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彼女はかく語らず竜は囁く  作者: たけすぃ


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 テツ・サンドリバーは馬車の中で困っていた。

 会話が無かったからである。

 テツの勝手な想像では貴族子女が三人も集まればそれはもう四六時中喋りっぱなしである、と思っていたのである。

 ところが馬車の中は痛いほどの沈黙が降りていた。

 確かに車輪の音は少しばかり大きく会話を交わすには少々大声で話すしかなく貴族子女にははしたない事なのかもしれない。

 だがしかし幾ら何でもここまで会話が無いというのも普通ではないだろう。

 原因としてはフレイである。

 フレイはわばこの馬車の持ち主であり、つまりはホストである。しかしそのホストは客をもてなすという思想に少々欠けているのだ。

 更にはピレ嬢である。

 彼女は緊張でガチガチになっていたのである。

 彼女はまさか自分の我が儘とも言える頼み事に姫自身が乗り出す等とは想像だにしていなかったのである。

 むしろ彼女の当初の想像では、近衛兵団から数人の運が良ければ十人程の人員を派遣していただけるのでは、と思っていたのである。

 団長であるテツが直接指揮を執るというのですら彼女にとっては望外だったのである、現実にはそれどころか姫と四十人の兵である。

 その数を聞いた時に思わず彼女はテツに被害にあっている村にはそのような数の兵士を養う為の蓄えがございません、と数を減らすように懇願した程だった。

 自身の身分を忘れ、平民であるテツに領民をおもんばかって兵士の数を減らすよう懇願したピレをテツはますます気に入った。

 糧食はこちらで全て用意しております、とテツはピレを安心させると、彼女はまたぞろ顔を青くした。

 つまり近衛兵団は全てを自費で済ますつもりなのだと分かったからだ。

 軍を動かすには少なくない金が掛かる。

 ピレの常識においては、他貴族から手を借りるなどした場合はその食事の世話などは頼んだ側が責任をもつのものだった。

 ピレの当初の予定では十名程度であれば村で十分な食事を与える事が可能であり、その後に男爵家から村に食料を援助し、兵士に掛かった費用に少し色を足した返礼をするつもりだったのである。

 ところが近衛兵団は四十名もの兵士を出し、更にはその食料は自分で面倒を見ると言っている。

 つまりは全くの善意による物だという事だ。

 これに十分な報償を出さないとなれば男爵家は大変な不名誉を得る事となる。

 だがしかし近衛兵団四十名に出す報償など、降って湧いて出てくるわけではない。

 ダナスター男爵家は確かに下級貴族であるが、代々特産品であるワインの交易で十分な利益を出しており、下手な伯爵家などより余程金持ちである。

 それは三女であるピレを王都にある貴族子女の為に作られた学校に通わせている点からも明らかである。

 だがしかし近衛兵団四十名の働きに見合う報償を突然捻り出すのは流石に難しい。

 そういうワケでピレは、実家にとんでもない負担を強いる事になるのではという不安と、思いかけず姫と馬車で同席を許されるという望外の幸運の中、不安と緊張で話す所ではなかったのである。

 その緊張は人からいささか婦女子の機微に鈍感すぎると言われるテツにもハッキリと分かる程だった。

 まぁ確かにいきなりフレイと同じ馬車に乗る事になれば普通は緊張するだろうな。

 テツはそう思いながら件のフレイを顔を見る。

 非常にご機嫌な顔だった。

 馬車に乗る前にメイドから聞いた所、竜に引かれる馬車を目にした瞬間には。

「これは私が思いついてしかるべき物だったのに! テツめ! 私の右腕め!」

 と大変嬉しそうに悔しがっておりました、とフレイの奇態を報された。

 そして今はその竜に引かれる馬車の早さを存分に味わっているようだ。

 本格的な冬の到来を間近に感じさせる、冷たい風が差し込むのも気にせずに木窓を開けて流れる景色を嬉しそうに眺めている。

 そんなにも機嫌が良いのなら少しはこの馬車の雰囲気にも気を遣ってくれとテツは思う。

 しかし幾ら思った所でフレイには通じない。

 仕方が無いのでテツは自分で沈黙をどうにかする事にした。


「クエル侯爵令嬢様」

 テツはまずはクエルを巻き込むことにした。

 彼女はフレイと同じ馬車に乗れる自身の幸運に頬を上気させキラキラと瞳を潤わせ恍惚としている。

 フレイの秘書を自任するというのなら主の不手際の後始末に手を貸してもらおう。

 彼女は名を呼ばれハッとすると右斜め前に座るテツに視線を合わせると、開口一番こう言った。

「クエルで」

 テツはピレの前だったので、名を呼び捨てるような事は避けたかった。

「クエル様」

「クエルで」

 先程までの気の抜けた様子はなんだったのかと疑問に思うほどの強い瞳である。

 テツは一瞬、まだ押すかと考えるが目的は馬車の沈黙をどうにかして、ピレ嬢の緊張をほぐす事である。ここで意地を張れば別の意味で緊張が増す。

「ではクエル」

 テツが言葉を続けようとした所でクエルが口を挟む。

「平でお願い致します」

 テツは一瞬唸りそうになりながらもクエルの視線に負けて頷いた。

 そんな二人の様子をクエルの隣に座ったピレが不思議な物を見るような目で見ている。

 確かに彼女からすれば不思議な光景だろう。侯爵家の娘が平民のテツに呼び捨て口調も平でとお願いしているのだ。

 不思議というより意味が分からないハズだ。

 テツは溜息を我慢して言葉を繋げた。

「ゴブリンと言えば家畜を襲うのは春先に多いと聞くんだがな」

 とテツは言外に差し込む冬の風に文句を言う。

 フレイとクエルとピレには暖かそうな膝掛けがあるが自分には無い、テツは婉曲に窓を開けているフレイに抗議した、無論伝わるとは思っていない。

「はいテツ様」

 ピレがテツを様付けで呼んだクエルに目を見開いて驚く。

「我フォーセス家には領地は御座いませんが、知識としてはゴブリンが家畜を襲うのは産卵の為に春先だと聞き及んでおりますが」

 そうでございますよね? クエルはそう言うと極自然な所作で隣に座るピレへと視線を送る。嫌み無くまた余計な圧を感じさせる事無く会話へといざなうその計算された仕草は見事なものだった。

 流石フォーセス家の娘だとテツが感心しているとピレが緊張の抜けきらぬ声ではいと答えた。

「確かにゴブリンによる被害が出るのは春先です、被害にあっている村はクボ大森林に接していますので確かにゴブリンの被害は例年のように聞きますが、冬が始まるかというこの頃に被害があったというのは初めてでございます」

 クボ大森林、そうかダナスター男爵領と言えば件の大森林に接する三領の内の一つだったな。

 とテツは思い出す。

 かの大森林があるならばゴブリンの被害というのは良くある事だろう。

 そして彼女の言うことは長年その土地を治めてきた者の言葉だ、もっと詳しく聞くべきだろう。

「ピレ男爵令嬢様」

 テツはピレへと顔を向けた。

「あ、あのテツ様、どうか私の事はピレと」

 何を言い出すんだこの男爵令嬢は。

 テツは無言でクエルを睨んだ、どう考えてもクエルの影響である。

「侯爵令嬢であるクエル様がそう呼ばれているというのに、男爵家の娘である私だけがそのように呼ばれるわけには」

 成る程それはそれで納得できる言い分ではあるが、テツは彼女から頼まれごとを受けた身である、これではまるで依頼を受ける事をかさに着て平民が貴族を呼び捨てるように見える。

「ではこの三人の前でのみピレと、他ではピレ嬢と」

 ピレ嬢というのもテツが使うにはかなりギリギリだったがそれがテツが提示した落としどころだった。

 ピレは少数でだけ共有される秘密を授けられた事に頬を赤くした。

 しかもただの少数ではない、一人は王国の姫でありもう一人は王国を支える重鎮の娘である、ただの男爵家の娘であるピレにとっては秘密を共有するには望外の人選である。

「今起きているゴブリンの被害は、例年と比べて大きいと思って良いのですか?」

 テツはそう質問したがほぼ例年より大きい被害が起きていると確信していた。冬を越せなくなる事を懸念しなければならない程の被害と言うならば、それはおそらく家畜だけの被害を指さない。

 穀類等にも被害が出ているはずだ。

「はい、そう聞いております。それどころか聞いた事が無い程頻繁にゴブリンの襲撃にっていると聞き及んでいます。父から頂いた手紙によれば昼間に襲撃を受ける事もあるようです」

 テツはピレの言葉に軽く唸る。

 昼間にも襲撃を受けるという事は、平民が農具でもって追い払う事が出来ない程の数であるという事だ。

 ゴブリンは厄介な害獣だが狼に比べれば危険度はずっと少ない。春先に家畜を襲うにしても少数で夜中にコッソリというのが通例だ。

 強い個体でも出てきたのだろうか?

 テツは考えた、群れの中で強い個体が出てくると集団の習性が変わるというのは無い話ではない。

 いやしかしここで考えても答えは出ないか。

 何が起きているかは現地で確認するとして、テツは油断しないよう気を引き締めた。



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