そういえばこれは恋愛小説
「死んだもん勝ち」の章は削除しました。
すっかり日の落ちるのが早くなった。部活後の横浜の街は街灯に照らされる。
ももしお×ねぎま、ミナト、オレは川沿いのパン屋横。
夜の9時まで営業しているパン屋のパンは、ほぼ売り切れ状態。現在7時。
「インバウンド―♪ インバウンド―♪」
ももしおが謎の歌。最近ももしおは超ご機嫌。
「何? その歌」
「あのねー。当たっちゃったの」
「株?」
「そう。旅行会社」
「は? 旅行会社? なんで?」
「『涅槃ツアー』を企画した旅行会社。噴いちゃった」
「ももしおちゃん、穏やかじゃない響きじゃん?」
「安楽死が合法化された日本へ、外国人が旅行がてら永眠しに来るの。それが大ヒット」
「シオリン、だったら、歌っちゃダメ。我慢して」
「はーい」
ももしは、ねぎまの言葉に嬉しそうにぴんと右手をまっすぐに上げた。
どーなの? 日本に死にに来るって。
「おもてなしの国だもんな」
ミナトは寂しそうに暗い川面を眺めた。
「そうそう、**製薬にはね、体を綺麗なままにする薬もあるんだって」
ももしおが目をくるくるさせて投資話。
「なにそれ?」
「ほら、人間って死ぬと穴という穴から色々出てくるとか聞くじゃない?」
オレ、今初めて聞いた。美味しいパン食ってるんだけど。
「シオリン、言葉選んで」
「だって、説明求めたの宗哲君じゃん。
とにかく、綺麗なまま。でね、投与すると更に腐らないんだって。すごくない? お葬式まで保存するのにドライアイスがいらないわけ。
生きているうちに投与しないと全身に広がらないんだって。
毒性が残るから、生鮮食品に使えなくて使い道のない薬だったらしいんだけど、ほら、死ぬわけじゃない」
「ももしおちゃん」
「あ、ごめんなさい。うーんと、とにかく、薬を有効利用できる道が見つかったってわけ。
でね、日本は火葬だから需要がありそうって。それに、量を変えると腐らないようにする効果の時間を調節できるんだって。だから土葬の国でも飛行機でご遺体を腐らないまま運べるの!」
この話を嬉々とするももしお。引く。
「不謹慎だけど、東城寺さんと話せなくなったから、株の話できるの、私たちだけだもんね、シオリン」
「マイマイ、優し――――」
ぽよん
ももしおは無遠慮にねぎまの胸に顔を擦り付ける。
くっ、羨ましいヤツ。
「やっぱオレも株やってみようかな?」
暴落にビビっていたミナトが前向きに検討しだす。株かぁ。
「仏教関連の株ってないかなー」
おかしなことを言い出すももしお。
「は?」
「安楽死、極楽往生と涅槃ツアーで仏教が人気出てきたんだって。
お寺じゃお葬式が増えて、お布施と戒名料でがっぽりだと思うんだけど。お葬式の関連株はあるんだよねー」
「シオリン、お口にチャック」
「お寺は収益増えても、上場はあり得ないからね。ももしおちゃん」
「聖域だよなー。でもさ、寺って、できたときは偉い人が新しく造ったんだろ? もう造られなくて古い物に手ぇ合わせてるのはなんでなんだろ。もし今、最新の寺できましたって聞いても効き目なさそうだよな」
「宗哲、それ怪しすぎ」
「日本人ってホントのとこはほとんどの人が無宗教じゃん? でも、ときどきセラピスト的に神様仏様に頼るんじゃない? で、ベテランの方が信用できる。的な?」
ねぎまの言葉に妙に納得。
セラピスト。心の医師か。大昔の人も「心」の健康が必要って知ってたんだなー。逆か。心の健康を求めて自然発生したんだろな。
「これで極楽往生法案が通ったら、日本に来る人もっと増えるんじゃね? そしたら、もっと株上がるんじゃね?」
「そーなの! 宗哲君の言う通り。
今ね、海外投資家の資金が日本に流れ込んでるの」
「は? なんで? ももしおちゃんの説だと、移民を受け入れない日本は、少子化と安楽死法で人口がますます減って、経済は縮小するんだろ? 極楽往生法案が通ったら、もっと人口減って経済が縮小するじゃん」
「なんだけどね、極楽往生法案が通ったら、どれくらい必要なのかも分からない莫大な生活費や医療費のために貯めていたお金を計画的に遣うことができるの。極楽往生法案が90歳で適用されたとしたら、100歳を想定して10年間寝込む予定だった人が、90歳までで人生を計画できるの。
すごくない?
だって、年金を頼りにしてたとしても、10年間分の生活費と医療費として貯めていた分を楽しむために使えるんだよ?」
目論見通りなら、日銀の異次元緩和どころじゃない好景気が来るじゃん。
介護従事者の人手不足が解決に向かうかも。施設不足も。介護離職も減る。増え続ける社会保障費には歯止めがかかる。
「ふーん、生活費と医療費、ね。
社会保障費が抑えられるって分かったら、今の年金制度が崩れるって考えてた人も、年金制度をある程度は信じてお金を使えるかも」
「マイマイ、それもあるね」
日本は貯蓄大国だもんな。その貯蓄が市場に大量流出する可能性を見込んで、世界中の投資家が日本に目を付けたってことか。
「じゃさ、ももしおちゃん、人生楽しむんだったら、外食と旅行?」
「外食は人件費が上がってるからどっかなー。私はね、旅行会社の他に、製薬会社と化粧品」
「ああ、さっき言ってた腐らない薬ね」
「ちがーう。ピンピンコロリのための健康増進の薬。化粧品はね、もう長生きリスクなんて考えなくていいから、お洒落して今を楽しむんじゃないかなって思うの。男性化粧品も売り上げ伸びてるし。
今までだって『生き甲斐』とか『老後の趣味』とか言ってたけど、なにをするにもお金がいるじゃん?
でも、いつか際限なくかかるって想定をしなくていいわけ。
だって、死ぬんだもん」
ももしおは嬉しそうに人差指をピンと立てた。
うっわー。その身も蓋もない言い方。
「ももしお、米国株はどうしたんだよ」
「母がダメって。大人になってから自分でしなさいって言われた」
「ももしおちゃん、自分の口座は作んないの?」
「許してもらえないの。ギャンブラー体質なとこがあるからダメって」
しゅんとするももしお。へたりと垂れたうさぎの耳の幻覚が見えてしまう。
親ってよく分かってるよなー。さっきの旅行会社の株も「当たった」って言ってたし。
「なあ、今更だけどさ、安楽死、どう思う?」
ミナトが質問した。
「この先、どんどん使われるような気がする。治らない病気だけじゃなくて」
ももしおは何てことのない口調。5個目のパンに手を伸ばす。
「どんどんって、それどーよ」
確かにダン爺は「いつか使いたいか」って石爺に聞いてたけどさ。
ももしおは忘れている。安楽死を選ぶのは個人の自由だということを。
人生を楽しむようになったら、寿命が益々延びるんじゃねーの?
もしそうなったら、金の切れ目が寿命の切れ目ってこと?
ざーざ―――
ざざー―――
ざ―ざ――――
海は色とりどりの光を映し込む。
すっかり見慣れた観光名所は人工的で、作り込まれたシステムの中で生きる自分を嫌でも感じさせられる。
祖父は税金を嫌うけど、毛細血管のように造られた道路も、快適に暮らせる水も電気も税金のお陰。
小さなころは等しく教育を受け、社会を構成する一員になり、納税者となる。
海面はイルミネーションを映し込んできらきらと揺れる。
ねぎまと2人で夜の海を眺めるのは、もう何度目だろう。
「あのさ、2人で旅行行かね?」
やっとの思いで切り出す。
「旅行? どこ?」
「オレ、天の川見たい」
「ロマンチックだね、宗哲クン」
「オレ、天の川見たことなくて。空いっぱい星が広がるとこ」
「うん。行きたい」
「街灯がなくてどばーっと大自然が広がる景色に囲まれたくてさ」
こて
隣にいたねぎまがオレの肩に頭をもたせ掛けて来る。
薬とか経済とか倫理とか、何も考えられないくらいの景色に囲まれてみたい。
望むのは、満天の星空の下。最高の夜。
「ねぇ、宗哲クン?」
「ん?」
「二人っきりのときは、名前で呼んでほしーな」
きゅぅぅぅぅぅぅん
「マイ」
「うふっ」
かわいー。なにこれ。可愛すぎ。
「あのさ、やっぱさ、時間ある?」
「え?」
「ちょっとだけ、その、えっと、2人っきりでいられるとこ寄ってかね?
なんもしねーから。ちょっとだけ。
2時間くらい。
大丈夫。途中までしかしないから」
どすっ
うっ
足、踏まれた。
「もう。宗哲クン、ロマンチックが台無し」
ざーざ―――
ざざー―――
ざ―ざ――――
おわり
読んでくださってありがとうございます。