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3年前のホワイトデー

「ももしお、一人暮らしの高校生は、もういいんだな?」


相模ンと言いたいところだが、生傷の可能性があるから、そこには触れないオレ。


「うん。今はこのブロガーさんに夢中。すっごく勉強になるの。キャピタルゲインとかインカムゲインとか。アメリカ経済がどう強いのかとか。中国との貿易戦争とか。

 今日も押しちゃおっと。ワンコの耳。ぽちっと」


嬉しそうなももしおが、オレに犬の耳の写真を見せた。

ん?

これって。

諭吉の耳じゃね? 

写真の犬の耳は途中で折れ曲がっている。どう見てもコリー犬の耳。コリーは耳が折れるように幼いころにテープで留めたりして矯正する。

じーっと耳を見てみた。諭吉はセーブル。いわゆる普通に茶色い。だから分かんない。

が、考えてみる。

体育祭の日に横浜の海。オレの体育祭の応援に来た帰りに、ついでに海に寄ったかも。

ホテルのラウンジ。そういえば、先日、父と母がデートの待ち合わせに使った。

京都の老舗旅館。祖父母は京都に紅葉狩りに行っていた。


「なー、他にも写真ある?」

「あるよ」


ももしおがブログの写真一覧を表示して見せてくれた。

から揚げのタルタルソース、食った。ミートローフ、食った。豚の角煮、食った。すき焼き、こんなに肉あったのかよ。

何枚もある写真に混じる、見覚えのある料理や食器。

これ、オレんちのWババアのブログじゃん。


「へー。女の人かもしんなくね?」


あんまり期待させるのも申し訳ないから水を差しておいた。


「まっさかー。女の人って、優待目当ての日本株だよ。

 それに、その玄人っぽい分析、どうみても半分プロの男の人だよー。

 自分でもね、大学生より年上の男の人だってのは薄々分かってんの。だって、知識に年季入ってそうだもん。経営コンサルタントとかかもしんない」

「なんだ。ももしおちゃん、分かってるじゃん」

「でも夢見たいじゃん?

 ひょっとしたら、将来、こーゆー素敵な大人になる人と出会えるかもしんないって。

 だからね、この人が高校生だったとき、どんなだったかなーって妄想するの ♡_♡ 」


しばらく黙っとこ。


日向にいたミナトは眩しそうに目を細めて、


「はー。どーなるんだろうな。安楽死法案」


と呟いた。


「自主的な死を認めるところまで法律が整備されると思う? それはちょと問題なんじゃね? 倫理的どーよって話がすっげー出るんだろうな。宗教も絡んできそう」


オレは安楽死法案の1つ先に横たわるものを懸念した。


「楽に死ねる技術があるのにね。法律とか倫理とか。メンドクサイ」


晴れ渡る青空に消えたねぎまの言葉は、戦慄するほどの希望だった。




家ではWババアの片割れが30キロ以上ある諭吉を抱っこして遊んでいた。


へー。分析に年季ねぇ。

どっからどう見ても、ただのおばはん。


「お母さん、ブログの人気どう?」


諭吉は母の腕をするりと抜けて、オレの脚にまとわりついてきた。


くんくんくんくんくん


頭を撫でてやると、オレの手の匂いが気に入ったらしく、ひたすらくんくんしてペロペロ。ヨダレが。

部活の後、松蔵ポテト食ったもんな。


「結構ランキング上の方になってきたの。この間なんて『東城寺蓮さんじゃありませんか?』ってメッセージもらったくらい」


「へー。資産運用のプロと思われるなんて」

「刑務所暮らしでブログできるわけないのにね」


ババア、言葉がきついって。


「オレの友達の父親だから。あ、オヤツは?」

「ケーキ焼いてある。そうそう、東城寺蓮といえば、ほら、見て」


母がオレにスマホの画面を見せてくれた。東城寺蓮とのツーショット。


「まさか、体育祭で会ったの?」

「体育祭? え? これは3年前の写真。上海」

「3年前って、インサイダー取引事件の前ってこと?」

「そ」

「上海?」

「ほら、お父さんからのホワイトデーのお返しが中国旅行だったじゃない?」


覚えてる。2月14日、毎年バレンタインに手作りチョコを父にあげる母は、ホワイトデーに1000倍返しくらいのものを手に入れている。庭の土の入れ替え、ロイヤルコペンハーゲンのセット、キッチンのリフォーム。3年前は中国旅行だった。


「そのとき会ったの?」

「そうなの。船着き場の近くで。ちょうどツカちゃんがトイレに行ってたから写真撮ってもらっちゃった。2人で行ったのに、他の男と写真なんて撮ったなんてばれたら、怒られちゃうから内緒ね」

「はいはい」


勝手にしてくれ。


「このとき、ツカちゃんと別れようと思っちゃった」

「そんなにカッコよかった? 東城寺蓮」


テーブルにはナッツ入りのパウンドケーキが置かれた。手を合わせてフォークを持つ。


「違う違う。ツカちゃん、シンクタンクに努めてるから、信用取引とか、私もできないの」

「は? わけ分かんねーんだけど」


信用取引って、確か株用語。


「この写真撮ってるとき、私、偶然、昔の仕事仲間と会ったの。で、挨拶してたら、東城寺蓮から『**製薬にお知り合いがいるんですか? それとも**化学の方ですか?』って聞かれたの。どうも一緒にいた人が**製薬の重役と**化学の社長だったみたいで。だから、公認会計士時代の知り合いがいたって教えたの」

「へー」


「そしたら、東城寺蓮が『ふーん、公認会計士か。なんでしょうねぇ』ってその集団と話してた中国人の、船の積み荷関係者っぽいおじさんに中国語で話しかけてて。

 聞かれたおじさんの方は、重要なことだなんて分かってないからペラペラ喋っちゃって。

『積荷のシリアル番号を調べに来たんだよ。5年分も。ははははは。シリアル番号もなにもあったもんじゃない。船自体なかったんだからさ』

 なんて、トップシークレットなのに」

「え、それって、つまり、東城寺蓮は、**化学の不正を知ってたってこと? しかも5年分もあるって」


「そう。私も親会社の**製薬空売りしたかったー。ツカちゃんさえいなければ」


なんだって、3月14日なんて、問題になってた4月15日、諭吉の誕生日の1ヶ月も前じゃん。その時にもう、東城寺蓮は不正を知ったんだ。


「それって、インサイダー取引じゃん」


「違う」

「へ? 知ってて株を売ったり買ったりするのがインサイダー取引じゃないの?」


「第一次情報受領者と第二次情報受領者ってのがあるの。会社関係者から直接情報を聞いた第一次情報受領者は処分の対象になるけど、会社関係者が聞いた話を更に聞いた場合は第二次情報受領者になるから、処分の対象にならないの」


「オレ、頭悪いから分かんね」

「東城寺蓮が捕まったのは、**薬品の重役から不正の話を聞いたっていう第一次情報受領者として。

 でも、本当は、**製薬と**化学が船の積み荷について聞いた話を、聞いた人から聞いたから、第二次情報受領者になるわけ。

 だから、セーフ」


「それ、東城寺蓮が捕まったときに言えば、冤罪にならなかったんじゃないの?」

「不正を知っていたかどうかじゃなくて、第一次情報受領者かどうかなの。知ってたとしても、後から聞いて第一次情報受領者になったら、インサイダー取引は成立するから」

「そっか」


タケちゃん、親父さんのこと「狡猾ってタイプ」って言ってたよな。

すげーよ。

ふらっと上海歩いてて、儲け話掴むんだもんな。

東城寺蓮は、**製薬と**化学の重役の顔、覚えてたってことじゃん。挨拶してないんだったら、一方的に知ってた、つまりチェックしてるってこと。でもって、咄嗟に現場のおじさんに話しかけるんだもんな。すげーよ。


「はー。日本株の方が情報入るのになー。ツカちゃんと結婚したから、しょーがないよね」

「お母さんって中国語分かるの?」

「うん」


意外過ぎ。


「ケーキ、おかわりある?」

「どーぞ。自分で切って食べて」

「うぃぃ」


1本丸ごとでもオレはOKなんだけど。気の小さいオレは、良識の範囲内でおかわり。


「ま、数か月後に決算狙って仕込むなんて、さすが東城寺蓮だよね。

 普通の人だったら、そのときに空売りして大損しちゃったかも。そのころは、レーディングが良くて、どんどん上がってたときだから」


「ふーん」


なに言ってるのか分かんねー。


「やっぱり東城寺蓮ってすごいわ。あの後、きっといろいろと**化学の財務状況とか調べたんだと思う。外見も素敵。中身も素敵。どーして独身なんだろぅ」


ほぉぉとうっとりとした顔で想いを馳せる母。キモっ。





安楽死法が決定した。

蓋を開けてみれば、賛成派の圧勝だった。「勝」って字を使うのもはばかられる。


矢継ぎ早に与党から提出されたのは「極楽往生法案」。


年を取ったら自発的に楽に死ねるってもの。

現在、適用のボーダー年齢の議論は90歳に設定されている。寿命のピークが男性は85歳、女性が90歳だからなのだそう。それって、どーなの? 臨終のときに安楽死を使うって「安楽死法案」だけでよくね?

健康状態って個人差が大きいんだからさ、もう、いっそのこと、成人したら、生きるも死ぬも自分次第ってことでよくね? そこまで年齢制限下げるのは極論か。 


国会では昼夜を通して話し合いが行われ、宗教団体やらなんかの会とかが至る所でデモをしている。


極楽往生法案は、別名「姥捨て法案」と呼ばれている。

さすがに、安楽死法案のときのようには行かない気がする。


『年寄は死ねというのか』と与党バッシングが止まらない。


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