住民も穏やかで美しい。
まさにパラダイス。
「もう、ずっとここに住んでいたい……」
異世界冒険譚の主人公とは思えないほど、緩みきった我らが主人公・輿水健太郎。
しかし……
おや?
なにか様子がヘンです…………
ゴゴゴゴゴ……
「んん?」
竹林を抜ける涼風のゆらめき……とは異なる、異質な揺れが僕のハンモックを震わす。
ゴゴゴゴゴゴ……
ただならぬ鳴き声を上げて、森から鳥たちが飛び立つ。一斉に。
まるで捕食獣を発見したインパラのような俊敏さで。
それはつまり【今、迫りくる危機】に直面した時の反応――緊急事態の挙動だ!
「地震!?」
ハンモックの紐を通じて伝わる、不気味な脈動。ブルブルとしたバイブレーション。
(これは! 只事じゃない!)
「ケンタロウ様!」
すぐさまキィロがデッキへ飛んできて、僕のハンモックを爪で切り落とし!
「ぷぎゃ!」
墜落した僕に身を寄せ、不測の事態に構える!
自分の尻尾を痛いくらいに僕に巻きつけ、一緒に蹲る。
「いったい何事?」
キィロは唇に人差し指を当て、僕を黙らす。
五感を研ぎ澄まして周囲を観察する彼女もまた、【危険】の正体を測りかねていた。
「男爵様!」
デッキで警戒態勢の僕らを、庭先からラタトゥイーユさんが呼ぶ。
「こちらへおいで下さい!」
家に留まっては危ない、ということだろうか?
揺れに気を払いながら慎重に立ち上がると……
「えっ?」
二階から俯瞰する村の様子に、ひどく僕らは戸惑った。
だって……
村人たちが一斉に家の外へ出て、列を成し始めていたんだ……
断続的な揺れが続いてるにも関わらず、村人たちは努めて平静に【行列】へと加わっていく。
手には提灯を持ち、「エルフ富士」とは逆方向の禿山へ向かって歩き出す列に。
老若男女、村人全員が意思統一されたかのような動きで。
「何をしてるんだ?」
この空気感、僕が知る最も近いものは――送り盆の提灯行列とか? ああいう雰囲気。
子供から老婆に至るまで、厳かに鎮魂の礼を為す。
でも、提灯行列は宵だから映えるんだろう?
日が落ちる時間には、まだ早すぎるのに……
「行きましょう、男爵様」
ラタトゥイーユさんに促されるまま、僕らも村外れへ向かって練り歩く。
ヘラヘラ無駄口を叩く人など一人もおらず、【エルフの行列】は粛々と続いた。
(なんだ? なんだこれ?)
何か儀式的な意味合いのある行動なのだろうか?
疑問は募るばかり。
でも、厳粛な雰囲気に流され、僕もキィロも口を挟めない。
そして禿山を登ること、小一時間。
「うわぁ……」
エルフ行列の終点は――【巨大洞窟】だった。
禿山の洞窟は相当広かった。
リープフラウミルヒ村の全住人を飲み込んでも、まだ余りある。
階段の踊り場のような空間が幾つも奥まで連なって、なるほどこれは提灯が役に立つ。
(ここが目的地みたいだし、そろそろ「行軍」の意味を尋ねてもいいかな?)
押さない、駆けない、喋らないで秩序正しく行進してきた村人たち。
「巫山戯たり茶化したりしてはダメだ」という同調圧力は、何らかの『蔑ろにしてはいけない』意味があると考えるのが自然じゃないのかな?
村の掟として絶対に守らねばならない決まりごと、あるいは土着信仰の類か?
この行動の正体を……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「うっ!」
再び強まる揺れに村人たちも身構える。
キィロの尻尾もギュッと僕の腰を巻いてくる。
(まさか、地震だから、こんな洞窟まで避難してきたの?)
(おかしくないか?)
むしろ逆に危ないんじゃない?
揺れが続く中、禿山を登るとか。
エルフさんたちの家屋は木造の骨組みに植物などを編み込んだりしているから、軽いはずだ。
石組みの壁が倒壊するような家造りよりは、遥かにしなやかだと思う。揺れに対しては。
わざわざ外を出歩くより、家の中で大人しくしていた方が……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「キャーッ!」
聞き分けよく大人に従っていた子供たちも、さすがに声を我慢できなかった。
それほどに強烈な揺れ。
パラパラと頭上から小石まで降ってくる。
もはや「微動」の域は越えた。とっくに越えた。
立て続けに訪れる震度3、もしくは4くらいの揺れに皆が身を固くした時、
遂に!
山が!
ドカーン!
この世の終わりみたいな【爆発音】が洞窟に木霊した!
「ケンタロウ様!」
「キィロ!」
この恐怖! 抱きしめられずにいられようか?
無力な僕らは、互いを確かめ合うことでしか恐怖に耐える術を持たなかった。
そうだった。
ここは火山の麓じゃないか。
僕は温泉を求めて、この火山を案内してもらったんだよ。すっかり忘れてたけど。
リープフラウミルヒの平穏に和み切っていたけど。
考えてみれば――
エルフ富士(※仮称)は、紛うことなき活火山。
僕は火口まで直接足を運んで、この目で確かめたんじゃないか。噴煙を上げ続ける地獄谷を。
リシリー湖も溶岩で堰き止められた火山湖なんだし、
小麦工作に適した土地が乏しいのも火山灰土壌のせい。
この村の支配者は――あの火山に他ならない。
ひとたび火山が機嫌を損ねれば、ヒトなんてひとたまりもないんだ。
※ ※ ※ ※
数十分から数時間、不定期の間隔で爆発するエルフ富士に、眠れない夜をすごした僕ら。
僕とキィロは震えながら抱き合い、浅い眠りのまま朝を迎えると……
「あ…………」
小鳥の囀りが響いていた。
あらゆる嘶きを掻き消してしまう、暴力的な地響きは鳴りを潜め……
「……終わった……のか?」
朝日の差し込む洞窟を見回せば、村人たちは自宅のベッドで休んでいるかのように、安らかな寝息を立てている。
(終わったんだな……)
穏やかなラタトゥイーユさんの寝顔に、僕も胸を撫で下ろす。
「いやいや……まさかこんな体験をしてしまうとは」
ほんと、キィロとの旅は大変なことばかり……
「ん? ……キィロ?」
震えながら抱き合っていた添乗員さんの姿が見えない。
(お花でも摘みに行ったのかな?)
「ケンタロウ様!」
突然、
絹を裂くような彼女の声が!
避難壕の外から響いてきた!




