第一章 レッドス・ネークって何の肉? - 4
そして僕の身分は、その【ライブ動画】で証明されることとなった。
『聖ミラビリス王室より、緊急ニュースをお送りします』
ドームの天井から吊るされていたボード、手書きのオッズ表が瞬時に切り替わる。
「動画!?」
昔懐かしのブラウン管よりもボンヤリとした映像だけど……確かに動画だよ!
しかも『ライブ中継』って?
マジで? リアルタイムの映像配信?
こんなことも出来ちゃうのか、この世界の魔法って!
『帝国臣民よ!』
見覚えのある人物が、鉄火場(地下賭博場)の魔法プロジェクションに映し出される。
古代ローマ風というかギリシャ風というか、エーゲ海の風を感じる威風堂々の王者スタイルで。
僕を、この世界へ召喚した王の御真影だ。
――いや、
あれは賢王フラムドパシオン、その人ではないんだけど……正確に言えば。
僕と一緒に召喚された異世界人:コシミズケンタロウ(※ロブスキー爵)が正体だ。
元の世界では核融合技術の研究者で、政治の世界とは縁もゆかりもない出自でも、
あと百数十日は、彼が「賢王フラムドパシオン」だ。
影武者として【王】の職務の一切を引き受ける。
(もちろん、実際の政務は宰相を筆頭とする宮廷官僚が採り仕切るのだけれど)
そういう契約を本物の王と交わし、僕らは貴族として異世界にいる。
『賢王フラムドパシオンがここに、王の言葉で約定する!』
僕らにとって本物の賢王を真似ることなど朝飯前。
なにせ僕(アーシュラー爵)もギネス爵もロブスキー爵も同じ「コシミズケンタロウ」。
平行世界の同一人物なのだ。容貌も声も瓜二つ、
【自分】ほど影武者に適している者が、他に居るものか。
『毎年恒例――王国主催――』
ゴクリ。
罵声と絶叫は鳴りを潜め、アリーナは王(※ロブスキー爵)の言葉に息を呑む。
『夏の大盆踊り大会は……………………獅子の月 十五日に開催とする!』
ウワーッ!
待ってました、とばかりに弾ける闘技場!
僕ら現代人が想像するより随分と大事なものらしい。この世界の人にとって、祭りとは。
賭け事に目を血走らせていた客たちが、ギャンブルそっちのけで「賢王」コール!
誰彼構わずハイタッチして、男同士で抱き合っている。
『年貢はお早めにね!』
『確定年貢申告は王国徴税局まで!』
王国謹製のゆるキャラによる広告で、緊急王室ニュースが幕を引いても、
地下闘技場は歓喜の賢王コールが渦巻き続けた。
「え……? 主上? あっちが本物?」
「だから違うって言ったのに……」
前触れもなく割り込んできた王様直々のライブ中継、
軍服の彼女にしてみれば、最悪のタイミングだったよね……
派手な魔法デモンストレーションで自己アピール成功! の余韻も瞬時に上書き。
まさかの本人登場による「人違いの判明」では立つ瀬がない。
最悪のドッキリだ。
彼女にしてみれば。
見事な魔法に目を丸くした観客たちも、もはや祭りの話題一色。
彼女の心境を慮れば、僕まで居たたまれなくなってくる。
社内会議で参加者全員に渋い顔される失敗プレゼンテーションよりキツい、赤っ恥状態。
分かる、分かるぞ軍服ちゃん!
僕も何度か、そういう「穴があったら入りたい」状況で晒し者になったもんだ!
が、
彼女の晒し者タイムも突然の終演を迎えた。
「うぎゃあああああ!」
レッドス・ネークには祭りの高揚など無関係。
ただただ不快な拘束から逃れたい、その一心なのだ。
祭りのニュースに浮かれた獣管理者、うっかり轡の手綱を手放してしまい……ここぞとばかりにレッドス・ネーク、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように顎を開き、
ゴワッ!
辺り構わず炎を吹きまくる!
首元の綱も焼け落ちる勢いで!
首が自由になるにつれ、火炎の噴射角度が増大、
龍の死角、安全地帯に陣取っていたのはずの獣管理者も消し炭と化してしまった!
「――暴れ龍だ! 暴れ龍が出たぞー!」
拘束を解かれた龍は、手がつけられない!
四方八方へ怒りのドラゴンスクリュー!
観客席の粗末なフェンスも溶解し、フィールドへ零れ落ちる観客たち!
安普請のコロシアムなど、物の数ではなかった。龍の猛威の前には!
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
観客席は大混乱!
ギャンブラーたちは蜘蛛の子を散らすように、地上へ逃げ去っていった!
「ぐはっ!」
ドラゴンブレスの余波で椅子ごと吹っ飛ばされた僕は……その拍子に手足の縄が解ける。
「ラッキー!」
災い転じて福となす!
こっから背後のバックヤードへ逃げ込めば!
(ゲームクリアだ!)
暴れ竜に気づかれることなく、裏から地上へ逃げおおせるじゃないか!
と、喜んだのも束の間……
「あっ!!!!」
僕の視界に映ってしまった。
「あの子!」
別人相手のドヤ顔プレゼンテーションで顔面レッドドラゴンだった、あの子!
僕を王様と勘違いした軍服の彼女が!
闘技場のフェンスに叩きつけられて意識を失っている!
(いや…………もう死んでるんじゃないの?)
ピクリとも動かない……
倒れた彼女まで、ここから十五メートルほど?
龍が暴れ、たちこめる粉塵に、炎上したフェンスの白煙……視界は極めて不良。
まだ生きてるのか、もはや手遅れか?
僕の位置から高い確度の判断など不可能だ。
(どうする……?)
逃げるなら今しかない。安全に逃げるなら今しか。
龍が背を向けている今しか。
今なら、僕一人なら……………………無事脱出できる可能性は、かなり高い。
(だけど……)
いいのか?
あの子を見捨てて逃げていいのか?
たとえ首尾よく龍に気づかれずに駆け寄れたとしても、
最悪の場合……既に彼女は息絶えていて、その上、龍に振り向かれてしまったら……
(二重遭難もいいところじゃん!)
わざわざ死にに行くようなものだよ!
(でも……)
もし彼女が生きているなら……
いや!
考えてもみろ健太郎!
彼女は僕を攫った張本人じゃん?
朝から僕の一挙手一投足を監視していたストーカー女だぞ?
そもそもあの龍だって、彼女が強引なプレゼンのために引っ張り出した剣闘用獣だろう?
彼女自身が招いた結末じゃないか!
自業自得だよ!




