第二章 エルフが狩るものたち - 1
ひょんなことから手負いのエルフさんを助けてしまい、村の歓待を受けた我らが主人公、輿水健太郎と添乗員キィロ。
予定外のエルフ村で、彼と彼女が目にしたものとは……?
翌日、地元エルフの娘さんに案内された先は、
「ここがリシリー湖です、男爵様」
村から丘一つ越えたところにある湖は、想像よりずっと大きかった。
「広いですね、ケンタロウ様……」
「ああ……」
まさか、向こう岸が霞んで見えないほどの湖だったとは……
王国内の景勝スポットを熟知しているはずのミス・ツアーコンダクターも目を丸くしている。
「あれが僕らが昨日登った山だよね」
湖越しに流麗な円錐の裾野そびえる活火山、今日もモクモクと煙を吐いている。
通称・エルフ富士(※今、考えた)。
「あの山から流れ出した溶岩が、川を堰き止めて出来たのが、このリシリー湖です」
「へぇ~」
小舟で湖に乗り出してみると……エルフ女子たちが素潜りで昆布漁してた。
「ほえー……」
湖底から茎を伸ばしたリシリー昆布は、カルフォルニアのジャイアントケルプ並みの威容。
味噌汁の出汁にしたら、何百、何千人分を賄えてしまうのか?
斯くも壮大なる、水中の森。
この世界では淡水に大型の二枚貝が棲み、巨大な昆布が生える。
さすが異世界。
似ているようで少し違う。
「次は山だな」
エルフさんの案内で、僕とキィロは近くの里山へ。
湿潤で鬱蒼とした森の地面には、様々な菌糸類が自生していて、これもまた採り放題。
「ところでラタトゥイーユさん、体は大丈夫なの?」
「案内なら是非に」と申し出てくれたのは、僕らが河原で助けたエルフ、ラタトゥイーユさん。
「エルフの秘薬を呑めば、一晩で治りますから♪」
「へぇ~」
「この草です。この弟切草を生薬としたものが癪の特効薬なんです」
顔色も見違えたラタトゥイーユさん、その辺に生えてる草を摘んで説明してくれた。
エルフ伝来の知識、奥深い……
まぁ、野草くらいなら僕にだって。
「これは確か食べられるよね? ギョウジャニンニク……」
「男爵様、それイヌサフラン(※毒草)です」
危うく収穫籠に入れそうになったところをキィロが即座に止める。
「ごめんごめん……あ、これは分かるぞ! フキノトウ! 素人でも分かる!」
「男爵様、それはハシリドコロ(※毒草)です」
「詳しいね……キィロ……」
「男爵様」
「はい?」
「山菜の生兵法は死にますから。あの世に直結しますから。舐めてたら悶え苦しみますから」
真顔で説教されてしまった……
「ううう、面目ない……」
僕程度の知識では話にならないのね……
「ちなみに一番危ないのはコレです、トリカブト。色々な山菜と間違えやすいので、これと似てるやつは決して口にしないで下さいね」
と、僕に釘を差したキィロ、何故かトリカブトを自分の籠に入れてるし……
籠を一杯にするほどの大収穫を抱えて下山してきたものの……
「全然ダメですね……」
僕の収穫物は半分くらい毒キノコだったよ……
「面目ない……」
苦笑いのラタトゥイーユと真顔のキィロに選り分けられてしまった。
ラタトゥイーユさんちの台所に、「使えない食材」の山が出来てしまった。
「山へ行きたいと仰るから、野山に精通なされた方かと思ったら……」
森の民に笑われてしまったわ。
でも仕方ない。
だって僕は自宅と会社を往復するだけのインドア人間、
東京近郊の半端なコンクリートジャングルで育った者だ。
森の民からすれば素人同然なんだろう。
「僕には才能がないな……」
科学文明前夜の世界では使えないことこの上ない。
現代のモヤシっ子サラリーマンじゃ、現環境のサバイバル能力は並み以下もいいところ。
異世界転生したら俺TUEEE!!!!的なチート能力とか授かるんじゃないの?
それが普通じゃないの?
この世界には存在しない爆発的アドバンテージで無双できるんじゃないの?
なのに現実は……
僕が特別なのは【王様のソックリさん】という一点だけじゃないか。
そんな自信喪失の僕にもキィロは、
「でも、男爵様は貴い方です」
と、微笑みかけてくれる。
まぁ貴いと言えば貴いよね。一応貴族だし。名ばかりのインチキ貴族だけど。
「先日の賭博小屋で」
散々格好悪いところばかり見せてしまったよね……キィロには。
「急に健太郎様が姿を消すし、龍は暴れ始めるし、私、アリーナで右往左往していたら……」
「…………」
「ふと気がついたら男爵様、龍の前に倒れた子を助けようとしてて」
我ながら無謀すぎたよ……あの時は。
「私……すごいと思いました。龍を前にして、あんな行動を採れるなんて……」
自分でも、どうしてあそこまで出来たのか思い出せないよ……
炎を吹きながら迫りくるレッドス・ネークを思い出すと、背筋が寒くなる。今でも。
「ええ、男爵様は優しい方です」
ラタトゥイーユさんもキィロの想いを踏襲して、
「見ず知らずの私を、最後まで見捨てないでくれました」
僕に微笑みかけてくれた。
「ラタトゥイーユさん……」
だって、あんなとこで無責任に投げ出せないでしょ――――人として?
「正直、諦めかけました。このまま死んじゃうんじゃないかって。河原で発作を起こした時は」
「ラタトゥイーユさん……」
「私もです、男爵様」
「キィロ……」
「暴風の稜線で立ち往生した時は、絶望で目の前が真っ暗になりかけたのに……」
「男爵様が諦めなかったから、私たちは、こうしてみんな生き延びられたんです」
「いくら感謝しても感謝しきれません、男爵様には」
「キィロ……ラタトゥイーユさん……」
僕だって確固たる自信があったワケじゃない。
天才軍師の華麗な采配、などとは程遠い、無茶で無謀ないきあたりばったりだった。
ただ、結果オーライの幸運を掴んだだけとも言える。
それでも二人は僕に、信頼の瞳を向けてくれる。
作業を止め、ギュッと僕の手を握りしめてくれる。
「あなたを信頼しています」の強さで。
僕は、自分が、そんな称賛を受けるような人間だとは思わないけれど……
――ああ本当に、諦めなくて、良かった――
それは心から思う。
どんな縁だって、縁は縁だ。
生まれ落ちた世界が違っても、ひとたび縁を結んだなら大事な仲間だよ?
仲間がツラい目に遭うのは見過ごせないし、
仲間のためなら多少の骨折りだって、厭うものか。
だって仲間なんだから。
もうキィロだってラタトゥイーユさんだって僕の大切な仲間なんだ。
生きる世界が違っても情は移る。互いに分かり合える。
そんな人たちを無碍な扱いなど出来るものか。
「男爵様は…………愛と勇気に溢れる方です」
――アンパンマンかな?
「いや、僕はそんな大層なものじゃないよ……」
いくら身内でも、過大評価が過ぎるよ、キィロ。
僕は――
トカマク爵みたいに合理性に徹することもできないし、
ギネス爵みたいに蛮勇やヒロイズムに酔いしれるような剛毅さも持ち合わせていない。
たまたま見過ごせない人が目の前に居たから、なけなしの勇気を振り絞ってみただけで……
逃げ出せるもんなら逃げ出したくて仕方なかったんだよ。
僕は弱虫なんだ、決断できない優柔不断男なんだよ……
「というか『男爵様』は気恥ずかしいよ。健太郎でいい」
なんか喚び方からして過大評価されているようで、こそばゆい。
僕は何の特殊能力もない、家柄や血筋も偽物の――単なる輿水健太郎さ。
王様と顔が瓜二つというだけの。
「それよりもだ!」




