第二章 デスマーチからはじまる温泉狂想曲 - 4
ビュワァァァァァァッ!
問題は、風。
トラックが横倒しになりそうな強さで、風が強く吹いてる。
こんな風が吹く中、狭い稜線を渡るなんて自殺行為もいいところだ。
死にたくなかったら引き返すべき、と本能が訴えてくる。
「そんな……」
添乗員さんも絶句している。
プロのツアコンも知らない山奥の村……行くも地獄、退いたら病人が手遅れ……
「どうしろってんだよ……」
手詰まりの僕へ、息も絶え絶えのエルフさんが、
「風の谷は…………凪の時間が。夜明けと夕暮れの二回、凪が訪れるのです」
俄には信じられないが、彼女の言葉を信じるしか他に手はない。
僕らは待った。風避けの壕に身を潜め、来るべき凪を。
そして太陽が山陰へ姿を隠れかける頃……
「マジでか!」
――――なんということでしょう。
あれだけ吹いていた強風が、パタリと止んでいるではありませんか!
「今だ!」
正直なところ僕も高いところは苦手。
「男爵様! 大丈夫ですか?」
展望台でキャッキャ騒げる神経が理解らないし、絶叫マシンなどノーセンキュー。
だから綱渡りみたいな稜線など、勘弁して欲しいのだけれど……
「はぁ……はぁ……」
(目に見えて弱っていくエルフさんを放っておけるか!)
「なんだ坂! こんな坂!」
苦しむ彼女を思えば、こんな稜線くらい!
「行くしかないって!」
ヒヒィィィィィィィン!
そりゃ馬だって怖いよな、こんな稜線では。右を見ても左を見ても数メートル先は奈落の底だ。
(でも、お前が行ってもらわないと困るんだよ!)
エルフさんは「この先に村が」とは言ったけど、どの程度、先に在るのかすら不明なのだ。
一刻も早く村へ辿り着くためにはお前の力が要るんだって!
怪我人を背負って未知の道を進むとか、僕らの体力にも限度がある!
「ハイヨーッ!」
僕が手綱を引き、後ろから添乗員さんが馬の尻を叩いて、強引に進ませる。
二人がかりで、数十メートルの稜線渡りをクリア!
したかと思ったのも束の間――――
「えっ?」
なんと、稜線の先はガレ場だった。
巨大な岩々が沢沿いに散乱し、急角度で落ち込んでる。
「これ下るの……?」
人間なら何とかなる。
亀の歩みでも、四肢を駆使すれば降りられる。よほどの断崖絶壁でもない限り。
現に、このエルフさんはここを登って稜線へ出たんだろうし。
が、
馬は事情が異なる。
四足歩行の巨体数百キロの生き物には、走破難易度が相当に高い!
「動け! 動けよ!」
今度こそ梃子でも動かぬ! と強情な馬!
お前も貴族の馬ならノブレス・オブリージュを見せてみろ!
……とか馬に言って、通じるものでもなし。
異世界だって馬は馬だ。人の言葉など解するものか。
「権能せよ! 偉大なる、リマンシール!」
言葉が通じないなら実力行使!
とでも言わんばかりに添乗員さん、胸に埋め込まれた魔術回路が迸る!
キィロ、息を吐くように毒霧をブファブファ噴霧する!
「ヤバい! あれはヤバーい!」
「ブヒヒヒィーン!」
鼻をくすぐる死の匂い!
馬も僕も本能的危機を感じ取り、【死神の霧】から逃げようとしたが……
ビュワッ!
「あ……」
凪の終焉が、彼女の能力を無効化する。
添乗員さんの能力は『CHURCH OF THE POISON MIND』。
地下闘技場みたいな閉所なら、巨龍をも倒す威力を発揮するが、
こんな開けた土地、しかも強風に煽られたら効力が大幅に落ちる。必然だ!
そうこうしているうちに強まっていく風。暴風の到来は今か今かと迫っている。
「男爵様!」
添乗員さんは僕に選択を迫る。切羽詰まった表情で。
このまま稜線の端に留まってたら、強風に煽られて馬も人もガレ場へ転落してしまう。
つまりそれは、三人全員の遭難を意味する。
だが、五体満足の僕とキィロだけなら、ガレ場を降りることは可能だ。
ガレ場の岩と岩の間なら稜線ほど風は当たらず、ゆっくりでも安全に下山が可能だろう。
だけどそれは……梃子でも動かない馬を放置して進むという意味だ。
やがて強風に煽られた馬は、稜線を引き返して谷へ真っ逆さまか、もしくはガレ場に転落するかの二択となる。いずれにしてもバッドエンドは免れない。
生存ゼロ名か、生存二名か。
合理的な選択を採るなら、どう考えたって後者だろうけど……
「何かないか? ――――三人と一匹が全員生き残る策は?」
エルフさんを僕が背負ってガレ場を降りるか?
(無理だ)
こんな岩だらけの斜面、人を背負って降りるとか……二重遭難がオチだ。無駄死にだ。
その場合、生存一名。キィロのみ。
「男爵様!」
――いよいよ強くなる風!
風の谷は熟考の余地も与えてくれない。
「…………是非もありません」
綺麗事で人が助かるなら幾らでも綺麗事に身を委ねればいい。
最後まで手を尽くしても打開できないのなら、最善を採るべきです。
優柔不断な僕をキィロが瞳で説いた。
往生際の悪さで自滅しても、何の得にもならない、と。
(分かってる! そんなことは分かってるんだよ、キィロ!)
でも、こんな幕切れ!
彼女を見捨てて僕らだけが助かるなんて!
(何か無いのか?)
全員が助かる冴えたやり方は????
(これがゲームなら!)
魔法でひゅーん、と村までひとっ飛びだけどな……ゲームなら魔法で……
(……………………魔法?)
「あっ!」
「どうなさいました男爵様?」




