ホテル行こ?
「私は挨拶がてら、選挙運動をしてくるよ」
ダン爺はいつもの営業スマイル。さっきの深刻さからは想像できない。
「解散総選挙やったばっかりじゃないですか」
「選挙運動というのは、常にするもんですよ、米蔵君」
「そうですか」
「1票の向こうに30票がある」
Gみたい。
「大袈裟ですね、富士峯大臣」
とねぎまが大胆な発言。
「選挙に行くという選択をしてくれる人がいることに影響を受けて、自分も行こうと思うかもしれない。選挙に行くことを意識して政党や政策を気にするかもしれない。私に会ったことを聞いた誰かが、興味を持つきっかけになるかもしれない。たかが1票じゃなく、重い1票なんです」
「選挙に行く人達に見えませんけど」
ミナトが申し訳なさそうに本音を漏らす。
「いいんです」
ダン爺は、宴たけなわだろう公園の方へ姿を消した。
「なんか、めっちゃお礼言われたな」
恐縮するくらい、オレ達はお礼を言われた。石爺も。
「石爺、寝込んだらさ、石爺が悪いこと思い出す前に、オレが遊びに来ます」
「おう。そっか」
だから、泣かないで。だから、部屋と体、綺麗にしといて。
「私も来ます」
「オレも」
「お、お、お、おう」
ねぎまだと、返事すらどもるのか。
「石爺、お菓子、ごちそうさまでした」
「こ、これ、も、持ってけ」
石爺はももしおにイカの姿のままのスルメを渡した。
「ありがとう。嬉しい」
石爺に別れを告げて「帰っか」どや街を後にした。だけどさ。おい、ももしお、歩きながらスルメを食うな。
「シオリン、お祭りじゃないから、ちょっと目立っちゃうよ?」
やんわりとねぎまが注意してくれた。
「だね」
どさっとももしおはラケットバッグを地面に置き、イカの姿のスルメをラケットの網の部分に重ねた。
「シオリン、ラケットと?」
「だねー」
「ももしおちゃん、ビニール袋とかある? コンビニでもらう?」
ももしおは、ノートの間にスルメを挟んで、やっぱりラケットの網に重ねて収納した。こいつ、すっげー大雑把。あの部屋の食べ物平気で食ってたし。ミナトは男テニの中でも綺麗好きな方だから、もちろんNG。ねぎまだって食べなかった。
「あ、スルメ、4人で分けなきゃね」
「「「いい」」」
揃った。一人で食べて。
ざーざ―――
ざざー―――
ざ―ざ――――
海の音を聞きながら象の鼻パークでねぎまと2人。
「宗哲クン、泣きそうな顔してる」
「ん?」
ももしおとミナトは帰った。
「石爺、泣いてたね」
「泣いてたな」
「富士峯大臣は、あの話をしたくて石爺に会ったの?」
「うん」
「そっか」
「オレ、半分しか聞かされてなくて」
「半分?」
「死ぬって分かってて苦しいなら、死にたいのかってとこまで」
「聞いてたね」
「たぶん、ダン爺が石爺に聞きたかったのは、それじゃなくてさ」
「安楽死じゃなくて?」
「生き続けるのが、どんな風に辛いのか、死にたいくらいなんかって聞きたかったんだと思う」
「もし、楽に死ねる薬があったら、いつか使いたいと思うかって聞いてたね」
「それって夢みたいなことなんだな」
オレが読んできた少年漫画では「死にたくない」って気持ちが大前提にあって戦う。ゲームだってそう。
死に方に夢なんてあるわけ?
石爺は楽に死ぬことを「夢みてぇだ」なんて言ってた。
財務大臣だったらさ、国家予算のこと考えるんじゃねーの?
社会保障費削るためにいろいろ動くんじゃねーの?
いっそのこと、オレが考えてた「金のないヤツは薬使うな」って悪徳代官みたいな方が、オレ的には救いがあった。なんだろな、このやるせなさ。
「ね、宗哲クン」
「ん?」
「ホテル行こ?」
「え?」
「今夜ね、一緒にいたいなって。宗哲クンのそばにいたいなって」
「……」
「ダメ?」
「ダメ」
「そっか」
「今夜はやめとこ?
オレ、自分でBAKAみたいだと思うけどさ、めっちゃ楽しい最高の気分で、挑む? ってゆーかしたい。
最初じゃん。いい加減にしたくなくて」
「宗哲クンらしいね」
「ごめん」
「謝らないで。私こそごめんなさい」
「ううん。嬉しかった」
「そ?」
「うん。すっげー嬉しい」
ちゅ
ねぎまのこめかみにキス。風がねぎまの髪を舞わせた。
風に乱れる髪を、暗がりで白く浮かび上がる耳に賭けた。耳から続く首筋に触れながら、いつかこんな気分の日に、流されるまま一緒にいられたらって思った。
「帰っか」
「いつか」
「いつか?」
「めちゃめちゃにしてね」
ぶっ
思わず噴き出すオレ。
「それ、ももしおから聞いた?」
「『好きだったらめちゃめちゃにしたいに決まってる』んでしょ?」
「ばーか」
きゅ
「いひゃいっ」
ねぎまの鼻をつまんでおいた。
どうしたいかなんて分かんねーくらい好きだよ。
ざーざ―――
ざざー―――
ざ―ざ――――
暗がりでのキスは、何かに胸を抉られるみたいにひりひりした。
横浜駅に着くと、雑踏が日常を連れてくる。
「家に着いたら電話するね、宗哲クン」
「うぃぃ。
やっぱさ、どっか、泊まる?」
雑踏で日ごろのオレが復活。
「ダーメ」
「ダメ? じゃ、ちょっとだけ、ダメ?」
2時間くらいとかあるじゃん。
「ダメ」
「ダメか」
「いい加減にしたくないんでしょ?」
「いや、その」
あー。ねぎまの目を直視できねー。
視線が唇より下を彷徨う。
「それにね、制服はまずいんじゃない?」
冷静だよな。さっきは自分から誘っといたくせしてさ。
ってことは、ねぎまも冷静じゃなかったってことか。
『宗哲クン、家に着いたよー』
「着いた?」
『これからご飯。宗哲クンは?』
「オレも今から。着替えたとこ」
『うふっ。今日のご飯はなに?』
なんだよ。このどーでもいい会話。
「たぶん豚の角煮」
『たぶん?』
「八角の匂いしたから」
『うふっ。そーなんだ』
「あ――――――。オレ、すっげー後悔」
『え?』
「なんでもない」
通話終了。
ぼふっ
ジタバタジタバタ
ベッドの上に倒れ込んで手足をメチャクチャに動かしてみた。
はー。
1時間くらい前のオレを殴ってやりたい。
女の子からの誘い断るなんて、何様だよ。
あれこそ、自然の成り行きってやつじゃなかったのか?
めっちゃ後悔。
はー。
ダイニングでは父が食事をしていた。
メニューはビンゴ。豚の角煮。小松菜と人参の胡麻和え。冷奴に御御御付け。
「やっと1週間が終わったな」
「お父さん、土曜なのに今日も仕事だったの?」
「仕事。疲れた」
箸を止めた父は深い溜息を吐いた。
母は父のマスカットの皮を剥いている。
「お仕事お疲れ様。宗哲は、部活、お疲れ様」
「うぃぃ」
「1週間、長かったー。これが定年まで続くのかー。長い。60歳までかぁ」
よれよれになった父が零す。オレはスルーして豚の角煮に集中していた。
リビングスペースのソファでテレビのニュースを観ていた祖父が、ちゃちゃを入れる。
「最近は60までじゃないぞー。オレは70まで働いたぞ。
それにな、山登りだって山頂に近づくほど苦しいだろ? 8合目からが1番辛いって、お前自分でよく言ってるだろ?
司、まだまだこれから。ははははっはははは」
満身創痍の父は、またまた大きな溜息を吐いた。可哀想に。
祖父は60歳まで銀行に勤め、別の会社にいわゆる天下りした。
誰もがジジイみたいにタフじゃねーんだよ。心臓に剛毛生やしやがって。
「70歳。ムリ。アーリーリタイヤしたい」
「これからどんどん、動ける限り働けってことになるだろ。
アメリカ経済の成長は移民の労働力。日本が移民を受け入れないなら、労働人口を増やすために、まず『社会進出』『国際スタンダード』って言葉で女に働かせて、次は生きてる人間を長く働かせる。『働き方改革』でジョブシェアだ。みんなでちょっとずつ働いて、ちょっとずつお金もらって生活しましょうってことだ。
借金まみれの国だからな。ははははは。日本国民、貧乏暇なし!
宗哲の世代は定年がないかもな。ははははははは」
オレの名前出すなよ。
祖父は祖母に「あんまりいじめないの」と窘められている。
可哀想に、父は心が折れてしまったのか箸を置いてしまった。
「ツカちゃん、はい、あーん」
母が父の口に皮を剥いたマスカットを運ぶ。
息子の前でやめろ。
マスカットを1つぶ食べた父は、アヒルみたいな口を作って母の方を見る。
「もう1個」
「元気出して、ツカちゃん。はい、あーん」
「冷たくて美味い」
「明日は日曜日だからゆっくりしてね」
「うん」
そして父は、テーブルに置かれている母の手の甲を人差指でとんとんと2回叩いた。
モールス信号?
いきなり母がにっこりと微笑んで、今度は父の手の甲をとんとんとんと3回叩いた。
?
そーいえば、ときどき2人でこんなことしてるよな。
そして父は小声で言った。
「じゃ、貴美ちゃん、シャワー浴びて待ってるから」
息子の前で言うな―――――!
はっとしてオレの方を見る両親。
気まずい。全力で聞こえなかったふりをしてみた。視線をリビングのテレビに会わせてアサリの御御御付けをすする。
あほくさ。早く食い終わろ。




