ミッション美少女保護
ちらちらとねぎまの眉間を眺め、ご機嫌はどうかなーんなて窺う。
でもさ、横浜から反町なんて電車で1~2分。いっそ歩けよって距離。
ご機嫌が治る間もない。
電車を下り、駅を出てみた。
オレはとりあえず、ねぎまの気の済むまで待とうと思う。それしかねーじゃん。
たとえ東横の部屋が分かったところでさ、踏み込むなんてできるわけない。
どうにもならないのに、ねぎまは反町駅前の大通りの前で仁王立ちして四方を見渡している。
ムリだって。
と、そこへ、自転車に乗ってはあはあ言いながらタケちゃんが現れた。
「宗哲!」
「あれ、タケちゃんじゃん」
「やっぱり来た♪」
まるで確信していたかのようなねぎま。
「場所教えるくらいなら、できるから」
タケちゃんはメガネと前髪で表情を見せないまま自転車を下りて歩き出した。めちゃ急いでっし。
やっぱタケちゃん、ももしおのこと好きなんだろうな。
あいつも罪だよな。
剛脚サッカー部に息切れるくらい走らせてさ。
でもって、タケちゃんがどんなに焦ったところで、どーなの?
現場に踏み込むなんてできねーじゃん。できるのってせいぜいピンポンダッシュくらい。
でもさ、もしピンポンダッシュして隠れて見ててさ、東横が裸で玄関のドア開けたらどーする?
タケちゃん、すっげー傷つくじゃん。好きな子が誰かとつき合ってるって聞くより、ずっとずっとショッキングじゃん。
ひょっとして、これを止められるのって、オレしかいねーんじゃね?
自分で食われに行ったももしおの救済よりさ、タケちゃんの心をガードすることの方が大事じゃね?
ちらっ
ねぎまを見てみると、走ってるじゃん。
そーだよ。長身のタケちゃんが早歩きで、オレだってかなりのスピード。いくら身長が高い方でも女の子。ねぎまは小走り。
言いにくい。でもさ、このままだとタケちゃんが。
頑張れ、オレ!
「なあ、やめね?」
「はああああ、何言ってんの? 宗哲クン」
ねぎま、怖っ。
「行ってどーすんだよ」
「シオリンを助ける」
「どうやって部屋に入るんだよ。入れるわけねーし」
「だったら、マンションの火災報知器鳴らす」
はああああ?! ねぎまこそ何言ってんの?
「ふざけんなよ」
「ふざけてない」
「マジで言ってんの?」
「スト―ップ!」
タケちゃんがねぎまとオレの言い争いを止めてくれた。
「「……」」
「あのさ、東横ん家行く途中にある店行かね? 夕飯外で食ってるとしたら、まだ部屋に帰ってないと思うからさ」
宥めるかのようにタケちゃんが提案してくれた。
確かに。応援団の練習が終わってまだ時間はそれほど経っていない。
3人で中華料理屋へ入った。こじんまりした店。
通りを歩く人が窓から見える席に着いた。
ねぎまは怒っているからなのか、タケちゃんとは話しても、オレとは口をきいてくれない。こーゆーのは初めて。もし、このままねぎまに捨てられたら、ももしおのせいだからな!
オレ 「チャーハンうまっ。やっぱ家のチャーハンとはちげーよな」
「この店、オレ、ときどき来る。フカヒレとかは食べたことないけど」
ねぎま「西武君は駅のどっちの方に住んでるの?」
「学校に近い方。だから反対側。あっちっ側、家賃安いんだよ」
オレ 「へー。じゃ、タケちゃんって学校、歩き?」
「そ。原チャリで行きてー」
ねぎま「だよね。坂きついもんね」
「たしかに」
オレ 「こっちからだったらロープウエイつけてほしいよな」
「ははは。ロープウエイいいかも」
絶妙にねぎまはオレとの会話を避ける。
タケちゃんは苦笑い。
「あ」
いきなりタケちゃんがレンゲを置いた。
「どうした?」
「何?」
「百田が歩いてる」
「え、あ、ホントだ」
ももしおが駅に向かって一人でぶらぶらと歩いている。
捜索開始から1時間半くらい? 恐らくはことに及んでいない。
よかったな、タケちゃん。
それから相模ン、よかったな。まだももしおは処女だぞ。
「シオリン」
ねぎまは店を飛び出して、ももしおを捕獲した。
「あー、なんかここへ連れてきそうだよな」
タケちゃんが気まずそう。
だよな。ねぎまとオレは、ももしおを救おうとしたって理由があるけどさ、タケちゃんの立ち位置って微妙。
「いーんじゃね? 偶然この店でメシ食ってたことにすれば?」
一応、タケちゃんが帰らない方向を模索してみた。
「そんな嘘くせーじゃん」
「大丈夫だって。ももしお、あんま、深く考えるタイプじゃねーから」
本音は違う。誰だって3人の組み合わせが不自然だって気づくと思う。
「あれ? 西武君がいるー」
店に入って来たももしおの第一声。
「あ、そうそう。タケちゃん、この店よく来るんだって。オレら入ったら、いたんだよー」
見え見えの嘘。
「そーなんだ。言ってたもんね。美味しい中華屋さんあるって」
マジか。ももしお、嘘信じた。
「そ、そう。そうなんだ。旨い店って、ここのこと」
苦しいぞ、タケちゃん。
「どれがおすすめ?」
4人掛けのテーブル席。
オレとねぎまが隣同士で、タケちゃんは1人で座っていた。そのタケちゃんの横にぴょこんとももしおは腰かけた。
タケちゃんがめっちゃ意識してるのが分かる。なに、その、席狭いけど触れませんよ的な体の傾け方。
「牛肉炒めのこの四川風のヤツお勧め。辛いけど。こっちの鶏肉とピーナッツも旨い」
「オレの食ってるチャーハンも旨い」
「マイマイは?」
「タンタン麺美味しいよ」
「じゃ私はぁ、四川風牛肉そばとチャーハン」
どんだけ食うんだよ。
「シオリン、どうして1人で歩いてたの?」
「んー。メンドクサそうだったから」
「何かあったの?」
ねぎまが聞く。
「あのさ、女の子同士の方がいいんじゃね? オレら帰る」
言いながら席を立つと、タケちゃんも無言で立ち上がった。
「あ、いーのいーの。ゆっくり食べて。ぜんぜんOK」
「そうなの? シオリン。話は後から2人になってからにしよう」
「うーんとね、でも、宗哲君はきっと、無理矢理マイマイにここまで連れてこられたんでしょ?」
「……」
ねぎまが怖くて返事すらできねー。
「今ね、東横君ちからの帰りなの」
うっわー。こんな話、タケちゃん大丈夫?
大丈夫か。セーフだよな。だって、時間的に何かができたとは思えねー。よく知らんけどさ。
「シオリン……」
「1人暮らしの男の子の部屋ってどんななのかなーって話になって、じゃ、来る? みたいな」
軽っ。
「東横君って気さくなんだね」
おい、ねぎま、気さくとはちげーから。
「で、今日、2人で東横君の部屋行ったら、部屋のドアんとこら辺に、すっごく美味しそうな匂いがしてたの。私のためにご飯作っててくれたのかなーなんて思ったりして」
「シオリン、2人で帰ったんなら、そんな訳ないじゃん」
「あ、そっか」
気づけよ。
「女ね。しかも合鍵持ってる」
ねぎまが話の先回り。
「東横君が玄関のドア開けたら、女の人の声が『おかえりー』って」
「ちょっと! 東横サイテー」
あ、ねぎまが東横を呼び捨てに格下げした。同時にトンッとテーブルを手で叩く。
「でね、メンドクサそうだったから逃げてきた」
「なにそれ! 東横のヤローはどうしてたの?」
ねぎまの呼び捨てが続く。
「『待って、姉だから』とか言われたけど。なーんかすっごく楽しいるんるんした気持ちが一瞬で吹っ飛んじゃった。料理作って帰りを待つなんてどんだけ頑張ってるんの? でもって、東横君が『姉』って言ったから『姉です。私帰りますから』なんて言ってるし。東横君は『勝手に鍵作らないで』とか言ってるし」
「シオリン」
がばっ
ねぎまはテーブル越しにももしおの首に抱きつた。
「あ、あのね、悲しいとか、そーゆーのは全くなかったからいーの」
「そーなの? 大丈夫? シオリン」
「ただね、女って括りの中にあの頑張っちゃえる人がいて、自分もその括りに入ってるのかなって思ったら、なんだか嫌な気分になったの」
???? 何言ってるのかよく分からん。
「シオリン、違うから。シオリンは全く別の生き物だよ!」
ねぎまが力説している。オレの頭の中は疑問符だらけ。
「あのさ、つまり、東横にはカノジョがいたってこと?」
オレは聞いてみた。
「お姉さんね」
ぴしゃりとねぎま。分からん。どう片付けたいんだろ。
「タケちゃん、東横にお姉さんいる?」
「知らん」
「宗哲君、そこじゃないから」
くっそぉ、ももしおにまでダメ出しされちまった。
「お待たせしました」
ももしおが注文した料理が並び始めた。
「わー。美味しそう。つやつやぴかぴかトゥルントゥルン」
謎の言葉の後「いただきます」と嬉しそうにももしおは食べ始めた。
「百田、東横とつき合ってたの?」
おおーっと、ここでタケちゃんが会話に割入った。
「別に」
「つき合ってなくても男の部屋行くの?」
「つき合ってなきゃダメなの?」
「東横が一人暮らしって知ってたんだろ?」
タケちゃんの語気の強さに一瞬シーンとなった。
そっか。タケちゃん、ももしおのこと本当に好きなんだ。
例えばさ、相模ンはももしおが処女のままだったら嬉しいかもしれない。でもさ、タケちゃんは、ももしおが東横の部屋へ行くことを選んだ時点で、もう、辛いんだろな。
「「「……」」」
「ごめん。オレ、帰る」
タケちゃんは自分の分のお金を置いて帰ってしまった。
「シーオリン♪ 美味しい物いっぱい味わおうよ。私、マンゴープリン追加する」
「マイマイー。じゃ私も。マンゴープリンとゴマ団子」
おい、ももしお。ちゃっかりゴマ団子をプラスしてやがる。