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彼女はかく語らず竜は囁く  作者: たけすぃ
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1 スタト攻略戦

 「畜生!後ろから黒炎銀が来てるぞ!」

 「嗚呼神様!敵に背後を取られる方がまだマシだ」

  戯曲ラフィンエルより引用


 平原を見渡せるその丘は陣を敷くには非常に都合が良かった。

 街壁に取り付こうと群がる味方の兵士達にそれを防ごうと街壁上から奮戦する敵兵、そのどちらも余すことなく見渡せるのは指揮官にとっては非常に都合が良かったのだ。

 勝ち戦である時などは特に。

 ソー・ハクソン侯爵は自らの命令ですり潰されていく命を眺め、その全能感に酔いしれていた。

 敵国に寝返ろうとした地方の弱小領主の討伐という手頃な武勲をあげられる事も彼の気分を大いに良くしていた。

 事情があるにせよ10月に戦争などと最初は不承不承、嫌々ながらだったが、勝ち戦が見えてき始めてからは終始機嫌が良く、浮かれていたと言っても良いくらいだった。

 ただ一つ――。

「無様な戦争ね」

 時折、彼女の存在を思い出さねばいけない時以外は。


「無様な戦争ね」

 そう言ったのは銀糸に炎を混ぜだような髪を持つ少女だった。

 11月に差し掛かろうとする澄んだ空気と陽光の中で光り輝かんばかりの美貌の持ち主でもあった。

 だからこそ一層その美貌に不愉快げな表情を浮かべ馬上から吐き捨てるように言った言葉は聞く者に強烈な印象を与え、勝ち戦に緩む味方陣地を凍りつかせるに十分な威力だった。

 彼女の名前はフレイ・クロファース。

 二年前におきた皇帝崩御からの後継者争いによって二つに分かれた帝国。その一つに頭を垂れるジョン・クロファース王のご息女その人である。

 十五という歳の割には長身のその身を実用性一点張りの、後に黒炎銀の異名を頂く理由となる黒い鎧に身を包むその姿は――事実はどうあれ――この陣の主たる貫禄を示していた。

 本来ならばこのような戦場に身を置くような身分の人間では無かった。

 ハクソン侯爵にとってみれば仕える主君の娘であり、万が一にもあってはならぬと気を揉み気を遣い顔色をうかがいながらの行軍であった。

 にもかかわらずこの言である。

 それも一度や二度の事では無かった。

 この戦争の間、ハクソン侯爵が主君の娘に対して怒鳴り声を上げなかったのはひとえに彼の忍耐力のおかげだった。

 しかしそれも最早ここまでかと思われた時に、その気勢をそぐようなタイミングで声を発したのは件のフレイ姫にくつわを並べて立っていた少年だった。

「どこが無様なんだ? フレイ」

 不遜にも王国の姫を呼び捨てにした少年は内心の安堵が顔に出ないように気をつけながら、誰も気が付かない程の小さな溜息を吐く。

 赤くなっていたハクソン侯爵の顔色が元に戻り、今では礼節も世の道理も弁えない愚かで品が無く貧乏で馬鹿な少年を馬鹿にする表情を浮かべていたからだ。

 確かに少年の姿は王国の姫とくつわを並べて馬に乗るような物ではなかった。

 鎧を一揃え揃える金が無かったので体に合う軽装鎧を継ぎ合わせ、姫から下賜されたという右腕だけを黒い鎧で辛うじて揃えているものの、同い年の姫より劣る体格からか下賜かしされたというよりもお下がりを着ているような情けなさがある。

 更にはその姫が自らの出自を示す銀炎の髪を晒すために兜を付けないのとは違い、純粋に金が無かった為に黒に近い褐色の髪を晒すその姿は、その理由を知る者からすれば姫と並んでいるだけで不愉快な物だった。

 少年の名前はテツ・サンドリバー。

 なんとか騎士の位を捨てずにいられる程度の貧乏騎士の息子だ。

 一代しか継承を許されぬ騎士の身分だが、サンドリバー家は他の騎士家がそうであるように戦や他家の騎士に従騎士として仕えてはその身分を繋いできた。

 だがしかしそれもこれまでかと思わせるような貧相ないでたちの少年ではあったが、彼は自分が言葉を発せば大概の悪意は自分への侮蔑へと代わると理解する少年だった。

 言いたい事は山ほどあったが、彼らの立場に立ってみればまぁ自分は不愉快な存在だろうと、理解を示す事で彼は自分を慰めるだけにしていた。

 つまりは自分もあのフレイの被害者の一人なのだと勝手な仲間意識を持っていたのだ。

「どこが無様かと、問うているのかしら?」

 慣れない者ならそれだけで蒼白になるだろう声音だった。

 だがテツ・サンドリバーはこの程度では狼狽えない。慣れてもいたし理解もしていた。

 これはアレだ、大好きな戦争が語れるのが嬉しいのを悟られまいとしている声だ。

 なのでテツは平然と言葉を接ぐ。

「俺には普通の戦争に見えるんだがな」

 その言葉に王国の姫は右眉を大きくつり上げた。

 彼女は無言のままさっと腕を振りかざし一点を指し示す。

 必然陣中の視線がその先に集中する事になる。

 小さな戦争とは言え侯爵が指揮を執り複数の貴族が参加しているのである。

 その視線の持ち主はいずれもテツからすれば雲の上の存在である。

 勝ち戦で緩みきっている最中とはいえ、彼らの視線を思うままに操る彼女の存在はやはり普通ではないとテツは思う。

 しかしてその視線の先にある物はと言えば、街壁の門だった。

 複数のハシゴを街壁にかけられ街壁上は混乱の最中であろうに、それでも街門に破城鎚を近づかせんと弓を射かけ奮戦する様は見る者によってはある種の感動を与えるかもしれない。

 しかしテツはフレイがそんな感動とは縁遠い人間であると知っていたし、そもそも自分もこの戦いは無様だと思っているのだ。

 まさにその街門を巡る戦いなど無様の一言に尽きる。

 だがしかしここでフレイだけに語らせ続ければせっかくこちらに向いた悪意の意味が無くなってしまう。

「どちらの兵士も頑張っているな」

 とりあえず両軍を褒める。

 がしかし。

「いいえ、どちらの兵士も無駄に苦労させられている、の間違いよ。こちらの兵士は特に」

 穏当に時が過ぎるようにと気遣うテツの言葉は一刀のもとに斬り捨てられる。

 それはつまりソー・ハクソン侯爵の指揮のせいだと言っているに他ならない。

 再び顔を赤くするハクソン侯爵の姿を横目になんとか言葉を探そうとするテツだったが、いかんせん自分も同意見なだけに咄嗟に言葉が出てこなかった。

 助けは意外な所から来た。

「あれはうちの兵士どもですな」

 そう言ってフレイの横に馬半身ずらして並んだのはドン・ファンガス伯爵だった。

 伯爵はそのおおらかな心根を表すように、顔も丸ければ体も丸いという、軍馬にまたがる姿は滑稽さすら感じさせる人物だった。

 まさに今、自家の兵士達を無様と言われても彼が朗らかに笑っていられるのには理由がある。

 この時代には戦術という物が存在しないからだ。

 近代にも古代にも戦術という物は存在していた。だがしかし、中世と呼ばれるこの時代においては戦術という物は存在しえなかった。

 この時代の戦争というと、諸侯の私兵が集まり戦闘をするのだがその指揮系統は各家にあり、更にはそこに傭兵まで加わるものだから戦術などという物が介在できる余地が無かったのである。

 できる事と言えばせいぜい大まかな陣形を組、号令で同時に弓を放つ程度であり、大雑把であれ小規模であれ古代や近代見られるような戦術という物は無かったと言って良い。

 つまりはドン・ファンガス伯からすれば、弱兵と言われるならまだしも、自家の兵士の戦い方を無様と言われるのは侮辱では無かったのだ。

「そう」

 フレイがファンガス伯に視線を向ける。

「同情するわ、兵士にも、貴方にも」

 それはつまりハクソン侯を言外に非難しているに等しい言葉だった。

 再び凍り付きそうになる陣中だったがそれをファンガス伯の朗らかな笑い声がすんでで溶かす。

「いやしかしそうは仰られるが皆良くやっておりますよ」

「そうね」

 とフレイが同意するが、それで終わるわけがないとテツは思う。

 その予想は外れず。

「それ故に哀れだわ」

 とフレイは兵士に本気の同情を示す。

「ファンガス伯爵、貴方の兵はどれ程が徴兵なのかしら?」

 そう問うフレイの目には本気の憂いが見て取れた。

「そうですな、今回の出兵に関して言えばおおよそ半分が領民からの徴兵ですな」

 この時代としては珍しい事に帝国では各貴族の私兵は騎士とは別に貴族家に直接雇われる兵士がいるのが普通だった。

 所謂職業軍人であるが、だがその数はそこまで多くなく、他国のように領民に徴兵義務を課している。

 常備軍だけで戦争する事が可能等という贅沢が出来るのは王族かそれこそ裕福な大貴族ぐらいなものであった。

「可哀想にもっと効率よくすり潰す方法があるでしょうに」

 冷たい声音に不穏当な言にファンガス伯が一瞬はじろむ。

 ファンガス伯も可哀想に慣れていない所にフレイのあの言だ驚いただろう、とテツは思う。

 今のは自分なら死傷者を減らせる、という意味だ。もっと万人に分かりやすい態度と言葉を使えば良い物を。

 そんな事だから人に誤解されるのだと、テツは心中で溜息をつく。

 ファンガス伯が一瞬のはじろみから立ち直り何かを言おうとした所、それは姫の言葉によって宙に消える事となった。

「ハクソン侯爵、おたずねしたい」

 馬ごと侯爵へと振り返りながら彼女が言った。

 そのままでは侯爵とフレイの間を馬体で遮る事になるので嫌々ながらもテツも馬体をふる。

 嗚呼、嫌だ。

 嫌だ嫌だ、嫌な予感しかしない。

 なんですかな?と威厳と子守をしてやっているのだという寛容さを込めた皮肉げな声で侯爵が応える。

 それを迎え撃ったフレイの「あれは何か?」という質問に対して侯爵が言い淀んだのは、彼が答えを知らなかったからではなく、それが常識の類いであった為に質問自体の意義に理解が及ばなかったからだ。

 フレイが重ねて問うた。今度は視線だけではなく明確に指を指して。

「あれは何か? 侯爵」

 侯爵は困惑の中、釣られるように答えた。

「はぁ……あれは我が家の竜でございます」

 彼女の指さす先には鎧をまとった巨人が鎮座していた。

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