第一章 レッドス・ネークって何の肉? - 3
特等席といっても、VIP御用達のテラス席とは異なる、「砂かぶり」の超最前列に!
剣闘士と猛獣が殺し合う様を、同じアイレベルで観戦できる席に!
縄で椅子に縛り付けられ、身動きが取れない状態で!
ここはおそらく、席というより舞台袖じゃないか?
「演者」の出入りや、舞台装置の設営に使われる通路じゃない? ここって!
(でもそれより!)
どうして僕をこんなところに放置したのさ? ……誰が何のために?
貴族を誘拐した悪党ならば、身代金を受け取るまでアジトに幽閉するんじゃないの?
「主上!」
戸惑う僕へ――闘技場の真ん中で少女は叫ぶ。
軍服に身を包んだ凛々しい少女が。
腰まで伸びた炎髪にルビーの瞳。キリリと引き締まった表情は、コスプレではなく本職の佇まい。
腰には刀。威風堂々とした立ち姿に、前線の将校を感じる。
この世界では女性も士官として前線に立てるの?
「御覧ください、主上!」
闘技場の軍服彼女、おもむろにコースターサイズの紙片からフィルム状のシートを剥がし、
「これこそ我がポラールシュテルン家が仕立て上げし逸品!」
その【フィルム】を己のオデコに貼り付けた。
「権能せよ! リマンシール!」
迷路のような幾何学模様のシールは――彼女の号令で光を放つ!
「ポラールシュテルン・アンチ・フォイヤーヴェルク!」
すると彼女の足元に魔法陣が展開、壮麗なマジックシールドが湧出する!
「魔法!」
彼女がオデコに貼り付けたシール状の何か……あれは魔法の触媒的なもの?
(すごい! これがこの世界の魔法システムなのか?)
「レッドス・ネーク! カモン!」
さっき僕が呟いた謎の固有名詞、それを彼女が叫べば、
「は!?」
闘技場を挟んで、ちょうど僕の対面。可動式の壁が除けられると――――龍が現れた!
体高五メートルを優に越える「 ド ラ ゴ ン 」が!
「あれ!?」
あれがレッドス・ネーク????
あんなの食べられるの?
というか、僕らが食べられる側じゃんよ? この状況では! どう考えたって!
「安堵召され! 主上!」
椅子に縛りつけられたまま足掻く僕を尻目に、魔法陣に護られた彼女は平然と言ってのける。
「捕縛縄で拘束しております!」
彼女の説明通り、超大型客船の錨みたいなロープが足にも胴にも尻尾にも首にも架けられ、龍の動きを封じている。
「ただし!」
軍服彼女が合図を送ると、手筈通り、獣管理者が龍の轡を緩める。
開ききらない程度に加減して。
「ブレスにはご用心!」
不快な拘束に身悶えるドラゴン、咀嚼するように火炎を踊らせ――口腔から一気に吹き出す!
闘技場中央に立つ軍服の少女に向かって!
「危ない!」
轡で縛られたドラゴン、吹き出す火球も小さめかもしれないが――それにしたってバランスボールくらいの大きさだ。
あんなのをマトモに浴びたら無事じゃ済まないよ!
が、
魔法陣(耐熱シールド)が――火球のエネルギーを相殺する!
彼女ご自慢のマジックシールドは熱源の通過を許さず、炎は四方へ霧散した!
「すごい!」
牛や馬も丸焼きBBQにできそうな熱量を、難なく凌いだ!
「これが魔法か!」
鮮烈なデモンストレーションに、スタンドの民衆も絶句してる。
魔法を見慣れた世界の人でも目を丸くするほどのスキルなのだ、と客のリアクションで知れた。
「ご覧頂けましたか、主上!」
軍服の彼女、鼻高々。人違いなのに。
「ポラールシュテルン家の魔術コネクションが作りし、新型リマンシールの威力! これぞ聖ミラビリスの誉れ!」
先程の紙片を高々と掲げて、
「どうか賢王陛下! その聡明なる御聖断を以て、この私、グリューエン・フォン・ポラールシュテルンを抜擢頂けますよう!」
僕に向かい恭しく頭を下げた。
「抜擢?」
「制龍鎮撫将軍に御座います!」
「待って! 僕は王様じゃない!」
懇願されたところで聞き届けられないよ。
だって僕が【偽物の】王様の地位に就くのは、あと二百数十日後、
今の僕は、単なる下級貴族でしかない。名ばかり貴族のパラサイト野郎だよ?
「仮面で素性を隠し、民草を視察なさるは慈悲深き王の善行! 貴方様こそ、この聖アヌスミラビリス王国を治めるフラムドパシオン様にございましょう!」
「何を根拠に?」
「恐れ多きことながら、今朝方より主上が帝都をご高覧あそばされる様、影より拝見させて頂いておりました」
ストーカーか! 迷惑防止条例違反!
「そんなこと言われても、違うものは違う! 僕はアーシュラー爵! 賢王じゃない!」
いくら抗弁したところで、僕が朝、城から出てきたのは事実で、城に住んでるのも事実。
それを見られていたんじゃ、言い訳も虚しい。
だいたい下級貴族の名前なんて、イチイチ覚えてないだろ?
宰相の話では貴族の家名は四桁もあるんだっけか?
とっくの昔に後嗣が絶えた貴族とか、名乗っても信じてもらえないよ。
今の僕には自分の身分を証明できるものが何一つない。
運転免許証も社員証もパスポートもマイナンバーカードもないんだよ、この世界には!
「――どうか主上! その仮面を外しあそばされんことを! そしてこの臣民らの前で私めを! このグリューエン・フォン・ポラールシュテルンを次期 制龍鎮撫将軍にご指名賜りますよう!」
「だから人違いだって!」
「お戯れを。偉大なる賢王 フラムドパシオン陛下!」
が。
僕と少女の押し問答は、雄大な響きで掻き消される。
じゃ~ん!
闘技場に鳴り響いた銅鑼の音。
「違う」「違わない」の水掛け論を塗り潰す、「アテンションプリーズ」!
※レッドス・ネークについて。
聖ミラビリス王国で最もポピュラーなドラゴン種。
平均的な成体は、体高五メートル、体長十五メートルほど。
成体まで成長した個体は、その凶暴性と火炎ブレスのお蔭で、生け捕りなどは現実的に不可能であり、
地下闘技場の見世物(※グラディエーターとの戦闘用も含め)としては、人が飼育した個体が用いられる。
専門のドラゴンピッカーが龍の巣から卵を拝借、それをテキ屋(※ブリーダー)が育てる。
なお、闘技場でお披露目される成獣一体につき、
シーフ九人、
育獣担当者が十三人、
事故死、火炎弾に因る焼死、圧死などの犠牲となると言われている。
「お前らのギャラより、よっぽど金が掛かってるんだぞ?」(地下闘技場 顔役 シリモンコン・クラティーンデーンジム 談)




