第一章 ケモミミ添乗員さんと行く異世界ワールドミステリーツアー - 2
突然、何の前触れもなく異世界転生を果たした健太郎。
え?
これってどういうこと?
……の次第を語ってくれます、王様(召喚者)と宰相さん。懇切丁寧に。
「取り乱さずともよい。異なる世界の同胞よ」
王の【僕】は余裕綽々に僕らへ語りかけてきた。
「賢王様の諱は「コシミズ ケンタロウ」――皆様と同じものにございます」
戸惑う僕らに宰相らしき美丈夫が説明してくれた。
「つまり俺たち、それぞれ別の世界の「コシミズ ケンタロウ」で」
「お前もお前もお前も平行世界の俺ってことか……」
俄には信じがたい説明に、【白衣】も【トップガン】も信憑性を疑っている。
ドッキリでした! とでも言われた方が、まだ納得できる。
いきなり平行世界とか、そんなの信じろって言われても!
「ではまず、約束を交わそうぞ」
玉座の王は、歓待の笑みを浮かべながら玉座を立ち、
「余、賢王フラムドパシオンが約定する。【転生者には理由なき危害を加えぬ】」
我が言葉こそ公となる、とでも言わんばかりに。
すると一言一句、言葉のまま祐筆が書にしたため、それを小姓が掲げてみせる。
「更に余は王の言葉で約定する。【盟約が果たされし暁には、転生者を元の世界へ還す】と」
「「「……………」」」
顔を見合わせて、互いを窺う僕ら。
「己こそ、己の一番の理解者であろう?」
僕、輿水健太郎は約束を破るのも破られるのも嫌いだ。
約束の反故は、自分であろうと他人であろうと許せない。
そんな僕の性格を見透かすようにして、まず王は「約束」を明示した。
「己を知るからこそ、己が最も納得できる言葉を紡げる」のなら、それは僕らを納得させるに足る行動だった。
「質問よろしいか?」
それでも半信半疑の【白衣の僕】が切り出した。
「無論。他ならぬ吾の頼みよ」
慈悲深き王様は気前よく応える。
「俺らを、この世界へ喚んだのは貴様か?」
「いかにも」
「何のために?」
「帥らに頼みがある」
「困るな、副業は軍の規定で禁止されているんだが……」
MA-1のナイスガイが茶化すのも無視し、
「影武者か」
白衣の【僕】が先を読む。
(この状況を鑑みれば、そうなるか……)
僕ら四人の共通項は「同じ顔」のみ。
それと「王様の頼み事」を結びつければ、その結論(影武者)が導き出される。
「困るんだよ王様、打診もなく無理を求められてもサァ!」
専制君主相手でも物怖じしない白衣の【僕】、同じ僕とは思えない強心臓。
「明日明日にも核融合炉の実証実験が迫ってるんだよ! 見ず知らずの王様に費やす時間など!」
(か、核融合炉?)
違う世界の【僕】は相当のエリート技術者らしい。
理系の成績が散々だった僕とは月とスッポンだ。
「よろしい」
想定内、とばかりに微笑む王様は、更に「約束」を重ねた。
「余は王の言葉で約定する。【帰還する転生者を召喚時の「場所」と「日付」へ戻す】と」
「!!!!」
トップガンも研究者も一瞬で意味を理解した。
王の言葉が真だとするなら――――この召喚は白昼夢。
この世界で、どれだけ時を過ごそうと、帰還時は【セーブポイントへ戻る】に等しい。
元の世界では、僕の時間は止まったままだ!
僕が戻った時点で【時は再び動き出す】。
ザ・ワールドじゃん!
すごい! さすがは王様!
「こちらへ参れ」
王は僕らを肖像画の間へと導いた。
天窓から調光された神々しい部屋には、王の肖像画が二十枚から三十枚ほど……
(いや、違う?)
「皆、この世界を満喫し、元の世界へと還っていった者たちよ」
服装は背広、作業服、白衣、学生服、袈裟に警官、消防士、板前……
見覚えのある服もあれば、
これは毛皮? 向こうは羽織袴? あっちには仰々しい防護服らしきものまで。
どういう世界なら、そんな格好する必然性があるのよ? な服まで。
どうやら並行世界の可能性とは相当に振れ幅のあるものらしい。
なのに、モデルは全部僕の顔。物凄いシュールな絵面なんだけど…………我ながら。
「我が世界へ喚び招かれし者たちよ」
居並ぶ肖像画を背に、王は訴える。
「帥ら、僅かばかり余の代わりを務めよ。さすれば、これらの者たち同様、この世界で我が世の春を謳歌できようぞ」
先立って、この世界を満喫した【僕】の肖像画には「登場人物」が多すぎる。
【僕】を中心に美女たちが侍り、自分のモテ度を自慢しているかのようだ。
どいつもこいつも。
【僕】って、こんなに好色一代男だったのか?
出会いの機会すら皆無の社畜マンには想像もつかないけれど……
王様の後ろ盾があれば僕も、そういう「素質」が開花してしまうのか?
先達たちに倣い、僕も両手に華の肖像画を残して、自分の世界へ帰ることになるの?
「つまり、影武者の代価がコレってことか」
「我が世の春を謳歌する身分を、王様が保証してくれるってこと?」
【白衣】と【軍人】の明け透けな質問にも、にこやかに王は頷いた。
「旅の恥は掻き捨て、か……」
「それも、王様お墨付きの」
「招かれし異世界人よ。余が願いを了とするならば……これを受け取るが良い」
美しい木彫りの額に収められた「書状」を、王は僕らに提示した。
「後嗣の絶えた休眠家名に御座います」
と宰相が補足してくれた。
古めかしい異世界文字で流麗な筆致が刻まれ……何が書いてあるのか皆目見当もつかない。
「どれでもいいんだろ?」
「三家、どれも同格でございます」
「なら適当で」
トップガンと技術者は躊躇いもせず、その書状を受け取った。
僕には残り物が、宰相から手渡された。
「では、貴殿はギネス爵トッド」
「貴殿はロブスキー爵トカマク」
「貴殿はアーシュラー爵ハーラーと名乗るがよい」
パキッ!
なんだなんだ、なんの音だ?
「授かりました!」
薄暗い部屋の隅で、王様お抱えの占い師が亀の甲羅に火を入れて……亀卜占い?
「花の月から蟹の月までをギネス爵。獅子の月より秤の月までをロブスキー爵、霜の月より魚の月までをアーシュラー爵に割り当てるが宜しいでしょう……」
「それは、どの程度なんです?」
そっと隣の宰相さんに尋ねてみると、
「一年を三等分して、一人あたり百二十日余りの計算となります」
(ちょ、ちょっと待って?)
てことは?
アーシュラー爵が最後ってことは、僕が一番長く待たされるってこと?
さすがにそれは困る……と意義を申し立てようとしたら、
「あがっ!」
王国お抱え占い師に何か押し付けられた!
固い動物の骨を目元当たりに!
ちょうど視界を確保できる部分だけくり抜かれた骨を、僕とギネスだけに!
「余は、王の言葉で約定する。【帥らを貴族に任ずる。この仮面に誓って】」
その言葉で、仮面が顔に張り付いてしまった。
ちょっとやそっとじゃ剥がれそうもないほどに。
「その仮面は、余が命じるまで決して外れぬ」
まぁ、隠れているのは目だけだから、日常生活への影響は最低限かもしれないけど……
「王は常に、唯一の存在よ」
確かに、王様と同じ顔が二人も三人もフラついてたら相当に面倒だ。
「この仮面を着けたまま百二十日か……出し抜いたな【ロブスキー】の野郎!」
「悪いな【ギネス男爵】、先にバカンスを愉しんでおけよ」
ちょっとちょっと! 僕なんか、あと二百四十日、このまんまなんですけど!