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彼女はかく語らず竜は囁く  作者: たけすぃ


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15

 テツ・サンドリバーの幼少期は謎に満ちている。

 当時の街の噂話などを纏めた書物によれば、スラム街にやたら腕の立つお節介な騎士の息子がいると書かれており、これはテツ・サンドリバーの事ではないかと思われているが、とうの書物がどの時期の噂話を纏めたものかハッキリとせず憶測の域を出ない。

 だが彼が当時から超常的な剣術を誇ったフレイ・クロファースとスラムで剣を交えたというのは当時の記録に残っている。

 彼は剣術の天才や戦争の天才としては有名では無い、有名では無いどころかそう言った華やかな文言からはほど遠い人物である。

 だがこれは彼の立ち位置に問題があった為であろうと思われる。

 彼の隣にはいつもフレイ・クロファースが居たのである。美しく、強く、高貴な彼女の隣にいては余程の才能を持っていたとしてもかすむだろう。

 彼はそういった天才の横に立ち続けた人間なのだ。

 それは最早、才能と言って差し支えないだろう。


 目が覚めると視覚よりもまず先に触覚の異常で総毛立った。

 人生初の柔らかさで背中や頭が包まれている。

 余りの異常事態にテツは半身を跳ね起こした。

 跳ね起きて一番最初に感じたのは後頭部のうずくような痛みだった。

 思わず顔をしかめると、滲む涙の先にぼやけた人影が見える。

 滲む涙を手でぬぐうと、女性が驚いた顔でこちらを見ているのが分かった。

 テツは少年らしい純朴さで、寝顔を見られていたのを恥ずかしいと咄嗟に思い、ついでやっと自分が置かれている状況を認識した。

 上半身の重みを受けて沈むような柔らかなベッドにそんなベッドを置くに相応しい調度品が揃えられた部屋。広さにいたってはベッドだけでテツの家の三分の一はあるしまつだ。

 価値の分からない子供でも強引に分からせるだけの説得力を持った壺やら美術品が目に入る。

 なんだこれ、何がどうなって俺はこんな所で寝ているんだろう?

 テツが混乱しながらもキョロキョロと周囲を観察していると、目の前の女性がクスクスと笑っているのに気が付いた。

「驚かせてごめんなさいね、あの子が大騒ぎしながら連れてきたものだからついつい気になってしまって見に来てしまったの」

 女性が優しく微笑みながらテツに謝る。

 謝られた方のテツは何に謝られているのかも分からなかったが、なんとなしに頷いてしまう。

「今、あの子を呼んできますね」

 まるでそれでテツに対する説明は済んだとでも言うように女性は微笑み部屋から出て行ってしまう。

 優しそうな女の人だったなぁ、等とまだハッキリとしない頭でテツがほうけていると、先程の女性が出て行った扉が勢いよく跳ね開けれた。

 それは開口一番にこう言った。

「目が覚めたか! 私の右腕よ!」


 毛足の長い真っ赤な絨毯に大股の足跡を残しながら銀髪の少女がベッドへ突進するような勢いで歩いてくる。

 テツは少女を見た瞬間に、何はともあれ自分は負けたのだと理解した。

 年相応の自尊心が心中で悲鳴を上げるが意思の力でそれをねじ伏せる。

 そうしないと涙が出そうだった。

 少女はベッドに両手をついて、グッと顔を近づけてきた。

 思わず顔を背けそうになりながらもテツは真正面から少女の目を見つめ返す。

 テツ・サンドリバーは負けた。

 だがしかし、彼は諦めていなかった。

 テツはこの少女を救わねばと決意していた。騎士の息子としてそれだけは諦めるわけにはいかなかった。

 部屋の調度品から察すれば、この少女が飼われているのは貴族、それも大貴族の家に違いないと分かった。

 そこから子飼いの暗殺者を助け出すなど、どうすれば良いのかテツには想像も出来なかったが、それを諦めるという選択肢を彼は持っていない。

 わざわざ自分を生かしている理由も分からず、これからを想像するだけで震えだしそうになるくらいに怖かったが、テツ・サンドリバーという少年はそれら全てを飲み込んだ。

 後に残ったのは決意だけだ。

 その決意が溢れた両の眼は目の前の少女をたじろがせた程だった。

 テツはベッドに置かれた少女の手に自分の手を重ねた。伝われと願いながら、自分のこの思いが全てこの少女に伝われと切に願いながら。

 テツは言った。

「俺は必ず君を助けるから」

 美しさを称える言葉は幾つもあるが、テツは目の前で咲いた花の美しさを称える言葉を知らない。

 少女が自分の手に重ねられた少年の手に自分の手を更に重ねる。

 少女は言った。

「なら貴方は今この瞬間から私の騎士だ」


 テツ・サンドリバーは少女に手を引かれ、長い廊下を歩きながら違和感と戦っていた。

 廊下が長い、長すぎるのだ。

 王都には沢山の貴族の館がある。

 その中には大邸宅と呼ばれるような立派な家もある。だが、だがそれでもこの廊下は少しばかり長すぎるのだ。

 王都は上下水道と城壁を拡張する事で大きくなっていった都市だ。

 城壁と上下水道が整備される度に、その外側に外街と呼ばれる非正規の市民街が出来る。城壁内が手狭になると上下水道と城壁の拡張工事に従事する事を条件に外街の住人を市民として受け入れ王都は拡大されてきた。

 何度かの区画整理を経て最古の城壁内に、つまりは王城のそばには貴族とその家来、それらを相手する商家が集まり上街と呼ばれる地区が出来ている。

 しかし当然ながら土地は無限にあるワケではないので、いかに大貴族であったとしても王都に構えられる館の大きさにはある程度の制約をうける事となる。

 自分は何か大きな勘違いをしているのでは?

 テツは自分を引く少女の背中を見ながら不安を感じた。


 違和感が最大にまで大きくなったのは、その扉の前に立った時だった。

 良質な木材で作られた両開きの扉は、長い歴史を感じられる風合いに変色し、それでいて古さを感じさせないのは日々それが丁寧に手入れされている事の証明だ。

 だがテツに違和感を感じさせたのは扉それ自体では無かった。

 その扉の前に鎧を着た騎士が二人立っている事だた。

 そして何より、彼らの兜に竜の羽に短剣があしらわれた紋章が付いていた。

 その紋章を示す事が許される騎士は限られる。

 少女が扉の前まで進むと騎士達は誰何すいかすらせずに脇にどく、一瞬だけテツへといぶかしげな視線を向けながら。

 テツは今にも扉を開けようとする少女についぞ訊きそびれていた疑問を投げかけたくなった。

「父上! 私の騎士を見つけました!」

 少女は扉を開け放った。

 ――君はいったい何者なんだい?


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