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眼福

えげつなくももしおを振った相模ンは、人差指で額の前髪をすーっと流しながらオレのところに歩いてきた。


「相模ン」

「行くぞ、宗哲」


すたすたと相模ンはグランド方向から体育館の通常の出入口の方へ向かう。


「相模ン」

「なんだよ」


「おまえ、二次元にしか反応しないんだな。オレが女の子を紹介、、、」

「ちげーよ!」

「へ?」

「言っただろ。ももしおのことは『好きじゃない』って」

「でも相模ン、二次元に嫁がいるんだろ?」

「反応は3D」

「立体映像?」

「普通に人間」

「ヨカッタ―。どうやって治そうかと思った」


おかしな振り方をしたのは、相模ンの優しさだったのかもしれない。

ってことは、タケちゃんにまだ望みがあるってこと?


「ちょっと待った、相模ン」

「ん?」

「3Dで反応って、リアルでって」


まさか、相模ンに限って、もう、脱? そんな、最後の砦(相模ンに失礼)だったのに。


「あ、そっか。画像になってるから二次元か」


ヨカッター。仲間。




夕方、かもめ橋を渡った川沿いのパン屋に集合。

ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。ミナトを労う会からももしおを慰める会に変更。

萌え袖カーディガンの季節、ねぎまの綺麗さと可愛さに後光が差す。カーディガンの色はベージュ。オレとお揃。


「シオリン、頑張ったよ」

「ももしおちゃん、デザートあげるから。泣くなって」

「元気出せって、ももしお」


東横との一件とは全く違って、ももしおはぴーぴー泣いていた。

ももしおのトレーには、パンが3コ載っかっている。いつもは5コくらい。食欲も衰えている様子。これで。


「やっぱ、相模君、好き――――。

 私、清純派やめる」


いやいやいや。お前が清純派だったことは一度もねーから。ただのみんなの幻想だから。


「シオリン、ホントに大好きなんだね」


ピンクのミニタオルで涙を拭うももしおは、ずびっと鼻水をすする。そんなももしおに、ねぎまはティッシュを1パック差し出した。


分からん。乙女心が分からん。相模ンは確かにいいヤツだけど、イケメン好きなのに、なんで昭和っぽい男に?

しかも、あんな変なフラれ方したのに。


「ももしお、漢らしくみんなの前で告ってくれたタケちゃんのことも考えてやれよ」


オレの言葉に、ねぎまがしょっぱい顔。

ももしおが涙をデニッシュパンで受け止めながら教えてくれた。


「あのね、あの後、西武君に言われたの。『好きだったけど、投資家はムリ』って。それに、ライブのときだって過去形で告られたんだもん」


過去形。そうだったかも。だからオレのこと、国語がどーのって言ってたのか。


「過去形は酷いよね」

「マイマイ―」


なんか前「過去形かよっ」って悪態ついてたよな。


「相模ンを選ぶなんて、ももしおちゃん、意外に男を見る目あるじゃん」


そっか?

もちろん相模ンはいいヤツだけどさ、オレが女子だったら、迷わずタケちゃん行く。過去形ならどうしようもないけどさ。


「ももしおってイケメン限定じゃなかったんだなー」

「イケメンじゃん!」

「「は?」」「え?」


「相模君はイケメン! 知的な前髪、クールな口元、神秘的な眼差し」


んーっと。純和風の腫れぽったい一重瞼で、ももしおに褒められるとにやっとするってだけじゃん。あと、心ん中で二枚目になったときに前髪をすーっと人差指で流す。

さすがのねぎまも言葉を失っている。


「なるほど。ももしおちゃん言ってたもんな。『イケメンは総合評価』って」


優しいミナトはフォローする。

要するに、外見じゃないってことだろ? これ、相模ンが怒っていいとこだよな?


「相模君が作ってくれたプログラム、使い易くて。ボラが色で分かるから一目瞭然なの。

 学校休んで値ハゲ株でスキャしたいくたい」


「ごめん、ももしお、何言ってるかぜんぜん分かんねー」


オレの言葉を無視して、ももしおは続ける。


「毎日変わる業界ランキングだって自動的にトレースしてくれるし、遊び心もあって、画面開くと『くーん』って相模君ちのワンコの鳴き声がするの。

 スクレイビングに制限がなかったら、もっとパフォーマンスが良くなるって。

 ね、すごいでしょ?」


確かにすごいけど、それってイケメンか?


「すごいんだね、相模君は」


ねぎま、優しい。


「レスポンス早いし、しっかり考えてくれるし、東城寺さんの冤罪だって、相模君がいなかったら分かんなかったじゃん。参議院議員の人が辞職した理由も当たってた。

 すごくない?」


それは認めるけど、イケメン?


「そうだったね、相模君」


またまた、ねぎま、優しい。


「相模君、すっごく男っぽくって、好きな子には肉食みたい。

 だって、エッチなかったらつき合う意味ないって言いきったんだよ。

 イイ、相模君、イイ!」


なんでそこがイケメン評価なわけ? 普通に考えてOUTだろ。体目当てかってとこだろ。


「シオリン……」


ねぎまが同意していない。だよな。


「男らしいよね、相模君」

「シオリン、分かる」


え、ねぎま、分かるの? ってことは。


ごくっ


思わず唾を飲み込むオレ。


「やっぱり相模君、好き――――」


がばっ

ぽよん


いきなり、ねぎまが泣いているももしおを包んだ。ももしおの頬がねぎまのふくよかな胸で形を変える。


「シオリン、私がもし男だったら、絶対シオリンのこと好きになる。

 外見も可愛いけど、それよりも性格がずっとずっと可愛くて、こんなに真っ直ぐでいい子、他にいないよ」


「真っ直ぐ」じゃなくて「単純」なだけだろ。


「マイマイー、私もマイマイが好きー」


ひしっと抱き合う2人の超絶美少女。眼福。

ねぎまのシャツの胸元にももしおの涙が沁み込んで透けていく。


「ももしおちゃん、そんなに泣くと、瞼がぱんぱんになるよ。ま、さ。フラれたからって、好きじゃなくなるわけないもんな」


フェミニストなミナトは、ねぎまの胸の中にいるももしおの頭をぽんぽんとした。


「何言ってるのミナト君。

 シオリン、高校生活はあと半分も残ってないだよ。受験に集中することを考えたら、ほんの僅か。

 こんなに可愛いのに、それを無駄にしちゃダメ。


 失恋の特効薬は、新しい恋だからね、シオリン!」


「うん」

「イメージトレーニング。どんな人がいい? 理想のカレシを想像してみて」


「うーんとね、イケメンでぇ、株の話ができてぇ、世界情勢に詳しくて……」


いるかよ。そんな高校生。

でもま、泣き止んだからいっか。


横浜駅で分かれた。

ももしお×ねぎまは、この後もももしおを慰めるための女子会があるのだそう。いつも一緒にいる華やかな7、8人のメンバーでカラオケ。ねぎまって何歌うんだろ。

失恋すら楽しんで盛り上がるのか。女ってタフ。

あ、そういえば。ミナトが園田さんに振られたとき、男テニの仲間と集まって残念会したっけ。一緒か。




テスト返却が始まると、学校中はお祭り騒ぎから一変してどんよりとした空気に包まれた。


「米蔵君、途中の式が跳びすぎ。答案はラブレターだと思ってください」

「はい」


数学の答案を返されるとき、40代の教師に言われた。丁寧にってことだよな。

ついつい書くのが面倒くさくて、途中の経過式を最低限にとどめてしまう。そのことなんだろうけどさ、最近ラブレターって書かないんじゃね? LINEっしょ。スタンプっしょ。めちゃ簡潔っしょ。


オレ、そろそろ塾行った方がいいかも。できれば高3の夏には微積を制覇しときたいんだよな。戻って来た答案用紙を見ながら、大学受験を検討。


得意科目が理系ってだけでなんとなく理系クラスにいる。

だけどさ、相模ンみたいなヤツが理系なんだよな。あーゆーヤツが理系にごろごろいるんだろ?

ペーパーテストの点数だけで大学へ進学したら、オレはたぶん痛い目に合う。

そこら辺のことが薄ぼんやり分かって来た今日このごろ。



相模ンはモテない男のヒーロー的存在になった。

みんなは、告ったのがももしおだとは知らない。それが知れ渡ったら、相模ン、神になるかも。


「相模先輩、サインください」


USBに相模ンのサインをもらうと女子に告られるとか、自分の行くべき道に導かれるとか、わけの分からない伝説ができた。

すでに神っぽい。

誰だよ、言い出したヤツ。なんでUSB? 普通にサインでよくね?


ねぎまの様子では、相模ンが「嫁はニャル子さん」と言ったことを知らないと思う。

ももしおが友達にそれを話さなかったのは、自分のプライドなのか、相模ンの名誉のためなのか


渦中の人相模ンは、2教科追試を受けていた。



タケちゃんは相変わらずももしおにちょっかいを出す。やっぱ好きなんじゃね? とオレは思う。

昨日、膝かっくんをしていた。女子集団の中にいるももしおにそれできるって、やっぱタケちゃん、サッカー部だよな。



ももしおはまだ未練がありそう。

オレが小田、相模ン、陸上部のヤツと一緒にいると、相模ンをちら見していく。


「挨拶くらいしてやれば?」


オレは相模ンに言ったけど、


「誰か分かんないようにしてたんだからさ、百田さんの名誉のためにも、今まで通りでいいんじゃね?」


とクール。


うーん。女の子に告られた経験がないから、何が正解か分からん。

ミナトに言わせれば、正解なんてないのだそう。人それぞれって。経験値の高いヤツならではの言葉。


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