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すごいね相模君

「なぁ、東横ってどんなヤツ?」


話を逸らすオレ。


「さっき見たまんま。チャラい。女慣れしてる」

「あー、でもさ、ヤツの字は、相当らしい。書道のセンセーが芸術の域って言ってた。そのうち日展に出るだろうって」

「ふーん」


日展ってなに? オレの知らないこと多過ぎ。


「ももしおも誰かのもんになるのかー」

「カノジョいるくせにゆーなって」


「カノジョなしとして言わせてもらっていい?」


いきなり立ち止まったのは、カノジョいない歴=年齢のちょいヲタク入ってる相模(さがみ)ン。

横分け黒縁メガネの昭和の薫りが漂う男。

すっげー頭良さそうに見えるけど、そうでもない。成績は普通。


「「「なになになにー?」」」

「宗哲、ももしおを東横から守ってくれよ。学校での生き甲斐が一つ減る。たぶん、オレだけじゃねーって。ねぎまにカレシができちゃったからさ。これでももしおまで東横に食われたら、どんだけのヤツラが絶望するか」

「すっげー大袈裟だな」


つーか、東横だと食われること前提なわけね。


「宗哲! オレらから希望を奪った罪滅ぼしに、せめてももしおを守れ」


んなこと頼まれてもなー。アイツ、恋愛する気満々だし。


「じゃ、できる範囲で……」


あまりの熱意に押され負けて返事。



この後の5時間目は自習。

オレら的に、自習ってのはかなり自由。そりゃテスト前とかだったら必死こいて対策するけど、そうでないときは、好きな場所で好きなように過ごすことができる。グランドでサッカーとかってわけにはいかねーけどさ。静かに過ごせばOK。



「なんで5時間目自習になっんだっけ?」

「進路指導の取材だってさ」


進学率を上げる努力は教師に任せて、生徒の空気は体育祭一色。

体育祭の準備をする者多数。団ごとのパネル作ったり、クラスTシャツに落書きしたり。


「暇だったら手伝って」


相模ンに頼まれて、オレはパソコン部(通称ヲタク部)なる場所に行くことになった。

いつもクラスでは4人でいることが多い。テニス部で親友の小田、相模ン、そしてもう一人は陸上部。

小田と陸上部のヤツはパネル作りの助っ人に行った。

で、絵の苦手なオレが相模ンの手伝い。


弱冠ヲタク臭がある相模ンは、体育祭の後夜祭で、ドローンを飛ばしてショーをするのだそう。


「もう1チームはプロジェクターマッピングするんだよ」

「へー。楽しみ」


パソコン部はパソコンルームの隣にある。


「ん?」

「どした? 相模ン」

「ももしおがいる」


見れば、パソコンルームのドア窓から、端の席のパソコンに向かうももしおの後ろ姿。

あいつ、まさか、授業サボって株の売買してんじゃねーよな?


オレの予想は的中した。


コンコン


パソコンルームを通らなければ部室に行けないため、相模ンはドアをノック。


振り向いたのは目をまん丸にしたももしお。

ああ、やっぱ、こいつって、すっげー可愛い顔してんだな。改めて感心。


「失礼します。いいかな?」


相模ンはいつもより硬い声を出しながらも、平静を装っていた。たぶんさ、心ん中ではめっちゃ喜んでると思う。


「あ、どーぞ。なんだ、宗哲君か」

「なんだって、なんだよ」

「ちょっと通るだけなんで、百田さん、どーぞ続けて」


相模ンとオレはももしおの横を通り過ぎようとした。


「あ、いーのいーの。もう終わりにする」


ももしおは急いでパソコン画面のウインドウを閉じる。

後ろのドアから入って背後から近づく形になった相模ンには、ももしおの画面が見えたと思う。オレはももしおがときどきデイトレーダーになるってことを知っているが、画面を見たくらいじゃ一般高校生には株をやってるなんてことは分からないだろう。


「ごめんね」

「悪かった。ももしお、邪魔して」

「2人は何しに来たの?」


相模ンは歩きながらちらちらとももしおを振り返る。気にし過ぎ。不自然。


「あ、えと、ドローンを組み立てに」


答えたのは相模ン。


「「え?」」


ドローンって組み立てるもんだったんだ。アマゾンで売ってんじゃねーの?


「体育祭のとき、後夜祭で使うやつ」

「見たーい!」


ぴょんと椅子から立ち上がると、ももしおは跳ねるようにオレ達の後についてきた。


ガチャ

パタン


相模が開錠してドアを開けると、ごちゃごちゃした空間。広さは教室の半分くらい。

明るい日が差し込んで、残念なくらいガラクタばっかの巣窟を照らしている。


「だいぶ組み立てたんだけどさ、あと2コ」

「これ? ドローンって。小さくね?」

「マイクロドローン。光のショーをするんだよ。カメラなしの最軽量にしたんだ。いらない配線は取っ払って」

「なんか、面白そうじゃん。オレにも作れる?」

「2コあるから、オレが1コ、宗哲がオレの真似してもう1コ作って」

「おう」

「はーい、はーい、はいはい! 私、作りたい」


でた。

ももしおがこれ以上ないくらいのきらきらした目で訴えた。

が、


「ごめん、百田さん。ハンダで火傷させるわけにいかないからさ」


相模ンはすっぱりと断った。


しゅんとしたももしおは「じゃ、見ててもいい?」と目をくるくるさせた。


マイクロドローンは20分くらいで完成。

ハンダのところは、かなり細かい作業で、結局、相模ンがやった。だったらももしおにだってできたかも。


飛ばすまでも作業があるらしく、相模ンはパソコンに向かってなにやらやっていた。

ももしおとオレは作業を見守った。


パソコンを叩きながら、相模ンは言った。


「百田さん、さっき見てたのって証券会社のページだったんだよね?」


バレてっし。


「あー。そーなの」

「途中でやめて、大丈夫だった?」

「うん。今日ね、ヨーロッパで会議があったから、値動きするかなって気になってたの。でもそんなことなかったから、いいの。内緒にしてね」


ももしおは相変わらずのプロっぷり。ヨーロッパの会議って。そんなん気にしてんのか。

こいつ、もう手に職があるから、食ってけるんじゃね?


「相模ン、よく分かったな。ちらっと見えただけなのに」

「はは。知ってるって程度」


相模ンもやってるのかも。デイトレードじゃなくても、いろいろあるらしいから。


「なんかね、値動きって見てなきゃ分かんなかったりするじゃん? 表示されるのは昨日の終値との差で。でも私が知りたいのは、今日の始まりからの値動きとか、今、一番ハイスピードで値動きがあるのはどれかってことなんだー」


だからさ、いつも言ってるけど、言葉分かんねーんだよ、ももしお。


「スクレイピングすれば?」


相模ンが耳慣れない言葉を使った。


「「すくれいびんぐ?」」

「ウエブサイトから情報を抽出すること。それをプログラミングすればいいんじゃないかな?」

「相模ン、すっげー」

「相模君、相模君、そんなことできるの? 簡単? 私にもできる?」


「いや、今から覚えるってのは。例えばどんなことが知りたいわけ?」

「えーっとね、さっき言った、その日の最初の値段からどれくらい動いたかと、値動きが荒い株はどれなのかってこと」

「ひょっとして、百田さんはデイトレ?」

「うん」

「相模ン、デイトレって言葉知ってるんだ。オレ、ももしおから聞くまで知らんかった」


「あ、あとね、業種別ランキングを知りたいの。過去のデータを知りたくても残ってなくて。例えば、ゴム業界は3日前の9時10分は何位だったかとか。小売業はどうとか」


オレは見逃さなかった。ももしおの純粋な唇が「ゴム」と発声したときの相模ンの反応。


「ゴムか」


と相模ン。おい、そこだけピックアップすんな。


「知りたいのは、例えば通信が9時10分と3時に何位か、ゴムはどうかってこと」


ももしお、繰り返すな。


「タイムプロトコルを使えばできるよ」

「そーなの!? できるの?」

「んー。そんなに時間かけずにプログラム作れるかも」

「え? ホントに?」

「ってか、なんか、できそうって思うと、作りたくなるんだよな。アウトプットはどんな形がいい?」

「すっげー。そんなすぐにできるもんなの?」

「すぐできるかは分かんない。やってみないと」


部室にあったパソコンで、相模ンはなにやら調べ始めた。

ももしおは相模ンの隣に座って、真剣な目で画面を見ている。


「どうも、**って証券会社しか、スクレイビングが許可されてないみたい」

「大丈夫。私、じゃなくて、母の口座がそこにもあるから」

「じゃ、できるかな」

「相模君がプログラム作るときはどうするの?」

「家の誰かが口座あるかもしれない。なかったら、申し訳ないけど、メールでやり取りさせてほしい。プログラム作って、百田さんに実行してもらって、ファイルを転送してもらうことになるかも。パイソンをインストールしてもらわないといけないかな」


なんだかややこしい話になってきてるじゃん。ももしお、この話、ついて来てる?


「分かった! すごいね相模君」


マジで分かってる? 

なんかさ、ももしおってBAKAっぽんだよなー。

ぱっちりの無垢な目ってさ、純粋に見える分、頭でなんにも考えてなさそうなんだよなー。


「いや、まだできてねーから。できてから言って」


相模ンは苦笑いした。


「なんか、相模ン、かっけー」


ただの弱冠ヲタクじゃなかったんだな。


5時間目が終わったとき、教室へ戻ろうと廊下を2人で歩いていると、相模は目を伏せてふっと笑った。

右手の指はすーっと額の前髪を流す。


「頼りにされるってのは、自尊心が高まるもんなんだな」

 

めっちゃカッコつけてる。もう心は大人のイケメン俳優じゃん。か、なんかのアニメキャラ。


「あっそ。よかったじゃん」

「さっきの『すごいね相模君』っての録音したかった」

「そんなん録音してどーすんだよ」

「1日1回聴く」

「なんか、危険な気ぃする。事件あったときにまっ先に疑われっぞ」

「あと『ゴムはどうか』とか」

「おいー」


ねぎまが怒りそう。


「ホントに頼む、宗哲。なんとかももしおを東横から守ってくれ」


……。


頼まれたところで、ももしおの気持ちはオレの手に負えるところにない。

マインドコントロールができるとすれば、ねぎまくらい。


ねぎまは友達としては東横を勧めたくないと言っていた。

なのに食堂では、めちゃ協力してたよな。

相模ン、残念だけど、望み薄いって。


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