女難
「なー、ももしお。タケちゃんの男心も汲んでやって」
オレが言うことでもないけどさ。
「男子みんな嫌い。私のことなんだと思ってるわけ? 遠くから見ててあんまり近寄ってこないんだから。告ってくるのは卒業前や転校前ばっか。『3年間ずっと好きでした』って過去形かよって」
あららら。ももしお、なに怒ってるわけ? 東横の話はどーなった?
「わかるー、シオリン! 『3年間ずっと好き』って言うくらいなら、3年前に告れって話だよね。そしたら楽しいラブラブな3年間があったかもしれないのに」
ねぎままで。
「あのさー。告るってどんだけ勇気いるか。酷いこと言うなって。お前らには分かんねーんだって」
「宗哲クンは、ちゃんと言ってくれたじゃん」
どきっ
真剣にオレを見つめる双眸。
「言うしかねーじゃん」
言わされたんだよ。確信犯のくせに。
「いーないーな、マイマイ。私って、男の子が寄って来てくれないのー」
「しゃーねって」
学校のアイドル的存在だから。
「だけど東横君は、普通に接してくれたの」
「シオリン、君なんていらない。東横、とーよこ、もしくは下衆野郎」
女って……。
「ミナト君だって宗哲君だって、学校では私たちにあんまり話しかけてくんないじゃん。男子の目ばっか気にして。他の子だってそう。話しかけても半分の男子は敬語」
あー。オレも最初、ねぎまに敬語だったかも。そういう存在なんだよ。
「バスケ部やサッカー部はちげーだろ?」
「その辺だけ。だけどね、東横君は、あっと、東横の下衆野郎は、バスケ部でもサッカー部でもないのに、普通に喋ってくれたの」
「そっか。その辺は漢らしいヤツだよな」
ヤローにディスられる覚悟がないと、ももしお×ねぎまには近づけない。
オレはそこそこ口の悪い美少女2人の話を聞かされ続けた。オレもタケちゃんと一緒に帰ればよかった。
はー。なんか疲れた。
精神的にぐったりとして帰宅すると、夕食はミートローフとカボチャサラダとキャベツのスープ。
生き返る。
ダイニングには祖母と母。
2人でパソコンを見ながら喋っている。
「なにしてんの?」
「ブログ」
「へ? お祖母ちゃんが?」
「私も。2人で交代に書いてるの。今日はお義母さんの日」
次は母の言葉を祖母が受け継いだ。
「米国株のブログ。今日は、キャピタルゲイン株とインカムゲイン株」
「ふーん。お祖母ちゃん、それ何語?」
「あははは。宗哲も少しは家族の会話に加われるようにしなさい」
母は笑うけど、家の家族って特殊だと思う。
祖父は元バンカー。父はシンクタンク勤務。祖母は昔証券の窓口、母は子供が産まれるまで公認会計士という金融一家。
「あら、この企業は、宗哲のおおお祖母ちゃんが病院で使ってた薬の会社だわ」
「懐かしい。おおお祖母ちゃん、最期まレディで」
なんだか曽祖母を思い出して2人で盛り上がっている。でさ、当時のアラナインにレディって。
「レディ?」
「男の人に看護されるのが嫌だって言ったんだよねぇ。入院して2日動けないときがあって。オムツを嫌がって大泣きしちゃって」
「そうでした。頭がシャンとしてらしたから、辛そうでした。私達がしますって言っても、嫌がって。結局女の看護師さんにお願いして」
レディの基準が分からん。
「へー」
オレ、食事中なんだけど。シモの話やめてくんない?
「孫に会うだけでもお化粧して。抗がん剤を嫌っておっしゃって」
「抗がん剤を嫌がったのは、おおお祖父ちゃんのとこに早く行きたかったから。髪が抜ける前に」
「大好きでしたもんねー。おおお祖父ちゃんのこと」
ああ、今日って女難。
女のお喋りってどーしてこうも興味のないことばっかなんだろ。
「そりゃそうよー。完璧な専業主婦で、おおお祖父ちゃんを通して世間と繋がってる人だったから」
「そうですね」
あのさー、あんたら2人も専業主婦だろーが。
「なんかねー、おおお祖母ちゃん見てて『長生きしたくないなー』って思ったの。連れ合いを見送って、友達を見送って、体のあちこちが少しずつ悪くなって、人生の澱が溜まって」
「お義母さん、私がいますから。安心して長生きしてください。人生の澱なんて、吹き飛ばすくらい楽しいこといっぱいしましょう。ネットで友達増やしましょうよ」
「新しい友達はわくわくするけど、詐欺に狙われたくないから、よろしくね」
「はい! ちゃんと見極めましょう。2人で」
見極められんの? 2人して一緒に引っかかりそうじゃん。
だいたい2人とも似たようなタイプなんだよ。だから話が合うんだろうけど。
世間から離れて、主婦ばっかりの友達がいて、ランチばっかしてさ。
早く食い終わって逃げよ。
「この企業はね、ヨーロッパで合法化され始めてる安楽死の薬作ってるのよ。麻酔薬の分野が得意で」
「キャピタルゲイン株ですね」
「世界的に長寿になってきたから大変よ。じわじわと上がって来るんじゃない?」
祖母はめちゃくちゃ楽しそう。シュールだよなー。「長生きしたくない」なんて希望がないこと言ってた舌の根も乾かないうちに、アメリカの株で儲けること考えてさ。しかも安楽死の薬。
あなた方お二人はきっと長生きされますよー。
「ヨーロッパの人達は、歳をとっても楽しそうですよね」
「そりゃそうよー。社会保障が万全だもの。しかも日本の財政みたいな借金じゃなくて」
「お義母さんの世代は大丈夫ですよ。私の世代はどうなるか。宗哲たちの世代は、もう、想像するもの恐ろしいわ」
2人で会話しとけよ。オレの名前出すなよ。
「どんどん死ぬのが難しくなってるから。昔々はコレラ、スペイン風邪。それが治るようになって、結核も大した病気じゃなくなって。最近じゃ癌でも死ねなかったり。おおお祖母ちゃんが抗がん剤を嫌がったときなんて、医者から『この状態で治療をしないなんて殺人です』って言われちゃって」
「ご馳走様でした」
退散。