フレッフレッ宗哲
本日快晴。
体育祭。
男子テニス部員は丁寧に作られた「道具準備表」を首からぶら下げた。ダサっ。
陸上部は主に白線を引く係。
オレは片付ける係。ミナトは用意する係。用意する係の方がメンドクサイ。どこに何をどう置くのか細かく「道具準備表」に記載されている。オレは楽。競技が終わってから、機械的にグランドのものを道具スペースに持ってくればいいだけだから。ただ、割と走ってばっかりだから人気のない仕事。
小田はもっと楽。もう使用しないって道具を倉庫へ片付けるだけ。ただ、後夜祭の前半も片付けが続くのが難点。
ま、それぞれ。
我が校の体育祭は結構賑わう。
高校の下見を兼ねた中学生やその両親が山のようにやってくる。
もちろん、我が子を応援に来る親もいっぱい。ウチの家族も来るらしい。けどさ、応援団をやってたり、騎馬戦の大将をしたり、リレーの選手だったりってのがないから、恥ずい。
困るわけじゃねーけど、活躍しない息子を見に来るってどーなの?
「今年、なんか見学多くね?」
「多い。去年の3年の進学率が良かったからじゃね?」
「あ、そっかー」
確かにオレが1年だったときよりも見学者が多い気がする。
でかいカメラを持った人もちらほら。これは生徒の保護者だろうな。受験のための高校見学に来た人が本格的なカメラを持ってるとは考えにくい。
「宗哲クン」
ねぎまが恥ずかしそうにジャージ姿にミニスカートででやってきた。
オレは男子テニス部集団の輪から、ぽいっと出された。
眩しいくらいの脚。
いい感じにほんのりと筋肉がついて美味しそう。ももしおのすぺーんと真っ直ぐのモデルみたいな脚とはまた違う。柔らかそ。
「なに?」
「えっとね、チアの衣装、見せに来たの」
なんつー可愛いことしてくれるんだよ。
この間の「東横」って呼び捨てとか「下衆野郎」って口汚いこと言ってたのとか全部ちゃら。
「どんな?」
ねぎまが目の前でジャージのファスナーをじーっと下げる。
オレがやりたいくらい。
「ほら」
!
腹出てる。いかんいかんいかーん!
チアの衣装はお腹のところが開いていて、肌が剥き出し。もちろん背中の方までグルっと一周。スカートはウエストではなくそのちょっと下から。つまりビキニよりも弱冠布が多いくらい。
「すげっ」
「どお?」
「似合う」
「うふっ」
「可愛い」
正直エロい。
「今日1日分の宗哲クンの応援するね。
フレッフレッ宗哲、フレッフレッ宗哲ー。ガンバレガンバレ宗哲、ガンバレガンバレ宗哲ー」
にこにことポンポンを持った手を上や横に動かして、回して、最後には振ってくれた。
「さんきゅ。すっげー頑張れる」
オレ、特別足速くねーけど。なんかいつもよりイケそうな気ぃする。
「宗哲クンもがんばれってして」
なにこれ、オネダリ?
「頑張れ。応援すっから」
「うふっ。じゃね」
ねぎまはジャージを羽織りながらぱたぱたと走って遠くに見える応援団の集団の方へ行ってしまった。
くらくらする。なにあの衣装。いーのか?! 鼻血噴くやついるんじゃね?
つーか、ねぎまの腹筋、ちょっと割れてた。
腰のラインがすげかった。
早いとこキスよりもステップアップ、だな。
にやにやしながら道具係のところへ戻ると、軽くイジられた。
競技が始まり、オレは大忙し。ねぎまにガンバレと言われたんだから、道具係だって頑張る。
午前中のオレの種目は、男子100mと部対抗リレー。
男子100mは4人一緒に走って2位。いつも通り。小学校のときからこんなもん。
「宗哲、宗哲、写真撮らせて」
母が駆け寄ってくる。すっげー嫌。恥ずい。
「早くして」
ダルそうに友達から離れてカメラにピースサインを向ける。
「まあ、宗哲のお友達? いつも息子がお世話になっております」
「「「「こんにちはー」」」」
「みなさんも一緒に」
いーのに、そーゆーの。
カシャカシャカシャカシャカシャ
すっげー連写してるよな。
「「どーも」」
「「ありがとうございます」」
「じゃ」
「これからも愚息をよろしくお願いします」
母は深々と頭を下げた。丁寧過ぎ。高校生に向かって。
先生への対応と一緒じゃん。
「可愛いな。宗哲のお母さん」
「ってか、宗哲と同じ顔」
「ゆーな」
そのとき、大きなカメラを持った男から、オレ達は質問された。
「すみません、東城寺君ってどこにいますか?」
「東城寺?」
「いたっけ?」
「さあ?」
「2年にはいねーよな?」
「すみません、分かりません」
「そうですか」
「何年生ですか?」
「2年です」
「2年だったらいません」
「そうですか」
なんか間違えてるのかな? 質問した男はグランドの方へカメラを持ったまま歩いて行った。
「寺の息子とか?」
「東城寺って寺だったり?」
東城寺ってなんか聞いたことあるよな。
「宗哲ぅ」
遠くからテニス部の友達が大きく手を振ってきた。
「あ、やべっ、道具係に戻る」
「頑張って働け―」
オレはクラスの友達から離れて道具係に戻った。
裏方さんは大忙し。
徒競走のゴールのテープを張ったり、得点集計のために分かり易く、1等、2等、3等の旗を立てたり、それを片付けたり。高齢者用のテントで冷たいお茶を配ったり。
オレはひたすら走って、道具の撤収に務めた。
プシュッ!
プッシュ―ッシュッシューッ
ばしゃっ ぼとぼとぼと
「「「「うわっ」」」」」
いきなり見学に来ていた中学生くらいの女の子が開けた炭酸ジュースが噴射した。
「ごめんなさい!」
「すみませんっ」
4人グループの中学生くらいの女の子達は平謝り。
「大丈夫大丈夫。ぜんぜん平気だから」
「そっちは大丈夫だった?」
「大丈夫です」
「走って来たから、きっと」
「はははは。よくあるよくある」
女の子達はぺこぺこと頭を下げて、オレ達から遠ざかった。道具置き場は道具越しに競技が良く見えるポジション。だからいたんだろう。けど、バツが悪くなったらしく場所を変えるようだ。
傍にいたテニス部はちゃんと非難できた。
人間は大丈夫だった。問題は、障害物競走に使う網。
甘味成分を含んだ炭酸がかかって、なんだかべとべとしている。幸い午前中の競技では使用済み。次に使うのは午後。
「洗うか」
「だな」
「洗剤ってあったっけ?」
「部室に合宿の残りがあるはず」
オレは部室までひとっ走りして洗剤を持ってきた。
小田と2人で障害物競走の網を洗う。
「なんつーの、地味」
「はは。こんなんばっかだよな、オレら」
「去年の合宿、洗濯係できつかったよな」
忘れもしない、去年、1年のテニス部合宿のとき、小田とオレは洗濯当番だった。
山のようなハンガーを持って合宿に参加し、夜のミーティング後にみんなの汚れものを洗濯した。すっげー夜遅くまで。朝早くから練習があるから、洗濯する時間は夜しかない。
化学繊維のシャツはハンガー、タオルや綿のTシャツは乾燥機。下着は出してはいけないルール。
洗濯をしたことがなかった小田とオレは、洗濯機の使い方を先輩から教わったのだった。今年は教える側かと思っていたら、
『洗濯ぐらいできますよー。常識です』
と後輩に言われた。
え、常識なの?
小田は洗濯物を畳むことはできるといばっていた。
「オレが畳んだTシャツ、売ってる服みたいって感動されたし」
「だっただった。シャツは小田に任せて、オレ、タオル畳んだんだよな」
「パンツ、混じってたよな。誰が出したか分かんねーまま」
「『オレのです』って言ったらぜってー怒られるじゃん」
「はははは」
「君達」
水道で網を絞っていると、大きなレンズが付いたカメラを持った男が声をかけてきた。
ちょっと前に寺の息子だかなんだかを探していたのとは別の男。
「「はい」」
「この写真に似た男の子っている?」
めちゃイケメンの顔写真を見せられた。
この顔、どっかで見たことがある。
「これって、東城寺連ですか?」
テレビで時々、若い頃の写真が出てくるから覚えている。一度見たら忘れないようなイケメン俳優。醤油ではなくバター顔のハーフっぽい顔。すっと通った鼻筋、すっきりとした顎のライン、万人を魅了しそうな二重のはっきりとした瞳、唇の両端はきゅっと上がって左右対称。
「君、よく知ってるね。これは東城寺連が20歳くらいの時の写真」
やっぱり。
「こんなイケメンに似た人いませんよ。普通の高校ですから」
「だよな。こんなヤツいたら、女子がきゃーきゃー言ってっし」
「おかしいな。瓜二つって聞いてるのにな」
「この学校では見たことありません」
「いない? ホントに? いるはずなんだど」
首を傾げながら、男はグランドの方へぶらぶら歩いて行った。
「なあ、さっきも聞かれたよな」
「そーいえば、東城寺君とかって」
「この網干したらさ、名簿見に行ってくる」
「宗哲、東城寺って名前探すの?」
「気になってさ」
「なんで2人も東城寺ってヤツを探してんだろ」
「さあ?」
「じゃ、部対抗の後な、宗哲」
「あ、そっか。オレ、部対抗出るんだった」
「その前に道具係。さぼるな」
「さーせん」