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オーガの傭兵隊と言えばこの時代では最強の歩兵部隊を指すと言っても過言ではない。
その人種的巨体さ故に馬にこそ乗れないが、その頑強さ、力の強さ、そして彼らの勇敢さと気高さはまさに最強の歩兵と言って差し支えなく、彼らを雇えるというだけで武勲が約束されるとさへ言われる程だった。
だがフレイとテツの後ろから付き従う彼らはオーガでは無かった。
彼らはまさしくフレイの近衛兵であった。
ただし彼らはハクソン侯爵がオーガと見紛うのも無理はない巨体となっていたので、ハクソン侯爵が遠目で勘違いしたのも無理からぬ事だった。
「兄貴!やっぱりコイツはすげぇですぜ!」
平然と駆け足の馬に付いてきながらレイドリックが叫んだ。その声は騎乗して尚頭上からふってくるのだから年の割には背が低いテツとしてはつい羨ましくなる。
彼らは何も突然に体が大きくなったわけでもなければ魔法でオーガに変えられたわけでもない。
彼らはその身を竜で纏っていた。
そう竜、寄士竜である。
この時代の帝国では人が駆る竜とは、城塞にもせまらんとする巨体を持つもので、ある意味寄士竜としては真っ当な大きさの竜など人が駆る物ではない、というのが常識であった。
だがその常識を意に介さなかったのが帝国の護剣と呼ばれるクロファース護剣王、ジョン・クロファースの娘、フレイ・クロファースだった。
この常識外れの兵を彼女はこう呼んだ。
竜寄兵と。
緩やかな丘を真っ直ぐに敵が籠城する街へと駆け足で駆る彼らの姿は、文字通り誰も見たことが無い新しい戦争の姿そのものだった。
「団長、そろそろかと」
竜を纏う――フレイがその言い回しを好んだので部隊では自然と皆がそう言うようになった――その一時だけでも背が高くなるのが羨ましい、等と初陣にしても酷い益体も無い事を考えていたテツに横から声がかけられた。
声をかけた男はそれは見事な鎧姿の騎士だった。
実戦を幾度も超えその度に補修を繰り返し、それでも見た者に美しいと思わせる白い鎧。
フレイが自分の趣味に合わせさせて揃いの黒い鎧を着る竜寄兵の群れの中、テツと彼だけが違う色なワケだが。
どういうわけか彼は様になっており、テツはというと異物感しかないのだから、テツとしては不公平と思うしかない。
テツとしては右腕だけでも黒で揃えているのだからと思うのだが、離れて見れば一目瞭然で騎士は黒い群れの中で輝くように存在を示しているがテツはというとまるでオオカミの群れに紛れた野良犬のようであった。
だがそんなテツの個人的不公平だという不満とは裏腹に、テツは騎士を強く尊敬していた。
騎士の名前はヴォラ・サムソン子爵、所謂爵位持ちの騎士だ。
騎士の身分とは受け継ぐ物ではなく基本的には叙される物であるのだが、貴族が伯付けに騎士として叙されるのが流行った為にやたらと爵位持ちの騎士が増えた。
ヴォラ子爵も所謂そういった貴族の一人であるのだが、彼の場合は騎士で無い方が不自然とさへ言われる程に騎士道を重んじる人徳者であった。
正式には彼はフレイの近衛兵団の一員では無い正真正銘の近衛騎士団の人間なのだが、フレイの父親であるジョン王の強い要請により、またフレイも拒否しなかった為に(フレイが勝手に)近衛兵団を発足した時より絶えず同行していた。
いやそれどころではない。
テツは思う。
彼はそれどころか副官として積極的に自分を補佐してくれているのだ。
爵位持ちの正真正銘の貴族様が、爵位も持たない貧乏騎士の小僧を団長と呼び、それとなしに助言を与えそれとなしに諭してくれるのだ。
ヴォラ子爵が近衛騎士団では次期騎士団長候補の一人だと聞いた時はテツは文字通り気絶しかけた。
もはやこの時点になると彼の年齢がテツの二倍以上年上などという事は、些末事というよりも上記に並べる事が失礼に当たるような気すらしてくる。
というわけでテツ・サンドリバーはヴォラ子爵に声をかけられるとそれだけで一瞬で意識を切り替える事が出来た。
この人に失望されるのは嫌だ、というのは誇り高き愚かな少年のそれだったが、それを自覚してなおテツ・サンドリバーという少年はそう思うのだ。
テツは丘の終わりの手前で右手をさっと上げるとそれにあわせてレイドリックが部下の名前を叫び指示を飛ばす。
フレイ近衛兵団の役割分担は至極単純で、主たるフレイが大雑把な目標と手段を決めると後はテツがそれをどうやって実現させるかと考える。
そしてレイドリックはテツの指揮に従って実行する。
テツとしてはレイドリックが優秀なので全て任したいとすら思うのだがレイドリック自身がそれを拒んでいる。
テツとしては自分は指揮官なのでそれならそれで全く問題無いのだが、問題は主たるフレイまでもが何故か前線に付いてくるという事だった。
主が前線まで出張る不合理を不合理が嫌いなフレイが率先して、というより嬉々としておこなっているのは自己矛盾なのではないかとテツは思うのだが、フレイはこの行動を一言で片付けている。「私抜きで楽しいことしようなんて許さないわ」と。
嫌だ嫌だ嫌だ。
テツが内心愚痴っているウチに部隊の一部がすっと走る速さを落とす。
彼らは馬の駆け足に並びながら見事に隊列を変更させる。馬の足と変わらぬ早さで走りながら隊列を変更する等という離れ業は尋常な物ではなかったが、それをおこなった本人達の感覚からするとそれは出来て当然の事だった。
竜寄兵である自分達が地面に足を付けている間に出来ない事は無い、というのが彼らの自負であり、そしてそれは軍事の面においてはおおよそ正しかった。
テツは部隊が丘を降りきる前に四列に整ったのを確認すると黒い甲冑に包まれた右手を大きく前方に振る。
前方に見える門を見据えて声を張り上げる。
「これより一歩の遅れが友軍の命を危険に晒すと思え!全速!」
テツの声に応える声は、馬蹄と竜寄兵の足音で掻き消された。
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カクヨムの方と更新がずれていたので、次話も続けてアップロードします。