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人口減少&日本経済縮小

世間は安楽死の議論でてんやわんやだった。

是か非か。

テレビでも憲法改定だとか騒いでいる。


国会で決められる法案は多数あって、ほとんどのことが知らない間に決まっている。

話題になるものはごく少数。憲法第9条とか、所得税とか、カジノとか。


でもって、どういう運びだったのか、安楽死法案は国民投票をすることになった。


法律をどうするかって投票なのに、切っても切り離せない倫理の問題になっている。


『そもそも、法律というものは、社会の倫理的な統一を図るためにあるんです』

『何言ってるんですか。倫理ってものは正しい人の道ってことです。あたなの倫理観と私の倫理観は違います。それを統一するというのは、押しつけですよ』

『そうかもしれません。あなたは収賄を必要悪だという倫理観をお持ちかもしれませんが、私は違いますから』


もはや論旨からズレている。


『異例の国民投票が行われます。今回の投票では、全ての病院、老人ホームにいる方々が事前投票という形で、投票所に出かけなくても投票ができるようになる予定です』


そのニュースを聞いたとき、この法案に賭ける政治家の熱意を感じた。膨大な手間と人件費がかかるから。


『できれば投票用紙に年齢や病歴を記してほしいですね』


そう口にしたニュースキャスターは「不謹慎だ」と騒がれて降板し、バラエティ番組に移った。

みんなも思っているだろうに。立場って辛いよな。


投票用紙にアンケートみたいなことができるならさ、きっとダン爺は「充分に生きたと思ったころ、安楽死の選択があった方がいいですか?」って聞きたいんじゃね? それって何歳なんだろうな。人によってバラバラな気がする。


興味本位で聞いてみた。


「お祖父ちゃんはさ、安楽死法案、どっちに投票するの? 賛成? 反対?」

「その日はゴルフ。ゴルフ場が空いてんだよ。みんな投票に行くから」

「事前投票すんの?」

「は? 区役所に行く用ないしな」


あのさ、投票ってなにかのついでにするもんじゃねーじゃん。


「ふーん」


オレが会話を終了させようとすると、祖父は続けた。


「どーせもともと、癌になったら安楽死が認められる国に行くつもりだったし」

「は? そんなんしたら、オレ、お見舞い行けないじゃん。お葬式とか大変じゃん」

「おお、いい孫だな、宗哲。あの世に金はもってけないから、お見舞いの旅費は出すぞ。国に税金取られるくらいなら使った方がいい。

 死んでからの葬式なんて知るか」

「お父さん、かわいそ」


ジジイ、ホントに税金嫌いだよな。そして、最期までやりたい放題のつもりだな。


「安楽死ねー。まったく。大袈裟な。

 国民投票するなんて、責任とりたくないだけだろ。

 憲法9条は絶対国民投票にしないくせに。そりゃそうだよな。国家の行く末が国民の意見なんかに左右されたら、政治がやりにくくなる。

 その点、安楽死法案は通ったとしても利用するかしないかは個人の自由。勝手にしてくれってことだ」


言葉を失う。石爺の涙を見たオレには、とてもそんなことは言えない。

そして思い出す。最初の質問「苦しんで死ぬなら楽に死にたいのか」については石爺が即答していたことを。


『あたりまえだろー』


きっと、安楽死法案は通る。

問題はその先か。




スカーンと晴れた昼休み。

体育館外階段の踊り場でなんとなくだらだらしていた。

メンバーは、ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。


「なんかさー、私、米国株に移ろっかなー」

「どーしたのももしおちゃん」


最近、やっとももしおおが元気になってきた。相模ンに失恋したことは、結構堪えてたんだと思う。

青空を従えたランドマークタワーを背景に、ももしおは伸びをした。

体育館の壁にもたれていたオレの目の前には、無駄な肉がついていないスぺ―ンとした2本の白い脚。


「だってね、日本経済が縮小していくってことじゃない? 安楽死を認める分、医療費がかからなくなるってことは、その分のお金が市場に出回らないってことじゃん。

 これで、難病患者以外にまで適用範囲が広がったら、ますます経済が縮小しちゃう」


「ももしお、安楽死のことを金銭面で考えるなんて不謹慎だぞ」


チクリと言うと、ねぎまにちろっと横目で見られた。はい、オレも思いっきり金銭面だけで考えてました。しかも、もっとエグいこと。さーせん。


「シオリン、まだ、安楽死法案の国民投票、終わってないじゃん」

「ももしおちゃん、製薬会社の株買うのかと思った」

「安楽死の薬なんて、癌の薬に比べたらやっすいんだもん」

「あれ? ももしおちゃんって基本デイトレじゃねーの? デイトレなら、ファンダメンタルなんてそんなに気にしなくてもいいじゃん?」


株の本を読み漁ったミナトは謎の言葉を語る。


「デイトレよりもスイングの方が儲けが大きいし、学校に通いながらでも指値できるんだよねー。どーしよっかなー」


ももしおは、でれーんと両手を伸ばして手すりに体を乗っけた。すかさず、ねぎまはももしおが落としそうになったイチゴオレを持つ。甘やかしすぎ。


「シオリン、東城寺さんはなんて言ってる?」

「東城寺師匠には連絡取れなくなっちゃった。西武君が体育館で派手に告ったの聞いてて『息子の手前』って縁切られちゃった」

「シオリン……」


ねぎまがももしおの頭をいいー子いー子する。


「弟子だったときはね、為替と各国の長期金利によってポートフォリオのバランスを考えるってのを習ってたの。米国債とフランス国債に短期でジャンク債。東城寺師匠、株の方は、アメリカのいけいけFANGの割合を多くするべきって言ってたっけ。でもね、それには円高のときにドルを買っておかなきゃいけないじゃない? 日本株では東南アジアや中国に進出してる小売りや機械に注目してたかなー。機械受注、為替、貿易摩擦、アメリカの政策って。いっぱい気にしてなきゃいけないんだよね。


 ファンダメンタルほぼ無視の私がやってたデイトレって、投資ってよりもゲームっぽかったなーって。


 日本株に可能性があるとすれば、PERが低いことと日銀の異次元緩和って。

 東城寺師匠にもっといろんなこと教えてもらいたかったなー」


ももしおが投資話を独走。


「ももしおちゃん、プロっぽい」


ミナトすらももしおの話を追いかけなかった。


「東城寺師匠に聞けなくなったから、ブログで勉強してるんだー。

 米国株のブログにね、ダンディな人がいるの。なんか、素敵なんだよねー。世界中のいろんな情報から分析してて。ブルームバーグのニュースの読み方が勉強になるの。米国株サークルのコメカブクラブ、カッコよかったし、そっちにしよっかなー」


ももしおは、手すりに背中を預けてずるずると座り込んだ。脚は自然な感じに開いたまま。


「パンツ見えてっぞ」

「見せパンだからいーの」


見かねたねぎまが、ももしおの膝を床に降ろして揃える。

それを気にも止めず、ももしおはスマホを操作。何やら画面を表示させた。

ん?

今、ももしお、スマホにキスしてなかったか?


「どーした、ももしお」

「えへへへー。

 このブログの人、きっと、イケメンだと思うー」

「顔写真でもあんの? ももしおちゃん」

「ないけど。画面から」


見せられた画面にはグラフが表示されていた。


「どーしてこれがイケメンなのか分からん」


正直者のオレ。やっぱり、ももしおを理解できん。


「この補助線の引き方。重要イベントの補足。買いと売りの狙いどころ」

「なーるほど。分かる気がする」


ミナトが同意してる。オレにはさっぱり。


「所々に載ってる写真もいいの。ほら、これって、ホテルのラウンジでしょ? 

 週の終わりにホテルのラウンジでお酒を嗜む男。カッコ良過ぎ。

 こっちは、休みの日に海を眺めたって。それがね、横浜なの。ほら、これ、そうでしょ? 日付はね、私たちの体育祭の日。

 この辺に住んでるのかなー。それとも、ふらっと紺のアウディとかで気ままにドライブしに来たのかなー? 実はすれ違ったことあったりして。運命的♡。

 ときどき旅行なんかもするみたい。ご飯の写真が美味しそうだったの。お箸の紙に書いてあった字を調べたら、京都の高級老舗旅館。はー。アワビが。

 なんかね、大きい犬飼ってるみたいで、ワンコの耳の写真が投票のボタンになってんの」


「紺のアウディに乗ってるわけね」


ミナトの言葉に首を横に振るももしお。


「ううん。イメージ。ベンツじゃなくて、国産車じゃない感じ。

 イメージ的に、クォーターの帰国子女で英語が話せて、アメフトやってて、現在カノジョなし。

 きっと、都内の高層マンションに一人暮らしのイケメン大学生か院生だよー」


「おいおい、でかい犬飼ってるんなら、マンションじゃねーじゃん」


つっこまずにはいられない。


「ももしおちゃん、冷静になれって。ホテルのラウンジに行くような男、若いわけねーじゃん? 休みの日に横浜来たなら、家族サービスだって。それ、きっと、おっさん。トドメは京都の老舗旅館ってチョイス。下手するとじーさん」


ミナトの分析に、ももしおの頬がぷーっと膨れた。


「失恋の特効薬は新しい恋だってマイマイが言ったんだもん!」


ももしおは、拳で膝をとんとんとんとんと連打。

ねぎまがマインドコントロールしてたよな。どおりで最近元気になったわけだよ。


「シーオリン。いいじゃん。言わせておけば。本当はシオリンの想像通りの人かも、ね」

「そーだよ、ね」


ももしお×ねぎまは視線を合わせて、こてっと首を傾けた。


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