第一章 ケモミミ添乗員さんと行く異世界ワールドミステリーツアー
トラックに轢かれたワケでも、ホームへ突き落とされたワケでもなく。
純粋に、別の世界へ、現世の記憶を持ったまま――――僕、輿水健太郎は転移した!
「はっ!」
小粋なトランザクション効果で切り替わることもなく、僕は中世風の街並みの中に居た。
確かに意識を保ったままで、唐突に視界だけが切り替わった!
「ここは……」
ハウステンボスとも志摩スペイン村とも違うのは、すぐに分かった。
外国人ばかりだからだ。
道行く人も、はしゃいで遊び回る子供たちも、農夫も職人も露天商も、
有り体に言ってしまえば、外人さんばかり。
服装も世界観に溶け込んでいて、「ありのまま」のナチュラルさ。
「映え~」とか調子に乗ってる日本人など一人も見当たらない。
「てことは、何だ?」
ここは外国なのか?
(僕……変な薬でも打たれて、見知らぬ外国へ飛ばされてしまったんだろうか?)
何のためによ?
僕、輿水健太郎は、しがないサラリーマン。
ブラック企業のプレッシャーに今にも押し潰されそうな、日本の平均的サラリーマン。
所持する技能といえば……人並み程度のコードライティングくらい?
あくまで文学部卒のシステムエンジニアに期待される程度の。
そんな冴えない男を拉致する価値はゼロに等しい。
まさか旭日重工の機密を持つ男とでも勘違いしたのか?
「あー、あー」
(ん?)
「あー、あー、あー」
あれ?
気がつくと僕は……指さされている。
まずは子供、やがて仕事に勤しんでいた大人に至るまで、
「あー、あー、あー、あー」
みんなが素っ頓狂な顔で僕を指さしている。
(め、珍しいですか?)
東洋人、日本人が珍しい地域なのかな?
「ねぇねぇ」
「へ?」
死角の幼女から、ジャケットの裾を引っ張られて……話しかけられた。
「どうして、こんなとこにいるの?」
めっちゃ馴れ馴れしく! 知り合いの叔父さんに声をかける、みたいな気安さで……
「なんでー?」
複数の子供から次々に質問を投げつけられる。
「どうしてー?」
いや、それは僕が訊きたい!
どうして君たちは、僕を知ってるみたいな口ぶりなの?
何故にホワイ?
しかも普通に日本語が通じてるし?
やっぱりここは、日本人観光客向けの外国風アミューズメント施設ですか?
「いたぞ!」
そんな意味不明な状況も、無骨な男の声で一変する!
「!?」
声の方を振り向けば、警官? 軍人?
厳つい制服に刀を下げた男たちが、群れ成して向かってくる!
ヤバい!
不審者を発見した官憲の勢いじゃないか! 職務質問も省略してお縄にする剣幕の!
(ぼ、僕が何をしたってんだよ?)
幼女事案?
知らないよ、そんなの!
幼女たちがが勝手にまとわりついてきたのに! 冤罪だ、冤罪!
……とか抗議しようにも多勢に無勢。
「確保ぉぉぉぉぉー!」
十人を越える兵士に制圧されて、僕は自由を失った……
ガタゴトガタゴト……
石畳を走る馬車の揺れかな?
視界を塞がれているけど……多分そんな感じ。おそらく。
これから僕は、どこへ連れて行かれるのだろう?
(ドッキリ?)
仮にドッキリだとしても、ここまでやるか?
手足は痛いくらいギッチリと縛られ、目隠し猿ぐつわ。
こんな「アトラクション」じゃ、間違いなく女の子は泣き出すね。
僕だって泣きたいくらいだよ、こんな簀巻き状態。声も出せず、身体も動かせず。ひどい。
(というか、そもそも!)
もし、これがドッキリなら『誰を喜ばすためにやってる』の?
僕を笑い者にして、誰か喜ぶのよ?
「ようこそ輿水健太郎――――余の世界へ」
「えーーーーーーーーっ!?!?」
喜ばれた。
玉座に据わった偉い人と、その側近に喜ばれた。みんなが笑ってる、小姓も笑ってる。
目隠しと手枷足枷を外された僕の、自分でも呆れるほど単純なリアクションを笑い飛ばされた。
だって!
だって仕方ないじゃないか!
「僕!?」
王座に据わる――僕と同じ顔、同じ背丈、同じ髪の色、同じ声の男!
まるで鏡を見るような「俺がアイツで、アイツが俺で」状態!
自分と瓜二つの男が「一番偉い人の席」に座ってりゃ、そりゃ驚くって!
「俺か」
「俺だな」
「えっ? えっ? ええええええええ!?」
意味不明のシチュエーションで混乱する僕を余所に、平然と言ってのける声が左と右から。
「は?」
右を見ても僕!?
「は?」
左を見ても僕!?
似てるなんてもんじゃない!
僕だよ僕!
寸分違わぬ僕が四人!
王城の綺羅びやかな謁見の間に、僕のドッペルゲンガーが四人集合の異常事態!
(でも!)
服装は全く異なる。
王様は絢爛豪華な王侯スタイル。専制君主らしい壮麗で豪奢な僕。
左の転生者らしき男は、白衣の研究者。神経質そうな眼鏡の僕。
右の転生者はMA-1に迷彩服の軍人風。見るからに豪放磊落な僕。
そして僕は……ビジネススーツのサラリーマン。顔色の悪さにかけてはナンバーワンだ。
風貌は一緒でも、バックボーンの違いが服装に現れていた。