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第二章 エルフが狩るものたち - 2

キィロやラタトゥイーユさんは僕のことを褒めてくれるけど、いやいや。

不肖・輿水健太郎、そんなに持ち上げられるほど聖人君子じゃない。

普通の現代人ですから。


そんな、さすおに展開は僕には似合わない。

だから満喫するのです!

お気楽極楽な異世界バケーションを!

「それよりもだ!」


 シデン貝のコハク酸とシシリー昆布のグルタミン酸は、相性が最高だ!

 里山ではトリュフと松茸、椎茸(※っぽいもの)も採れた。

 これで贅沢キノコ入りボンゴレスパゲティを作れば確実に美味い! 間違いなく!

 異世界美食王に、僕は成る!


 んが。


 僕の『野望』は、ここからが難題だった。


「…………小麦粉がない?」

 小麦のグルテンこそ麺作りには必須。小麦なしではパスタの喉越しは再現不能と言っていい。


「村の穀物と言えば、これです」

 とラタトゥイーユさんが見せてくれたのは……

「ドングリ……」


「小麦どころかヒエやアワのような雑穀も育ちにくい土壌なのですじゃ……」

 リープフラウミルヒ村の特殊性を長老が説明してくれた。

「限られた耕作地で小麦も栽培しているんですが……全て年貢向けに貯蔵しています」

 なるほどね、封建領主には銭ではなく収穫物を治めることになっているのか。

 貨幣経済が行き届かない地域も残っている世界では、それが普通なのね。


「じゃが、恩人である男爵様の所望しょもうなれば、村の蔵から融通ゆうずうしても……」

 などと長老が申し出てくれたが、

「いやいやいや! そんな大切なものを頂くワケには!」

 大事な種籾たねもみまで強奪する北斗の拳のヒャッハー軍団ですよ! そんなことしたら!

 さすがにそれはディストピアのモヒカン並の外道。人でなしの所業!

 僕には出来ません!

 そんな大事なものを戴くわけには!


「小麦だけ、帝都から取り寄せられないかな……」

 とか呟いてみたものの……現代先進国並みの物流網なんて望むべくもないのは分かってる。

 ここは異世界だもの。

 アマゾンに発注したらデリバリープロバイダが届けてくれる、みたいなシステムは存在しない。


「あのイゼルロンの稜線が、交易を妨げておるのです」


 長老が語る通り、リープフラウミルヒ村が鎖国を強いられるのは、自然の要害のせいだ。

 止むことのない暴風吹きまくり、荷馬車や馬を谷底へ突き落とす恐怖の稜線――イゼルロン。

 一日二回の僅かな凪を縫って、大量の物資を輸送するなど現実味が薄い。


「極上ボンゴレスパゲッティ、夢のまた夢かな……」



 とはいえ。

 そんな「ワガママ」さえ言わなければ、リープフラウミルヒは快適この上ない場所だ。

「ごきげんよう貴族様、お裾分すそわけをどうぞ」

「いつもありがとうございます」

 豊富な山の恵みと湖の水産物で食糧は潤沢。

 王国一の美味スープで食が進む進む。

 固いパンと塩味のイモばかりだった帝都の食事に比べれば、夢のようだ……


 田舎の暮らしは、慎ましやかだけど満ち足りている。

 人々は太陽のリズムで寝起きし、穏やかな時間が流れる。

 次々に迫りくる納期と、突然の仕様変更に怯えて過ごす必要などないのだ。

 満員電車の殺人的ラッシュに疲弊ひへい余儀よぎなくされることもない。

 理不尽クレーマーやパワハラ上司に怯えなくてもいい。




 僕とキィロはラタトゥイーユさんの家を間借りして過ごしていた。

「二階のデッキを借りていいですか?」

 ラタトゥイーユさんと彼女の両親の、三人暮らしにしては妙に広い家だったが……

「ええ、もちろん男爵様」

 二階から張り出たデッキにハンモックを吊るし、そこで読書するのが最高に気持ちがいいんだ。

 直射日光を遮る竹林の木漏れ日とサヤサヤ優しい葉擦れの音。


挿絵(By みてみん)


「ああ……癒やされる……」

 まだ帝都で消耗してるの? 本当のスローライフはここにあるよ。


「きぞくさまー!」

 目敏く僕を見つけた子供たちが呼びかけてくる。

「今度また、帝都のお話、きかせてねー!」

 好奇心旺盛で人懐っこいエルフボーイズ&ガールズ。

(天使か!)

 素直で純朴で本当に愛らしい。

 ホビー感覚でゴブリンを虐殺していた貴族の子弟とは大違いじゃないか。


 というか、子供に限らずリープフラウミルヒの村人は、押し並べて美男美女ばかりだ。

 これもイゼルロンの隔絶のせいか?

 エルフ種族としての「純度」が高く思える。


 思えば、帝都では多くの人種が行き交い、多様性の坩堝るつぼと化していた。


 この世界、多種族同士でも交配が可能なのかもしれない。

 思えばキィロも亜人種だし、ヒト側の特徴が強く出ている子もいれば、ケモノ側に寄った外見の子も混在していた。

 この世界に冠たる帝都・エスケンデレヤでは。


 翻ってポツンとエルフ村、外との人的交流が極端に少ない。イゼルロンの稜線のせいで。

 そのため人種的な特徴が純化されるんだろうか?

 とにかく幼女からおじいちゃんおばあちゃんまで美形ばかり。

 それはもう、世界の名画から抜け出てきたみたいな人が普通に村を歩いてる。

 ここはルーブルかオルセーか、エルミタージュか?

 眼福にも程がある。


 そんな、目にも舌にも心地よいエルフ村。


「もう王都には帰りたくない……」

(影武者の「出番」が来るまで、このリープフラウミルヒ村で過ごしてもいいかな……)


 村人は、外から来た僕らにも分け隔てなく接してくれる。

 まるでずっとこの村で暮らしてきたみたいな錯覚を覚えるほど、フレンドリーに接してくれる。

 この村に滞留たいりゅうして数週間、

 もはや大半の村人とも顔見知り、他人のような気がしないよ。


 今日も、リープフラウミルヒは、こともなし。

 遊び回る子供の声と鳥の声、さざめく木々の葉音。

 川を流れるせせらぎは、僕を優しく――眠りへと誘う。




 ゴゴゴゴ……

「ん?」


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