A4佐賀牛
光陰矢の如し。
気づけば東城寺ファンドインサイダー取引事件は再審が終わり、「無罪」が確定。
東城寺蓮は時の人となった。
『自分のためでもありましたが、何よりも家族のために戦いました』
テレビ画面の東城寺蓮は威風堂々。アメリカ企業のCEOっぽかった。
「父が、またタコパしたいってゆうとった」
タケちゃんは、相模ン、ミナト、オレに関西弁を遣うようになっていた。
「よかったな、タケちゃん」
「七夕みたいな名前の人な、偽証罪にならんかったんや。日にちを間違えたのは、悪意もなんにもあらへんかったらしい。それより調査不十分ってことが問題になっとった」
「そーなんだ」
でっちあげたのは、周りの人間だろうな。当時の裁判には政治的な圧があったらしいから。
そーいえば、七夕みたいな名前の人、なんて名前だったっけ? また忘れた。
「もと参議院議員の人は、どっかの議員の秘書になったんやって」
「タコパんとき、冤罪が立証されても政界には戻れないって言ってじゃん。戻れたんだ?」
「秘書って政界?」
「じゃねーの?」
あれ? 違うのか。よく知らねー。
「**薬品の人は、もともと定年過ぎとった重役で、退職金ぎょーさん出たんやって。父も徴収されたお金返ってきたんや」
「ヨカッタなー、タケちゃん」
テレビで何億というお金が返却されるって報道されているのをちらっと観た。億って。
コメンテーターは『運用は中断してしまったし、顧客もいなくなったし、徴収されたお金が返ってて来たところで失ったものは莫大過ぎる』と言っていた。その言葉を聞いたとき、名声やファンド会社ってことよりも、東城寺蓮が3年間理不尽に辛い生活を強いられたことの方が甚大だろっと心の中で突っ込んだ。
「タケちゃん、もう顔出せよ」
イケメンなんだからさ。もったいねーじゃん。
「オレ、中学で顔出しとったときは男子校やったんや。せやから、なんも気にならんかったけど。あかん。女子、やっぱ怖い。今、ちょうど父の写真がテレビ出まくっとるから」
「ははは。同じ顔だもんな」
「クローンみたいや。中身はぜんぜんちげーのに」
「違うの?」
「あんな派手好きやないわ。オレ、気ぃ弱いし」
気が弱いかどうかは分かんないけど、敵をいっぱい作るタイプじゃないよな。いいヤツ。
ん? 派手だって。体育館で舞台から堂々と告ったじゃん。
「ははは」
「やっとオレ、あのむっさい男の2人暮らしから解放されるんや」
「よかったじゃん」
「父の友達がちょくちょく遊びに来てかなわんかったわ」
「へー。離れていった人が戻って来たってこと?」
「違う違う。父の幼馴染や学生時代の友達がいろいろ持ってきてくれとったんや。父が出歩けんかったから。マンションもその人らが名義を貸してくれるってゆうてくれたくらいなんやけど、金が絡んだら友達やなくなるって、父も変にがんこで」
「いいよな。そんなに何年も友達続いてるんだ?」
「テスト勉強中も酒盛りしとったで」
なんか救われる。東城寺蓮にも金なんて関係いつき合いあるじゃん。
「ははは。タケちゃん、どこ引っ越すの?」
「父が都内のマンションに。オレはそのまんま」
「タケちゃんも一緒に引っ越せばいいのに。都内からだったら、この学校通えるじゃん」
「えーわ。父はまた、ファンド会社作るみたいなんや。仕事んときの父はぴりぴりしとって、傍におりとうない」
「大変な仕事なんじゃね?」
「大変やと思う。夜も昼も寝ずに、国際問題や経済ニュース気にして、そこら中飛び回って、いっつも考えごとしとって。いつ心と体や休めるんやろって思うわ。オレ、投資家だけは肌合わんなぁ」
東城寺蓮が出過ぎた杭だったのは、寸暇を惜しんで仕事をする超一流ビジネスマンだったからってことか。
オレの父とはぜんぜん違うタイプ(すっげー失礼)。父の場合、弱音溢しまくってるもんな。
「そっか。投資家はムリか」
「百田、株やめりゃええのに」
やっぱ今も好きなんじゃん。
「ももしおは、タケちゃんの親父さんとは投資家レベルがちげーだろ」
「百田、ウチに遊びに来たとき、めちゃ楽しそうに会社四季報見取ったわ。パソコンにいろんなチャート表示させて。スキャじゃ限界とかって。株の話んときは、ファンドマネージャーっぽかった。父もすっげー百田のこと気に入っとったんや」
うっわー。好きな女の子が父親目当てで自分のとこに来る気分って、どんな? 辛かったよな、タケちゃん。
ところで、タケちゃん気づいてないけど、普通に一般人に分かんねー言葉遣ってっじゃん。カエルの子はカエルかも。
「可愛いしな。親父さんも嬉しかったんじゃね?」
「まさか。父は熟女好きやから。ははは」
アラフィフの熟女好きって、それって、普通に同年代がいいってことじゃん。
ある朝冷蔵庫を開けると、佐賀牛が入っていた。めっちゃイイ感じに油の白い模様が入っている。
今夜はすき焼きだな。
楽しみにして一日を終え、帰ってみれば、玄関に運動靴がいっぱい。
「お客?」
キッチンにはすきやき鍋を洗う母。
リビングからはきゃーきゃーと騒ぐ声。妹の友達。男4女4。
「そーなの。中学の友達がいっぱい来てて。お泊り会って。
でね、お母さん達いないからよろしくね」
「え?」
「お父さんとデート。ホテルの宿泊券が当たったから」
なにそれ。只今の時刻、夜8時。こんな時間から出かけるって、泊まりに行くだけじゃん。
「お父さんは?」
「仕事の帰りにホテルのラウンジで待ち合わせ」
「ふーん」
今週、祖父母は京都へ紅葉狩り。
妹は、家に両親や祖父母がいない日を狙って友達を呼んだんだろーな。
「あ、宗哲、すき焼きあるからね。はい、こっちの鍋、温めて食べてね。
諭吉も食べたんだよねー。お留守番してくれるからご褒美」
「あれ? すきやきの肉は? こんだけ?」
どう見ても鍋の中の肉は一口くらいしかない。ネギ、春菊、椎茸、えのき、しらたき、観世麩、焼き豆腐はちゃんとある。
「みんな、お肉が美味しいって、いっぱいおかわりしてくれたの。諭吉まで」
当たり前だろ。中学生男子に肉なんて出したら、目の前にあるだけ食べるに決まってっじゃん。オレの分、ちゃんと取っとけよ。中坊にA4ランクの佐賀牛食わせるなよ。あんなヤツら、どーせ味より量なんだから。
「ホントに肉こんだけ?」
「あ、そうそう、私、もう出かけるから、食べ終わったら、離れにお客様用の枕カバー持っていっておいてね」
オレは佐賀牛の話してんだよ。スルーかよ。
母はエプロンを外して上着を手に取ると、中学生共に挨拶をして出て行ってしまった。
肉。
仕方なく、オレは、一人すき焼き。
テーブルの横にはヨダレを垂らす諭吉。お前は食ったんだろ? おかわりまで。
中身がなくなった鍋に卵を落として、丼にした。旨い。けど。
佐賀牛、もっと食いたかった。涙。
ダイニングテーブルに置かれた新聞には『野党、極楽往生法案批判』の文字が一面トップだった。
読んでみれば、野党は極楽往生法案を『姥捨て法案』と批判しているとのこと。
『姥捨て法案』か。
新聞には社会保障費抑制という見解しか書かれていなかった。
国会議員や新聞記者は「心」の「老い」を味わった人間なんだろうか。
オレの食事中も、リビングは盛り上がっていた。
片付けている最中も。
「じゃ、罰ゲーム! イエーイ」
「イエーイ」
「えー、そんな、ムリだよ」
「行こ」
「今?」
「いーじゃん」
なにやら、目立つ感じの背の高いヤローが妹の手首を握っている。
「そんな」
妹を連れて、ヤローはリビングを出て行った。
はー、食った食った。
オレは母に言われていた枕カバーを離れに持って行くことにした。妹の友達のおもてなしなんだから、妹にやらせるつもりだったが、部屋を出て行ってしまったから仕方がない。
離れには、布団が積まれていた。積んである枕の上に枕カバーをまとめて置いた。
これでよし。
母屋へ戻ろうとすると、離れの洗面所のドアの向こうから声が聞こえてきた。
洗面所は奥がバスルームになっている。誰かいる?
「可愛い」
「やだ。恥ずかしいよ」
男の声と妹の声。
「近くに来なきゃできねーじゃん」
「えー」
さっき2人でリビングを出て行ったよな?
「準備してきたからあるって」
「んー」
「はい、つけて」
え? まさか。まさかな。
いくらエロい少女漫画読んでるからって、妹に限って、そんなことしねーよな。いや、あの少女漫画、誕生日に2人で一緒に風呂入ってた。いやいやいや、まさか。
「これでいい?」
「先に濡らさないと」
これって?
いかんいかんいかーん!
てめーらまだ、中坊だろーが。オレなんて、高校生なのにまだなんだぞ。ってそうじゃなくて、親がいないからって、何してんだよ。家はラブホテルじゃねー!
「ん」
「大丈夫。大丈夫だから。いれて、、、」
バタン!
オレが乱暴に洗面所のドアを開けると、
「おにーちゃんっ」
「あ、どーも」
背の高いヤローの歯を磨いてあげている妹がいた。
「何してんの? おまえら」
「罰ゲームの歯磨き」
まぎらわしい会話してんじゃねーよ。




