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第二章 デスマーチからはじまる温泉狂想曲 - 2

ひどくカジュアルに死にかける、我らが主人公・輿水健太郎。


ま、現代人なんて、その程度の脆弱な生き物かもしれないよ?


挿絵(By みてみん)

(あーもう、マトモに顔を見られないよ!)

 気を抜くと彼女キィロの唇の感触が――邂逅されてくる。反芻されてくる。

 あまりにも柔らかい女の子の感触が!


 彼女にしてみれば、困った客を業務的に対処しただけかもしれないけど、

 バスに酔った客のエチケット袋を処理したくらいの感覚かもしれないけど、


 とか悶々としながら急斜面を下っていると、

「おわっ!」

 足を滑らせ、無様に転倒しかけ…………たところを、後ろから抱えてくれるキィロ。

 不安定な道も尻尾を木の幹に掛け、アクシデント回避の添乗員さん。

「大丈夫ですか? 男爵様?」


 ああ、情けない。

 まだ山頂キッスを引きずっている自分が情けない。


 亜人種っていうの?

 自在に操る耳と尻尾は、まさに体の延長線上、僕ら純人間種とは隔たった生き物と思える。

 でも、それ以外は僕らと何一つ変わらない女の子なワケで……

 そんな可愛い子と僕はチューなんかしちゃったワケで……

 こんな柔らかい体で抱きかかえられたら、意識せざるを得ないワケで……


「ご、ごめんねキィロ、気をつけるよ……」

 きっと僕の顔はマグマより火照っているに違いない。

 そんな顔を見せまいと僕は、彼女キィロを先んじて斜面を下りていった。



「ポツンと一軒家すら見当たらない……」

 火口から山裾まで下りてくる間、温泉宿どころか民家もゼロ。

 添乗員さんの説明通り、手つかずの原生林が広がってた。

 山道は整備とは無縁の獣道で、滑るし、水が溜まってるし、頭に枝や蜘蛛の巣が引っ掛かって、二足歩行する者にとってはとにかく歩きづらい。

 それも「人跡未踏の地」を証明しているように思えた。

 時折、不自然に立ち枯れた大木が幾つか有ったが、おそらく「毒の風」のせいなんだろうな……


「でもキィロ、よく僕の意図が分かったね?」

 情熱キッスの胸騒ぎもようやく落ち着いたので、改めてケモミミ添乗員に尋ねてみる。

「誰も足を踏みれない山なんでしょ? この山?」

 オンセンは理解出来なくとも火山はビンゴだったんだし。


「エエ、ワタシハプロノツアコンナノデ、ドチラヘデモゴアンナイイタシマス」

 棒読みだ。

 嘘がつけない子だ、この子は。

 あからさまに目が泳いでる。

 嘘を悟られまいと目がグルグル、口角がピクピク。

 僕の毒素を吸い出すための業務用キッスですら平然とこなしていたのに――この質問には、露骨に態度がおかしい。


 考えてみれば添乗員さん――キィロの行く所、不思議と【 毒 】に縁がある。

 【いつ毒の風が吹いてくるか分からないような所】を知ってるのは、毒のエキスパートくらいなものじゃないか?

 実際、地下闘技場でも、さっきの火口でも、あまりに鮮やかな解毒の手際、


「あの……キィロって、もしかして……」

 と、僕は言いかけて止めた。

「もんじょわ?」

「いや、なんでもないんだ。ごめんね」


(別に隠すようなことでもないと思うけど……)

 現に僕は、二度もキィロに命を救われている。

 彼女の能力に感謝しこそすれ、嫌悪など抱きようもないのだけれど……

(もしかしたら本人にとっては隠したいことなのかも?)

 ここは異世界なんだ。

 タブーの基準が異なるのなら何が藪蛇になるか分かったもんじゃない。

 「えっ? それ地雷だったの?」みたいなヘマで、人間関係がギクシャクするのは御免だ。


 仮にも彼女は「僕専属」の担当者なのだし――仕事上のつきあいとはいえ、関係が良好であることに越したことはない。

(仲良きことは美しき哉!)

 取引先とは普段からねんごろの関係を維持しておくことで、非常時に融通が利く。

 社会人の処世術、イロハのイでござる。


(もし首尾よく温泉宿を発見できたのなら、添乗員さんと親睦を深める機会になったかもしれ……)

 いやいやいや!

 そんな邪な期待とか抱いてませんよ?

 ワケありカップルの温泉不倫旅行みたいな親睦の深め方とか、考えてもいませんよ!

 いくらこのケモミミさんがプリティ&キューティーアニモーだからと言って……


 ……何に言い訳してるんだ、僕は?


 冷静になれ輿水健太郎。

 KOOLになるんだケンタロウ。

(キスひとつで勘違いするとか、高校生じゃないんだから……)

 いい歳した大人なら、その程度でオロオロしてどうするよ?

 たとえ社畜が実質恋愛禁止(※非人道的な拘束時間で、出会いも、男女交際の機会も望めない)職種だとしても!

 社会人なので! 輿水健太郎()は!


 色恋よりもまず、スマートな顧客として、添乗員さんに異世界を案内してもらわなければ!

 ――袖すり合うも他生の縁。

 平行世界という奇天烈な「多生」でも縁は縁だよ。

 その知り合いが業績不振で仕事をクビになる、みたいな顛末は見たくない。


「男爵様?」

「は、はいいいい!」

 ちょっと声を掛けられただけで裏声になる奴があるか!

 お前はウブな思春期ボーイズか?


「これから如何しましょうか、男爵様?」

 そもそも人が寄り付かない「毒の山」の周囲に、名所旧跡・観光名所など望めないのは明白。

 キィロ携行の観光案内用ガイドブックも無用の長物と化している。

 常識的に考えれば、諦めて帝都へ帰るのが得策かもしれない。


 が!


 そんな結論で納得できるのか?

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