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彼女はかく語らず竜は囁く  作者: たけすぃ


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 レトゥラトスは自分の爪が避けられた事に激怒した。

 避けられた事に驚き、体勢を崩し着地に失敗した事など些末な事だった。

 あの獲物は必殺の自分の爪を避けたのだ。

 この森で自分の爪を避けるような物の存在を許してはならない、レトゥラトスは無様に転んだ身を起こすと怒りの声を上げた。


 フレイは不機嫌であった。

 不機嫌であったので兵を整列させ陣を取らせた。

 直感では無い、と確信していたが森から突然ゴブリンが現れるかもしれないと考えたからだ。

 ゴブリン程度であるなら、如何な無様な陣容であれ自分の近衛兵が遅れをとるような事など無いと知っていたが、不機嫌だったので陣を敷いた。

 陣を敷くと不機嫌さは幾分かマシになった。

 やはりテツを教育しなければならないと思う。

 アイツはまず、私の楽しみを第一に考えるべきなのだ。最近ではやれ部下の妹がとか部下の家族の借金がとか、私の事がおろそかになっている。

 というより金の話ならまずは私に言うのが筋ではないのか? 何故自分だけで解決しようとするのか? あげく金が無いとぼやくのはどういう事か?

 まぁ私に愚痴る分には文句は無いが。

 うむ、やはりテツは一度教育しないと駄目だ。

「姫さん!」

 兵の一人が大声を上げた。

「何かが来てる!」

 まさかゴブリンか?

 フレイは自分の直感も当てにならない物だと思いながら、確かにガサガサと派手な音を立てながら近づいてくる何者かに気が付いた。

 全員が何事かと緊張を高める中、しかして飛び出して来たのは良く知る竜寄兵の黒い姿だった。

「姫の姐さん!」

 出てくるなり叫んだ声はコリンの物だった。

「団長が! 団長が!」

 その切羽詰まった声に、四人で森に入ったはずなのにたった一人で帰ってきた事に、団長がと言うその声に。

 フレイは駆けだした。


 テツは必死に走った。

 中古のぎとは言え、王室お抱えの職人に手直しして貰った軽装鎧は、動きを妨げなかったが如何せんその重さは走るに邪魔だと思わずにはいられない。

 唯一見た目の割にやたらと軽い右腕だけが、装備にはお金をかけないと駄目だと、説教しているようでテツは腹が立った。

 無事に帰ることが出来たら、フレイに頭を下げてでもお金を借りよう、そして鎧をちゃんと新調するのだ、色は勿論もちろん黒で。

 テツはあがり始めた息と重くなってきた両足に自分の命があとどれだけかを教えられながらそんな事を考えた。

 背後から近づくレトゥラトスの鳴き声は、やたらと大きく随分と怒っているようだ。

 あの様子なら死ぬときは直ぐに死ぬだろう。

 あぁしかし、俺はもう十分時間を稼いだ。

 竜寄兵の足なら既にどちらかはフレイの元に辿り着いているだろう。だとしたら、だとしたら。

「逃げて死ぬより、戦って死ぬ、だ」

 テツはそう口に出して木々の間にあの広場が見えた事に感謝した。

 あの広場なら存分に剣を振るえる。

 テツは走るのはこれで最後だと、自分の足を叱咤しったし森を駆け抜け、広場へ躍り出た。

 と次の瞬間、右足が地面を踏み抜いた。

 嗚呼、死んだなこれは。

 自分の不運を呪う前に単純にそう思った。

 テツは地面が顔面に近づいてくるまでの短い時間の中で場違いな程冷静に考えた、たぶんきっと戦って死ぬとか似合いもしない勇ましい事を考えたのが悪かったのだろう。

 テツはじきに来るだろう地竜の爪か牙でズタズタになる自分を想像しながら地面に倒れた。


 コリンの言葉も、ヴォラの言葉も、フレイは全て無視した。

 結果コリンは嬉しそうに、ヴォラは不承不承ふしょうぶしょうといった顔で、森へと躊躇ちゅうちょ無く走り出したフレイの後に続いた。

 コリンはフレイの横で案内を買って出たが、そこへ合流したラトランも加わった。

 ヴォラが森の中で部隊がバラバラにならないように必死で努力していた。木が少ないとは言ってもこの早さで移動していれば落伍者が出かねない。

 フレイは全てを無視して全力で走っていた。

 多分コリンの案内する声しか聞こえていない、いやもしかしたらそれすらも聞こえていないのかもしれない。

 コリンから地竜が出た事、三方に分かれて逃げた事、そして地竜がテツを追った事、それだけ聞くとフレイは駆けだした。

 その後の団長はすぐに撤退しろと言っていました、という言葉は耳に入らなかった。ヴォラが何事かを言っていたが耳にも入らなかった。

 フレイはただ走った。

 そして兵達はそんな姫に無言で付き従った。


 地面に倒れたテツを待っていたのは、予想外の落下の衝撃だった。

 死を覚悟し、半ば受け入れていたテツもこれには驚き、固い地面に尻を打ち付けた時など情けない悲鳴が出た。

 鎧と、先に落ちた腐葉土の“蓋”のおかげで怪我こそしなかったが精神的ショックは大きかったので、自分が落ちた穴にレトゥラトスの鼻面が突き入れられた時などは危うく悲鳴をあげそうになった。

 レトゥラトスの頭が蛇のような頭だったなら穴の中まで入られ死んでいただろう、穴の入り口が固い岩でなかったなら直ぐに穴を付き広げられて、やはり自分は死んでいただろう。

 そして恐らく、あのまま穴に落ちずに戦っていても自分は死んでいただろう。

 冷静になると、逃げて死ぬより戦って死ぬ、とは本当にらしくない事を考えた物だとテツは自分に呆れた。

 突き入れられる鼻面の勢いと、牙によって削られる入り口の岩を見る限り、然程さほど長い間命が長らえたとは思えなかったが、それでも一息付けたというのはテツに冷静さを取り戻させるのに十分であった。

 この穴は?

 と見回すと、テツはすぐにこの穴の正体に思い当たった。

 ボンヤリと壁面が発光している、光苔だ。

 成人男性が立てる程の高さに、壁には光苔、これはゴブリンの巣穴だ。

 ゴブリンの体表には、表皮にいる間は光る事は無いが、表皮から離れると暗所で光り出すという苔の一種が生えており、彼らの巣穴の壁には、表皮を壁に擦りつけた際に剥がれて定着した光苔があるのが常だ。

 彼らが好む程度の高さと言い、光苔と言い、少なくともここはゴブリンの巣穴だったというのは間違いなさそうだった。

 猟師は正しくゴブリンの巣穴の近くまで案内していたのだ。

 と一際激しく突き入れられる鼻面に思わず後ずさりすると、テツはその気配に気が付いた。

 何かいる。

 静かな、耳を澄まさなければ気が付かないような落ち着いた呼吸音。

 ゴブリンか?

 いや、ゴブリンならもっと騒がしいハズだ。

 冷静さと同量の焦りを感じながらテツはゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは竜だった。



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