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「団長!さすがに文句を言ってきそうな雰囲気ですよ!」
テツにそう言ったのは部隊で一番年下のコリンだった。十二歳という戦場に立つには少々若すぎる年齢ではあるが、竜を纏う今はそれでもテツよりも随分背が高い。
「問題ない、文句を言いに来る頃には俺たちはここにはいない」
テツはそう答えながら部下達が指示に従って他の街門攻略部隊から破城鎚を強奪してくるのを確認する。
竜寄兵は驚く事に大人十数人で運ぶ破城鎚を一人で担いでいる。当たり前の話だがバランスは酷く悪くとてもじゃないが真っ当に使えそうにはなかった。
問題ない――テツはそれを真っ当に使う気は無かった。
八部隊――ハクソン侯爵は何人無駄に潰す気だったのか――から破城鎚を潰された時の為の予備の破城鎚を強奪し終えたのを確認するとテツは声を張り上げた。
「街門攻略部隊は位置に付け!」
遂に来たぜ!と盛大に返事を返してくる部下達には気負いも緊張も無く、ともすれば不真面目とも取れかねない陽気さすら感じる。
「コリンは俺を矢から守れ」
テツは少し首を巡らせると、それを見て取ったヴォラ・サムソンが素早くそばにつく。
「さ――サムソンは後続部隊の指揮を頼む」
思わずサムソン様と呼びそうになるのを我慢する。
以前そう呼んだ時は静かに蕩々(とうとう)と説教された。
部隊の指揮官は貴方です、と。
テツとしては年上な上に爵位持ちのサムソンを呼び捨てにするには大きな抵抗があったのだが、サムソンは頑としてそれを認めなかった。
ならせめて近衛兵団外ではと言ったら言ったで、貴方と私は騎士として同輩、ならば俺君で良いでしょう、等と言ってくるのでテツとしては嬉しいやら他の貴族から刺されないかと気が気では無い。
実際の所、テツ・サンドリバーという少年には何の後ろ盾も無ければ自身を守る地位も無いのだ。
嗚呼、嫌だ嫌だ。
テツは黒い甲冑に包まれた右腕を振り上げる。
「お前ら!行くぞ!ウチの銀色にお前達の良いところを見せてやれ!」
なんてこった初陣なのに心が弾むだなんて。
テツ・サンドリバーは知らず破顔した。
その光景を目撃した多くの兵士は驚きと共に唖然とした。理解出来なかったからだ。
実際の所はフレイ近衛兵団の兵士以外の全てがそうだった。
特に敵方の兵士にとっては悪夢に近かっただろう。
全身をドワーフが鍛えたミスリル製――現代では積層微細金属細胞鋼として日本やドイツが輸出している高付加価値鋼材――の鎧に身を包んだ竜寄兵は弓矢を物ともせずに突撃してくるのだ。
事実、ミスリル製の鎧は矢の直撃に対して凹みすら造らなかった。
近年になるまで機械化出来なかったこのミスリル鉱の鋳造技術はヨーロッパではドワーフのみが有しており、刀工のみが有していた日本とは違う意味でそれは稀少であったし、いくら鉄と比べて軽いとは言っても全身を覆うようなプレートメイルは、いかにミスリル製とは言え人間が着て走れるような重さでは無かった。
そんな物を着たオーガと見間違うような(ちなみにオーガであったとしても長時間走れる重さではない)巨体の兵士が破城鎚を持って馬のような速度で走ってくるのだ。
その光景は当時の常識的な将兵を唖然とさせるに十分な物だっただろう。
かくして彼らは自分が理解できない物を前にして呆然とするか、もしくは恐怖するしかなかったのである。
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