3年前のインサイダー取引
放課後、テニス部の後、いつものように横浜をぶらぶら。
今日はレコード屋でイベントがあるらしい。暇だから行くことにした。ミニライブがあるとか。アイドル系じゃなくって、インスツルメンタルバンド。正直オレはよく分かんない。音楽方面はさっぱり。
「いーんだよ。バイオリンがどっ速で弾くの」
幼少のみぎりにバイオリンも習っていたというミナトに誘われた。音楽に興味はなくても、ライブとかってイベント系は好き。
「あれ、タケちゃん」
なんと、西武が来ていた。
「西武君、一人?」
「ああ、他のみんなは応援団の練習の後、合コン」
「すげー。サッカー部不死身だよな」
ホントにタケちゃんは合コン行かないんだな。
西武は今日も前髪で眼鏡が半分隠れている。背負っているリュックは教科書や問題集でぱんぱんに膨らんで、行商のよう。ダサさに追い打ちをかけている。
「オレ、このバンド好きなんだー」
西武は嬉しそうに笑った。
「あ、オレも。バイオリンかっけーよな」
ミナトと話が合いそう。
「バイオリンもいい。オレが1番好きなのはベース。ソロのチョッパーバリバリなの、サイコー」
ふーん。チョッパーってルフィの仲間しか知らねー。
少し待つと、音楽が始まった。すっげー。バイオリンって聞いてたから、クラッシックっぽいのかと思ったら、めっちゃビートの効いた音楽だった。観客はノリノリで踊りまくり。
ミニライブだったから、3曲だけ。これでも他のイベントのときより多いのだそうな。
「オレ、これ好き!」
なんか聴いてて、すっげー楽しかった。
「前のアルバム、全部ダウンロードしてある。宗哲、コピーしよっか?」
「タケちゃん、マジ? お願い」
そんな話をしながらイベント会場を出ると、ばったり、ももしお×ねぎまに会った。
「あれ、ももしおちゃんとねぎまちゃん来てたの?」
なんと、2人が同じ会場にいたなんて。気づかなかった。
「このバンドのピアノの人、好きなの」
とねぎま。
「言ってくれればいーじゃん」
「チアの練習で来れないと思ってたから。ごめんね、宗哲クン」
「ぜんぜん。会えたから」
オレとねぎまのやりとりを見て「つき合ってるって噂はホントだったんだ」と西武が呟いた。
!
その時、オレは昼間相模ンから頼まれたミッションを思い出した。ももしおを東横の毒牙から守ること。
元カノ16人の東横よりも、合コンすら断るタケちゃんの方がいいに決まっている。どうせ1人暮らしを狙うなら、タケちゃんにするべき。そして、タケちゃんだったら、即行で食うなんてことはしなさそう。ひょっとすると結婚式にファーストキス……はないな。
相模ンはカレシを作らないでほしいみたいだけどさ、そこまではちょっと。
よっし、ここはオレが一肌脱ぐ。
「なあ、みんなでマック行かね?」
ってことで自然に5人で地下街のマックに行った。今日もフライドポテトの油の匂いが店内に充満していた。ももしおは全くタケちゃんに興味がないらしく、いつものようにバーガー2個食い。家に帰ってから夕食も食べるのだそうな。
まず、ミニライブの話で盛り上がった。次は、ももしおにタケちゃんの一人暮らしアピールだ。オレは意気込んでいたのに、ぜんぜんオシャレな話が出てこなかった。
「トイレットペーパーって嵩張るからついつい買うのぎりぎりになるんだよな」
とかさ、
「金がなくて食べ物ないときは、枕を腹の下に置いて寝る」
とかさ、
「近所で下着ドロボーが捕まってさ、オレのパンツとかTシャツ、普通に使われててショックだった」
とかさ。すっげー笑ったけど、恋愛に発展するとは思えない話題。
もちろん、ももしおは爆笑。意識してないもんだから、大口開けて笑いやがって。しかも。
「トイレットペーパーぎりぎりって、最後の1個? それとも30センチ?」
「芯からの厚みが3ミリくらいんとき」
「きゃははははは」
てな具合で色気ゼロ。まあ、ももしおってこんなヤツだけど。
昼間の東横とのときとエライ違い。
タケちゃんと1時間くらい近くにいて思った。あれ? 実はコイツ、イケメンじゃね?
髪で顔の上半分が隠れているけれど、鼻すじは通ってるし、唇も綺麗に左右対称。両端がきゅって上がってる。顎のラインが綺麗。サッカー部だけあって、日焼けした細マッチョ。背は180ちょいくらい。
行商みたいに重いリュックを背負うと、やや猫背になるが、食事中は姿勢がいい。バーガー持つ手が骨っぽくて、ねぎまがちらちらと西武の手を気にしているのが分かった。ちょっと嫉妬。
問題は目か。すっげーはれぼったい目で、まゆげが額の真ん中くらいについてるのかも。
どーでもいい。
ももしお♡西武っていうオレの目論見は泡と消えた。
家に帰ると、コリー犬の諭吉がオレについていたポテトの匂いに寄ってきた。
くんくんくんくんくんくん
「しつこぃっ」
「くーん」
「お、宗哲、おかえり」
「ただいま。あれ? お父さん、帰って来てたんだ」
しばらくロンドン出張でいなかった。
「お土産あるぞ」
「あざーっす」
着替えてダイニングに行くと、今日の夕食は鶏のから揚げと春雨サラダ、ほうれん草のお浸し。
サクサク
「お母さん、家のから揚げってさっくさくだよね。なんで?」
「卵入れるとそうなるの」
「へー。まいうー」
醤油とショウガのニンニクの下味付き。さらにゆでたまごと玉ねぎのタルタルソース添え。旨っ。
父はダイニングテーブルでリプトン紅茶を飲みながら、名刺の整理をしていた。
「出張で名刺増えた?」
「いや、ちょっと気になって整理してたんだ」
「気になったって?」
「前、中国出張のときに名刺貰った人が雑誌に名前載ってたから。同じ人だったか確かめてた」
「へー。同じだった?」
「同じだった。すっきりした」
父の手元を見れば、名刺ホルダーにずらっと名刺。
「あいうえお順じゃないの?」
「オレは、会った日付順。そっちの方が思い出せる」
「ふーん。どの人?」
「『天川七瀬』七夕みたいな名前だって思ったから、なんとなく覚えてて」
「美人?」
「男。おじさん。オレより年上」
ファイルされているバインダーを覗けば、名刺の隅に西暦と4月15日の日付。
「あ、会ったの、諭吉の誕生日じゃん。そーいえば3年前の諭吉の誕生日にお父さんいなかった。覚えてる」
忘れもしない。我が家は愛犬の諭吉も入れて8人家族。諭吉の誕生日ケーキを8等分した。
そして、出張中の父の分を、オレが食べるか妹が食べるか争っていた。と、そのとき、妹とオレの分のケーキが床に落ちてしまい、諭吉に食べられたんだよ。
本当は犬は人間のもの食っちゃダメって言うけど、オレんとこは、結構あげてる。
近所のフランス料理のレストランでパティシエが作った特注の特大ケーキ。諭吉は自分のも合わせて3人分食った。
泣く泣く妹とオレは、父の分、8分の1を更に半分ずつして食べた。
「イギリスから帰ったら週刊誌に名前があったから」
「へー。なんで?」
「3年前の東城寺ファンドのインサイダー取引事件の記事にちらっと」
東城寺ファンドは東城寺蓮という男が作った会社。
東城寺連は、昔、俳優として第一線で活躍したらしい。今でもときどき若かりしころの写真がテレビでちょくちょく出てくる。実力派で有名な映画にいっぱい出演している。
華々しい道を歩みながら、一方で投資の才能もあり、30歳半ばで転身して東城寺ファンドを設立。
この辺はオレも知っている。
後は3年くらい前、なんだかテレビや週刊誌でバッシングされてたよーなってくらいの記憶。
「インサイダー?」
「株のいんちき取引のこと。上がるって分かってて買うとか、下がるって分かってて空売りするとか」
空売り? なにそれ。どーして株関連の用語って、こんなに意味不明なわけ?
「へー」
「東城寺連は冤罪だって訴えてたけど、もう刑期が終わったんだってさ」
バッシング受けてたはずだよな。犯罪者だったのか。
「で、七夕みたいな名前の人はどんな絡み?」
「天川七瀬さん。
天川七瀬さんが会社の上層部だけのツイッターで孫会社の取引先の不正会計の情報を呟いた。
そのツイートは消したから遺っていない。
でも、そのツイートで不正会計の情報を知った子会社の取締役がその後、東城寺連とゴルフをした。
東城寺連は親会社の株を空売り。親会社の決算発表は延期になって株価は大幅下落。東城寺ファンドは大儲け」
「あー。なんかオレ頭悪くて分かんない」
つーか、ぜんぜん考えたくねー。空売りってなに。親子孫会社に更に取引先とか。意味不明。
「要するに、天川七瀬さんがツイッターで一瞬呟いたことを子会社の取締役が知って、ゴルフのときに東城寺連に教えて、東城寺ファンドが大儲けしたってこと」
「ふーん」
「でもま、あの会社は、杜撰そうだったもんな。売上も見込みより低かったし」
「ますます分かんない」
「東城寺ファンドじゃなくても空売りして儲けてただろうってこと」
「なのに東城寺連が捕まったの?」
「敵が多かったからな。東城寺連はやり手過ぎた。大人の事情もあるんだろ」
「怖っ。大人の事情で冤罪? 刑務所?」
「出る杭は打たれる。出過ぎた杭は引っこ抜かれる。冤罪かどうかも分かんないし」
「東城寺連は引っこ抜かれたってこと?」
「あー、こーゆーの見るとなぁ。自分がこの程度の人間でよかったって思うよ。バリバリ仕事ができて外資にヘッドハンティングされるヤツを羨ましいってゆーか、妬むってゆーさか、だったけど。年収、倍以上だもんな。ま。安全運転でいいよな。日本の企業はリストラも難しいから」
自分の父親のあまりに情けない発言にがっかりだよ。
どーなの、息子に弱々な本音さらけ出すって。
もうちょっと骨のある人間だと、勘違いでもいいから思わせてくれよ。