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困惑と幾人かの大きな衝撃で、小さくざわめく場を打ち破ったのは、一人の騎士の報告からだった。
儀式の場に乱入してまで報告に上がった騎士に耳打ちされた宰相ノレは、その顔を一瞬だけ明確な困惑に呆然とさせた。
滅多に感情を表に出さない事で有名な宰相が、驚きも露わにする姿にざわめく中、二人の男が玉座の前に進み出て跪く。
一人は初老を過ぎた白髪頭の痩身の男性、もう一人は対照的な黒髪の中年男性だった。
白髪頭の男は近衛騎士団団長ギョーム・クロファース、現国王の叔父にあたる人物である。
黒髪の中年男性はソルボロス・スァーン、王国軍将軍である。
両職に付く二人には特権的に如何な状況であろうと必要があれば王の言葉すら遮る権利を有している。
「陛下、恐れながら王国軍より報告が御座います」
王国軍から報告がある、と王に告げたのは近衛騎士団団長のギョームであった。
建前上は二人の職は対等な立場であったが、ソルボロスが王の叔父であるギョームをたてたのである。
ジョン王の頷きに応えソルボロスが口を開く。
「陛下、街道の巡回警護にあたっていた兵より報告が上がりました。現在この王都に所属不明の寄士竜が迫ってきております」
その報告に場の空気が一変する。
折しも東西に分かれた帝国が今にも矛を交えるかと思われていた時期である、その場にいた者達が思い浮かべたのはまさに敵の奇襲であった。
その空気に一番驚いたのは、報告したソルボロス本人であった。
「いえ、申し訳御座いません、言葉が足りませんでした」
ソルボロスの慌てた謝罪の言葉に、安堵と困惑がない交ぜになった沈黙がおりる。
全員に注目されている事に、居心地悪そうに身を固くしてソルボロスが言葉を継ぐ。
「その寄士竜はどうも野生の竜のようでして」
目的地は分からないものの、このまま進めば王都に来るのは間違いないだろう事、そうなれば城壁内はともかく、外街には大きな被害が出かねない事をソルボロスは報告する。
外街の住人とは、要は勝手に住み始めた人間である。王国民という括りで見れば。王の庇護下にある国民ではあるが、勝手に住み着いた違法市民であるのも事実なのだ。
つまり王国軍として、その違法市民を守るべきか? とソルボロスは王の判断を仰いでいた。
最後にソルボロスがついでの様に付け足した報告に、大人しく傅いたまま事の成り行きを眺めていたテツとフレイは、思わずお互いの顔を見合わせた。
その竜には片腕が無い。
ソルボロスはそう言った。
ジョン王の答えは明確だった。
王国軍の総力を挙げ、王国民を守護せよ。
その命令はソルボロスの望んだものだったようで、それはもう、これぞ我が王と誇らしげな顔になっていた。
今にも誇り高き王命を胸に、飛びださんとせんばかりだった。
それに水を差したのは、申し訳なさそうな少年の声だった。
声の主はもちろんテツ・サンドリバーだった。
「陛下、申し上げたい事が」
居並ぶ貴族が、この大事に口を挟むとは何という無礼者か、といった顔をする。
ソルボロス本人はそこまで思わなかったものの、その表情は下らない事であったら陛下の前であっても怒鳴りつけるぞ、といった物だった。
テツとて出来れば黙っていたかったが、フレイが全く喋る気配が無かったので仕方なしだったのだ。
テツは申し訳なさに消えてしまいたくなりながら奏上する。
「その寄士竜ですが、恐らくですが私が知っている竜かと思われます」
その言葉に大半の貴族は困惑し、本物の虚けを見る目になったし、ひょっとしたら同情すらあったかもしれない。
ソルボロスはこの場で冗談としか思えない事を言い出したテツに、怒るよりも唯々(ただただ)困惑した。
困惑しなかったのはテツ達近衛兵団関係者を除くと、フレイより詳しく話を聞いていたジョン王のみであった。
「ふむ、つまりはテツ・サンドリバーよ。そちであればその竜を止められると?」
為政者の顔のジョン王が問うと。
「あ、いえ、その竜が我らが知っている竜であればで御座います」
とテツが応える。
ふむ――、とジョン王は一瞬だけ思案すると、ソルボロスへと命令を新たにする。
王国軍は近衛兵団と協力し事に当たれ。
ソルボロスは内心の不服を隠し、テツは明確に面倒だと思っている顔をして、その王命を受けたのだった。




