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彼女はかく語らず竜は囁く  作者: たけすぃ


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16

 部屋はその持ち主の精神を表すように落ち着いた雰囲気に満ちていた。

 決して華美に走らず抑制的な美意識と時の経過を愛でる事が出来る審美眼、部屋にこもる紙とインクの匂いは強固な知性を感じさせた。

 部屋に居たのは一人の男性だった。

 執務机とは別に用意された休憩用の小さな丸机の前で椅子に座りお茶を飲んでいた男は、歳は自分の父親と同じぐらいかまだ若い程で、テツが想像していたよりは優しそうで、それでいて想像よりも長身でガッシリとした体型だった。

 王都であれば彼の肖像画を探すのに苦労はしない。

 背後で扉が静かに閉まる音で我に返ったテツは、その右手を少女が握っていなければその場にひざまづいていただろう。

「いつも言っているだろう? まずはノックをしなさいと」

 その声は部屋から受ける印象を裏切らない落ち着いた力強い知性に満ちていた。

 少女に向ける目は呆れと、それと同量の優しさに満ちていたが非難の色は無く、どちらかというと面白がる風があった。

 ついとその目が自分へと向けられる、テツは改めて自分の身なりがまったくもって相応しくない事を自覚しないわけにはいかなかった。

 成長する事を見越して大きめに造られたズボンに父の鉄靴を真似て爪先に厚皮を足した革靴。シャツに至っては継ぎ接ぎこそ無いものの不注意で造ってしまったシミが見窄みすぼらしさをいや増している。

 どう考えても王と謁見するに相応しい服装ではなかった。

 そう目の前の男性はジョン・クロファース王その人だった。

「“父上”、私はついに私の騎士を見つけました」

 そういう少女の声は誇らしげだった。

 父上と呼ばれた王は、訝しげな視線でテツを爪先から頭の先までゆっくりと見つめた後こう言った。

「君はまだ、ついに、という程には探していないと思うのだけどね、娘よ」

 その言葉に抗議の声を上げようとする少女を右手で制すると、ジョン王はテツの目を真っ直ぐと見つめてくる。

 テツとしてはその目に侮蔑とかそういった負の感情は見て取れなかったが、逆に言えば何の感情も読み取れなかった。

「おそらく始めましてだろうと思うが。少年よ、どうも私の娘が君にとても失礼な事をしただろうという事は想像できるよ」

「いえ、陛下。そのような事はござ……」

 ございませんと素直に言えれば良かったが、テツはつい先程の自分の頭があった場所に突き刺さっていた鉄靴を思い出してしまい、思わず言い淀む。

 その姿にジョン王が呆れたような苦笑を浮かべると、少女が焦ったような口調で言いつのる。

「違うのです、父上、違うのです。この者は私と剣で互角に打ち合えるのです、そのような者は同じような年の者にはいませんでした」

 ジョン王がその言葉に感嘆の声を漏らす。

 テツとしては、今更間違えようが無いが、ほぼ間違いなくこの国の王女であるこの少女と剣で打ち合ったと、その父親である王に知られた事に冷や汗が吹き出る。

 奇跡が起きない限り俺は死ぬ。

「それはまた――凄いね」

 だがジョン王の反応はテツが思っているような物では無く、単純な驚きだけが返ってきた。

「私の娘は親のひいき目無しに見ても剣の腕が優れていてね。大人の騎士であっても勝てる者は少ないのだよ」

 それはジョン王の明確な自慢に聞こえたし、テツはそれを信じられなかった。

 何故なら彼の大人の騎士の基準はあの一度として勝てたことの無い父であり、王の娘相手に本気を出せる騎士は少ないだろうというテツの思い込みもあった。

 テツのその信じられないという顔を見て反応したのはジョン王ではなくその娘だった。

「本当だぞ、本当なんだからな!」

 信じて貰えないのが信じられないといった顔でそう主張する少女は、有り体に言って愛らしくテツは思わず近所の子供に対するように頷いてしまう。

 そんなテツになお抗議しようとする少女をジョン王がまた右手で制止し苦笑する。

「まぁそれは追々自分で信じさせればよかろう」

 ジョン王は右手に持っていたカップを今思い出したかのようにそっと机の上に置く。

「ところで娘よ。君は一体何をしにここへ来たのだね? その少年を騎士として私に認めさせる為にかね?」

 その至極真っ当な――目の前にいるのが貧乏騎士の小倅こせがれであるという点を除けば――疑問に少女は明確に何を言っているんだ? という顔をした。

 そして少女は言った。

「いいえ父上、私の騎士を見つけたと報告にまいっただけです」

 その言葉に王が頭痛を堪えるように眉間を右手で揉む。

「そうか、報告か、報告ね」

 その声は笑いの発作を抑えているようにテツには見えた。

「ではまぁ、そうだね。娘よまずは君の騎士を私に紹介してくれまいか?」

「はい!」

 勢いよく、そして快活に答えた少女は、数瞬のちにはどうしようかと困り果てていた。

 答えは簡単だ、名前すら知らなかったのだ。

 テツは内心で溜息を一つついた。

 正直に言えば状況は何一つ理解できていなかった。貧民街の路地で殺し屋だと思った少女と戦って、敗れて生きていて、気が付けば王宮にいて殺し屋だと思っていた少女は王の娘でつまりは王女だ。そして彼女は自分を彼女の騎士だと言う。

 何一つ分からない。

 だがテツには一つだけハッキリとした答えがあった。自分は少女に必ず助けると誓ったのだ、それは思っていたのとは随分と違う物ではあったが、ここはその誓いを果たす場面であろう。

 テツは胸を張った。

 つまりは開き直った。

「陛下、本来であればかしづくところ立ったままでのご挨拶お許しください」

 テツは言外にこうですので、と少女と繋がれたままの右手を軽く上げる。

「私は騎士アリザヒ・サンドリバーの息子、テツ・サンドリバーと申します」

 少女の顔がそんな名前だったのかと、素直すぎる反応を示すが、テツは行儀良くその顔を見なかった事にする。せっかく助け船を出したというのにコイツは。

 幸い王もそれに倣ってくれる。

「そうかテツ・サンドリバーよ。不幸にして君の家名を知らぬが」

 王が少し言葉を探す。

「私の娘をよろしく頼むよ」

 よろしく頼まれてしまった! 嘘だろおい! 

 テツは内心の驚愕を完全に押し殺した。王の顔に明らかにこちらの反応を楽しもうという魂胆が見えたからだった。

 幼稚な反抗心が諧謔かいぎゃくとなって心中で激しくうねる。

 開き直るなら最後までだ。

 ジョン王の言葉になんとか狼狽うろたえず、はい、と答えたテツはこう言った。

「つきましては陛下」

「なんだね?」

「宜しければ王女殿下のお名前を私にお教え願えないでしょうか?」

 帝国七王国で帝国の護剣とうたわれた護剣王ジョン・クロファースは、完全に虚を突かれた顔でまじまじと自分の娘の顔を見た後に、こんなに笑ったのはいつぶりかとその日の日記に書くほどに笑った。


 それから色々あったなぁと馬に揺られながらテツ・サンドリバーは苦笑する。

 あの日からの事を思い出すと苦笑しか出てこないのだ。

 フレイ王女殿下と呼んだら殴られたり、城に居る騎士を片っ端から捕まえては本当に自分の方が強いのだと証明するのを見せられたり。

 自分の騎士団を作りたいと言って貧民街の孤児を集めたり訓練したり。

 他にも思い出せばキリも無ければとりとめも無くなる。

 あの日々で自分が間違えたのはきっと彼女にあったその事だけであり。

 恐ろしいことに自分はその間違いを後悔していない。

 テツは背後の馬車から、自分も馬に乗って行進すると暴れるフレイと、それを止めようとするメイドの声を聞くと、溜息を吐きながら馬足を緩めた。

 まぁうん、本当に後悔していない。

 後悔していないよな? 俺。


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