第二章 デスマーチからはじまる温泉狂想曲 - 1
「オンセン?」
温泉地とか、旅行代理店には定番中の定番でしょ?
新人ツアコンの添乗員さんでも、お手軽に客へオススメしやすいツアーでは?
……と思ったのに?
「それは……いかなるものなのでしょう?」
添乗員さん「本当に「初耳」です」ってキョトン顔してるし!
「え? 温泉知らないの?」
「申し訳ございません、不勉強で……」
まさか旅行代理店の子が温泉を知らないなんてことは有り得ないでしょ?
(何か別の言葉や概念に置き換わってたりするのか? この世界の常識では?)
「温泉とは、温かいお湯が湧いているところで……」
「遊郭ですか?」
いや、だからそういう不特定女子と偶然恋愛関係になるようなお風呂ではなくてだね、
「饅頭を名物として売っている観光地というか……よく秘宝館とかが建っている……」
「性の殿堂ですか? 男爵様やっぱり遊郭に行きたいんですか?」
キィロさん?
なぜ君は、そこまでして遊郭へ案内したいんだ?
「そうじゃなくてだな……こうモクモクと噴煙が上がってる……竈じゃなくて山から」
「噴煙……」
普通名詞が通じないならば、情景描写で意思疎通を図ってみる。
「工場の排煙とか火事や野火の類でもなく、煙を吹いてる高い山だよ」
僕と彼女の異世界ジェスチャーゲーム。
あと少しで伝わりそうな気がするんだけど……
(考えろケンタロウ――温泉に特有の事象と言えば……)
「……そうだ……臭いだ! 生卵が腐ったような臭い!」
「もんじょわ!」
ビンゴ!
と、ばかりに電球が頭上で光ったケモミミ添乗員さん、自信満々で旅行計画を策定。
長旅に備えた旅装を整え、翌朝、城を出立した。
馬で三日ばかり、平坦な道を進んだのち、半日かけて山を登ると……
「うおぉー!」
強烈な硫黄の臭いが鼻を突く!
(これは火山だ! 紛うことなき大地の脈動!)
喜び勇んで斜面を登り、火口を覗いてみると…………幾筋も噴煙立ち上る地獄谷!
異世界にも火山は存在した!
「これだ!」
「男爵様は不思議な方です」
煙に巻かれながら小躍りする僕に、添乗員さんは首を傾げた。
「こんなもので喜ぶ方とか聞いたことがないです……」
「いや、別に僕も硫黄の臭いマニアとかじゃないよ?」
火山活動が活発な場所には温泉が湧く、という常識に沿って喜んでいるだけで……
「わざわざこんな山を目指すのは、特殊な職業の人くらいです」
「じゃあ、近くに宿は? ゆったりと滞留できる施設とか?」
「宿どころか、この山の近隣には誰一人住んでませんよ、男爵様?」
「え????」
「だって、いつ、毒の風が吹いてくるか分からないようなとこですよ?」
「は?」
――――とか会話してる傍から意識が飛んだ。
毒性の高い火山ガスは目に見えない。素人には判別不可能。
硫黄酸化物が光化学反応を引き起こせば、硫酸を含むガスとなる。
有毒も有毒、まさか、その致死性の高さを身を以て知ることになろうとは!
(アカン)
こりゃ死んだ。
が。
やっぱり僕は死ななかった。
気がつくと僕は――覆いかぶさってきた添乗員さんから、熱いベーゼを求められてた。
「!!!!」
というか【吸われてる】。
僕を冒した毒素を、彼女が身体から吸い上げてくれている!
「だから言ったじゃあないですか……」
「あ、ああ……」
見たことがある。この体勢、つい最近。
地下闘技場で毒素に倒れた軍服少女の「処置」と一緒だ。
あの時、彼女だけでなく、僕を救ってくれたのも、添乗員さんだったんだろう……よく覚えていないけど。
「ありがとう、添乗員さん……キィロ」
「はい」
お安い御用ですよ、とでも言わんばかりの営業用スマイル。
この世界の添乗員は、毒に侵された客の処理も業務範囲なのだろうか?
ドラクエ並のカジュアルさで「どくのぬま」が存在するのが異世界の常識?
だから異性との接吻など何をか言わんや、同性同士の接吻すら抵抗なく、業務の一環として処置します――それが異世界のツアーコンダクターってものなのです…………ってこと?
異世界人は変に意識しすぎ、なのか?
こっちは仕事なんだから可能性を感じないで欲しい、ってこと?
「じゃ、早く下山しよう!」
火口周辺に留まってたら、何度強制キッスをしなくてはならなくなるのか、分かったもんじゃない。
「もんじょわ~」




