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村の入り口には完全武装の竜寄兵が隊列を組んで整列していた。
その光景にダナスター男爵は眉一つ動かすことなく、むしろゆっくりと視線を動かし、村の様子を確かめるその姿は、自身の領民に無法を働いていないか確かめる統治者のそれであり、また無法があった場合それを捨て置く事などしないという、固い意志が見て取れた。
彼の家臣の騎士何人かが、竜寄兵の姿に慌てていたのとは対照的な光景だった。
そんなダナスター男爵だったが、フレイの姿を確認すると流石に呆然とした後、弾かれたように馬から降り、慌ててフレイの前へと跪いていた。
まぁ、普通はこんな所に王国の姫がいるなんて思わないよな、テツは他人事のように思った。
「なんと!姫様の槍は竜の鱗を穿ったというのですか!」
ダナスター男爵の驚愕の声が宴会場に響く。
ダナスター男爵は事の顛末をフレイから説明されて、事ある毎に驚きの声を上げている。
いやまぁ俺もこんな話をされればそうなるか、とテツは思いながらフレイの横でそれを聞くと無しに聞く。
村人達は突然の領主の訪問に驚き、次いで領主が村の危機に急ぎ集められるだけの騎士をかき集めてはせ参じた事実に感涙した。
ダナスター男爵に地竜が現れたと報せたのは、あの猟師であった。
彼は村へ報せた後、息も絶え絶えであったがそのまま荷馬に跨がると、疲れた体にむち打って騎士がいる隣村まで報せに走り、騎士へと領主様に報せるよう頼んでいたのだ。
騎士は猟師の必死さと伝えられた内容により、真実であると判断し、取る物も取らず馬を走らせたのだった。
その報せを受け取ったダナスター男爵は、万が一の場合は一人でも領民を逃がす為に自分達が壁になるのだと、集められるだけ騎士を集めて急ぎ駆けつけたというのだから、テツの彼への好感度は大いに上がった。
流石はピレ嬢の父上という事か。
フレイの語りにダナスター男爵と騎士の面々は大いに盛り上がるのだが、村人達は先程とは変わって静かでいる。
楽しんでいないわけではないのだが、彼らは大いに戸惑っていたのだ。
なにせ、何か偉そうな綺麗な人、という認識だった謎の少女が、実は王国の姫であると知ってしまったからだ。
まさか自分達の住む村が王国の姫の行幸を賜る等とは、思ってもみない珍事であった。
だがそんな村人達の困惑を気にしないのが、テツ率いる近衛兵団だ。
彼らにすれば、今更男爵の一人や二人増えた所で変わりは無い。
おいおい静かじゃねぇか、と一人が楽器を弾き出すと、おうおう俺の歌が聴きたいってか、と歌い出し、てめぇ引っ込め、とヤジが飛ぶ。
結局、彼らに引きずられるように村人も一緒に騒ぎだす。
「テツ殿」
ダナスター男爵にそう声をかけられたのは、テツが部下がハメを外し過ぎないよう気を付けてくれ、とレイドリックに頼んだ直後だった。
ちなみにピレ嬢は父親に、今回の件については後でゆっくり話そう、という事実上の後で説教宣言を受けて意気消沈してからは、何故かレイドリックの手を掴んで放さないので、レイドリックは困り顔で彼女のお供をしている。
「此度の近衛兵団のご助力、領民を代表して深くお礼申したい」
そう言ってダナスター男爵が頭を下げるのをテツは大きな驚きを持って受け入れた。
この時代、貴族が平民に頭を下げるのがどれ程の事なのか、想像するのは非常に難しい。
平等、という概念と価値、それは非常に新しい考えなのだ。それは現代でさへともすれば簡単に無くなってしまう物だ。
この時代では文字通り貴族と平民では人の価値が違うのである。
「男爵閣下、その言葉はご令嬢に、そして姫殿下にお送りください。私はただ姫の命に従っただけの事で御座います」
テツは先程意気消沈していたピレ嬢へのフォローにまわりつつ、自分はあくまでフレイの命令に従ったまでだと謙遜する。
近衛兵団団長がその主たるフレイを差し置いて、男爵から礼を言われる等というのは宜しくないのだ。
男爵自身は純粋に礼を言っていてくれているのかもしれないが、彼が連れてきている騎士はいずれも何処かの貴族の次男坊か三男坊である。
彼ら自身はそうとは取らないかもしれないが、彼らの口から伝えられる内に、その内容が悪意に彩られるのは想像に固くない。
自分はあくまでフレイの意思に沿ったまで、それがテツが堅持すべき立場だ。
「私はテツが頼みに来なければ、ここには来てないぞ?」
それをぶち壊すのはフレイの一言だった。
ぬぅ、テツは男爵の前ではあったが、思わず唸ると頭痛を堪えるように目頭を揉む。
フレイの一言で騎士達がざわめく、やはりあの噂は本当だったのか、いやしかし平民の出、いやいやあのクロファースだぞ、等と小声が漏れる。
なんだあの噂って、とテツが心中で呻く。想像するだに恐ろしい。
それを諫めたのはダナスター男爵だった。
「何を言うか、テツ殿は今や竜殺し、クロファース王家であればまさに、だろう」
何がまさに、なのかテツには意味が分からない。
だがその一言は効果があったようで、騎士達が納得したように頷く。
テツはもはや何を言って良いやら分からず、曖昧に笑うだけだった。
ダナスター男爵一行は翌日の早朝に村をたった。
レスト方面へ兵を出しているダナスター男爵領には遊ばせておけるような騎士はいない。
ダナスター男爵はフレイに、歓迎の宴も出来ぬ事を謝罪したが、それは完全に形式上の事だった。
フレイはそれに、昨日の宴は楽しかったと、完全な本音で返した。
礼儀正しくはあったが虚飾を排した別れの挨拶を交わし、ダナスター男爵はピレ嬢を自分の馬に同乗させ颯爽と去って行った。
「寂しいか? レイドリック」
テツはやたらとピレ嬢に懐かれていたレイドリックをからかってみる。
「妹は一人で十分でさぁ」
レイドリックはそう応えて、別れ際にピレ嬢から渡された黄色いハンカチーフを胸元にしまう。
「さて、仕事をするか」
「へい、兄貴」
そう言ったが二人ともダナスター男爵一行が見えなくなるまでその場を動かなかった。




