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2話連続で投稿しています。
メディスンは只の農民だった。
武器も今日まで持った事もなかった。
それも当然で帝国はずっと平和だったのだ。
ファンガス伯は少ないとは言え常備軍を用意しており、領内の治安も良く農民が武器を取って戦う事も無かった。
今までの人生であった荒事なんて素手での喧嘩が数度、それも一度か二度程である。
それがあれよあれよという間にこんな所に来ている。来てしまっている。
メディスンは頭上に掲げた木盾に矢が突き刺さる感触に身震いした。
メディスンは自分達で切り倒した木で造った破城鎚を必死で運びながら自分の不幸を呪っていた。少なくともこの木を切り倒している時はそれを自分達が使うなんて事は考えもしなかった。
なぜ自分がこんな所でこんな目に遭わなければいけないのか? メディスンは誰を恨めば良いのかも分からず唯々(ただただ)この不幸が早く終わってくれと願うだけだった。
また一人矢で射貫かれた者が倒れ、破城鎚を運ぶ為の縄の重みが増える。
これ以上の損害は看過できない。
メディスン達平民を率いるファンガス伯常備軍の指揮官がそう判断したのはメディスン達にとっては幸運だったが、彼にとってはそうではなかった。
大きく身振りで指揮をした為に目を引いたのか射かけられた矢に喉を突かれ血を吹きながら地面に倒れる。
メディスンは絶望した、結果的に見れば運が良かった、となるのだが。
倒れた彼はファンガス伯常備軍で指揮を執れるような能力のある最後の兵だった。他は常備軍とは言え新兵か新兵に毛の生えた程度の者しか生き残っておらず結果として彼の後を引き継ごうとする者も居なかった。
メディスン達は自分達に命令を与える、少なくとも戦場では迷わないで居られる支えを無くし、恐慌に近い全力で矢が届く範囲から抜け出そうと必死に破城鎚を運んだ。出来るだけ、出来るだけ遠くに離れたい。
メディスンの脳裏にあったのはその事だけだった。
絶望に後押しされた果断さのおかげで指揮官を最後に誰も失わずに矢の射程範囲から逃れる事が出来たが、それでも最初に比べて三分の二まで減っている。
諦めの悪い矢が背後で地面に刺さる音を聞いた時メディスンは心底安堵した。
たとえコレが一時の安全で直ぐにでもまたあそこへ行かされるとしても、自分は生きているし矢が刺さるだけ刺さって死ねもしないで地面に転がっているわけでもない。
メディスンの心にあったのは生きて故郷に帰りたいという願いでいっぱいだった。
それ故にその光景が目に入った時、メディスンは酷く絶望した。
先程までの荒い息も動悸も不思議と落ち着き、嗚呼あとは死ぬだけなのだな、と平坦な気持ちで死を受け入れた程だった。
それは銀の炎が引き連れるオーガの部隊だった。
自軍にオーガの兵なんていなかった、という程度は知っていたのでメディスンはそれが敵だと思ったし、他も同じように思ったようで皆惚けたように近づいてくる死を只眺めていた。
隣にいた常備軍の新兵が故郷に残してきた母親に謝っていた。
メディスンはそれを馬鹿にしなかった、というよりも尊敬の眼差しで兵士を見た、死を前にして言葉を考える事が出来る新兵を単純に凄いと思えたのだ。
そうメディスンは銀の炎を見た時から考える事を止めていたのだ。
だからメディスンが銀の炎からの問いかけに反射的に「はいそうで御座います」と答えたのを誰が責められようか?
そも他の兵士達もメディスンと似たり寄ったりの状態だったのだ、誰もメディスンの答えに異議を唱えなかったのがその証左だろう。
銀の炎はメディスンの答えにそうかとだけ答えた。
銀の炎はメディスンにこう問うたのだった。
「お前がこの隊の隊長か?」と。
フレイがその男に隊長か?と問うた理由は自分に一番近かったからだ。
ファンガス伯は出来た人物らしく自前の常備軍と平民の兵士と装備で差を付けるような事はしていなかったので、見分けが付かなかったのだ。
フレイの中でファンガス伯の評価が少し上がる。
フレイと並んで馬の足を止めたテツが手はず通りにまだ生きている負傷者の回収に向かう部隊を見送ってから、テキパキと残りの兵達に指示を飛ばしている。
それを当然の事として受け取りながらフレイはフレイで自分の仕事をしなければと考える。
つまりは強奪の宣言だ。
フレイは馬上から自分が指揮官だと答えた者を見据えた。
泥と埃に塗れているが成る程さすが指揮官だ、今し方死線を越えてきたばかりだというのに息も乱していなければ顔を興奮で赤くもしていない。
ファンガス伯は良い兵士を育てているな、と勝手にまたフレイの中でファンガス伯の評価が上がる。
「指揮官殿」
フレイは戦場において部隊を預かる者に対する礼節を忘れない。部隊を預かる指揮官は兵士達にとって特別であらねばならない。
自分に死ねと命令できる者は兵達にとって特別であらねばならないのだ、だからフレイは戦場では常に部隊を預かる者に対しては身分を問わず敬意と礼節を忘れなかった。
時折見受けられる兵士達から無碍に指揮官を奪うような尊大な貴族の蛮行をフレイは憎んですらいた。
声をかけられた兵士が反射的に背筋を伸ばす、その目に宿る不安を見取ったフレイは心中で感嘆する。
やはりファンガス伯は良き兵を育てられるようだ、あの目に宿る不安は自身が預かる戦場を奪われるのではという不安だ。見れば他の兵達も自分の死を受け入れたような冷静な目をしている、これは一度ファンガス伯にどのように兵を訓練しているのか見せて貰わねば。
私の兵も良い兵だが徴兵した平民にまでもあのような顔をするまで育て上げるとは、それも短期間に!素晴らしい手腕だ。
後日ファンガス伯がフレイからの要請に大いに困る事となる。
フレイは高まった感激を振り払うように高らかに宣言する。
「この戦場は私フレイ・クロファースが貰い受ける!街門突破の後には一番槍を譲る故に許せ!」
フレイは再度指揮官の男を見た。
「すまんな指揮官殿、この戦場は私が強奪する」
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