どや街
ダン爺の許可を得たことだし、ももしお×ねぎま、ミナト、オレのグループラインに、ダン爺が石爺に会いたがっていることを送った。
翌日、川沿いのいつものパン屋の横でミーティング。
「どこでどーやって会う?」
「オレんとこのマンションは勘弁して。こんなこと言うの人としてどうかと思うけど、石爺を招待できなねーよ。他の住人に申し訳なさ過ぎ」
ミナトは真っ先に拒否した。当然か。
「目立たずこっそりなんて」
ねぎまが考え込む。ぽってりとした唇が一文字。こんな顔も綺麗。
「花火大会んときみたいに2人を誘拐してもらうとか」
「ももしお、今のダン爺にそんなこと、誰もできねーよ」
「だよねー」
「ダン爺と石爺に、人がいっぱいのところで会ってもらうのはどお? ダン爺って神奈川1区でしょ? 地元に来ても自然じゃない?」
ねぎまが提案した。へー。ダン爺って神奈川1区だったのか。それすら知らんかった。
「炊き出し! どや街といえば炊き出しでしょ。秋の味覚を近くの公園でふるまうの!
栗ご飯でしょー、松茸の土瓶蒸しでしょー、目黒のサンマにー、でも、お肉はやっぱり外せない」
ももしお、自分が食いたいんだろ?
「ももしおちゃん、コスト的に松茸の土瓶蒸しはムリっしょ」
「目黒のサンマをつっこんでほしかったなー、ミナト君」
そっか、まずはダン爺をどや街に連れてこなきゃ話できねーもんな。
「ダン爺が来たら、気分が悪くなったふりをしてもらうとかして、どこかで石爺と二人っきりで会わせるのど? ダン爺の車ン中とか」
「で、炊き出しって簡単にできるもんなの?」
とミナト。どーなんだろ。やったことねーし。
「宗哲クン、案としてダン爺にまず打診してみたら? ダン爺が立場的に来られないんだったら、考えたってできないじゃん?」
「だな」
メールで炊き出しの件を伝えると、ダン爺は検討してみるとのこと。
でもって、あっという間に、炊き出しの日はやってきた。それはテスト1週間前の土曜日の夕方だった。
ももしお×ねぎまは練習試合の後で参加。ミナトとオレは部活後。
夕方、関内駅で待ち合わせ、4人でぶらぶらと公園へ歩いて行った。
「石爺、元気だった?」
「うぃぃ」
確実に会えるよう、3日前の水曜日にミナトと2人で石爺を探しに行った。
石爺は、かつてダン爺が寝泊まりしている部屋に住んでいた。ダン爺の知り合いだという人がやってきて、この部屋を使って欲しいと言ったのだそう。
「寝てても虫に刺されないって喜んでたよな、ミナトなんて、部屋の掃除してさ」
「片付けなかったら、あの部屋だって虫湧くって」
「確かに」
石爺は片付けが苦手そうだった。万年床ぽかったし、布団の枕元に灰皿があって、吸い殻がいっぱい。灰はその辺一帯にまき散らされていた。ものが少なかったのが救いかも。
炊き出しは、NPO団体と大学生のボランティアサークルが中心となって行われていた。
メールによれば、もともと予定されていた催しに参加しに行くのだとか。
嘘くさい。
いろいろと繋がりがありそう。
でも、日が急すぎるから、本当にもともと予定されていたのかも。イベントって手続きがメンドクサそうだから。
ダン爺はエプロン姿でカレーをよそっていた。
すっげー違和感。
青いダンガリーシャツに、赤のギンガムチャックのエプロン。びしっと決めたオールバック。似合わなさ過ぎ。
オレ達もカレーの列に並んでダン爺と言葉を交わした。「ありがとうございます」くらい。知り合いじゃないことになってるから。
おい、ももしお。カレーと焼きそば、同時に食うな。
ももしおは左手にカレーのお皿、右手に焼きそばのお皿、口に箸を咥えている。透明感のある超絶美少女が台無し。
一緒にいるねぎまは、ももしおのカレーのスプーンと飲み物を持ってやっている。ねぎまが甘やかすから、そんな横着者に育ったんだよ。
きょろきょろと辺りを見渡す。
ダン爺は、公園の端でカレーを食べていた。
「石爺と一緒に食べようよ」
ももしおが言った。けどさ、石爺はももしお×ねぎまにすっげー緊張するんだよ。特にねぎま。
それよりも、オレ、食べるときに、あの臭いはちょっと。
シャワーをいつ浴びたのか、洗濯をいつしたのか分からない石爺からは、独特の臭いがする。
「食べてから行く」
「私、行ってくる」
「え」
ももしおはスプーンをカレーの皿に入れ、箸は口に咥えたまま、両手に皿を掲げてぴょんぴょんと石爺の方へ走って行った。
「じゃ、私も」
立ち上がろうとしたねぎまを止めた。
「行くなって」
「どーして」
「石爺が緊張して、飯食えねーって」
「だな。ねぎまちゃんが行くと、石爺、可哀想。オレ、行ってくるわ」
「うぃぃ」
気の利くミナトが立ち上がって歩いて行った。
ねぎまがちょっとムッとしている。しゃーねーじゃん。
しばらくすると、遠く離れたところから、青い珊瑚礁を歌う石爺とももしおの声が聞こえてきた。
「私、あの歌、覚えたのに」
「食べ終わったら挨拶しに行こ?」
「うん」
2人でカレーを食べていると、ねぎまはときどき声をかけられた。
8月、ねぎまはどや街へ石爺に会いに来たことがある。その時お世話になった人達が覚えていたらしい。
声をかけられると、ねぎまはいちいち皿を置いて立ち上がり「あのときはありがとうございました」と深々とお辞儀していた。丁寧過ぎ。「よ、ねーちゃん」って声かけられてるのにさ、カレー食い終われねーじゃん。
「掃き溜めに鶴だな。ははっははは」なんて言われてた。
カレーを食べ終わって石爺のところへ行った。やっぱり石爺はねぎまに緊張するらしく、視線を逸らしても、めちゃくちゃどもっていた。
「石爺、私にはそれほどなのに、マイマイは特別なの? 石爺の好みのタイプ?」
ももしおは目がぱっちりとした無垢な目で石爺に尋ねる。
「や、そ、そんなこと、な、ない。べ、べ、べん、てん、さ、さん、み、み」
「弁天様みたい? マイマイ、神様みたいなんだって」
ももしおが石爺の通訳をする。
「ありがとうございます」
ねぎまがにっこりと微笑んでお礼を言うと、恥ずかしがった石爺は、ねぎまに背を向けてしまった。
な、食ってるときに来なくてよかっただろ?
炊き出しの食料が尽きたのか、設置されたテントは片付けられ、公園では酒盛りが始まった。
女の子も一緒にいる未成年のオレ達は、酒盛りから外れ、少し離れた花壇の縁石に腰掛けた。
ダン爺は、発泡酒片手に、おっさんやじーさん達と楽しそうに喋っている。
どんな場でも、するっと入り込んでしまうダン爺。さすが政治家。
ま、ちょっとの間はここの住人だったもんな。
ここの住人は本名すら名乗りたがらない、口が堅い訳ありが多い。なので、ダン爺と顔見知りだったりした人もいるだろうに、誰もそんなことはおくびにも出さなかった。
どこからやって来たのか、噂を聞きつけたらしいマスコミが1人、カメラを構えていた。
「いーのか? 写真撮られて?」
首を傾げるオレ。
「いーんじゃね? 好感度上がるっしょ」
とミナト。
「殿様が下町に遊びに来たみたいだね」
「シオリン、目黒のサンマ、好き過ぎ」
ももしお×ねぎまの会話は意味不明。
公園にはキャンプファイヤーでもないのに大きな輪ができていた。みんな地面に腰を下ろし、手には酒。ワンカップの日本酒だったり、ビールだったり。スルメやカルパスの袋は地面に直置き。おっさんとじーさんばっかでむさくるしいことこの上ない。
ダン爺はその中に溶け込んでいる。いや、一人だけ身綺麗かも。
楽しそう。8月や先日会ったときとは全く違う雰囲気。
「牝馬はやっぱりケツを見ますね」
「先生は、馬も女もケツを見るのかー」
「ははっははは」
なんて大きな声で競馬の話をして、陽気に笑う。人を惹きつける天性の魅力があるのか、話の輪の中心。
オレ達4人はそんなダン爺を眺めていた。
「石爺ね、ダン爺とちょっとだけ喋ったって」
ももしおが教えてくれた。
「こんなに人がいたら、ちゃんと話できないよな」
「命が助かったってお礼言われたって言ってたよな」
ミナトも嬉しそう。
ダン爺、本当はもっと喋りたいだろうに。人が多過ぎる。ダン爺の車はどこに停めてあるんだ?
「あれ? 石爺は?」
「いない?」
「ホントだ。どこ?」
「さっきまで、みんなと酒飲んでたのに」
部屋かもしれないと思い、4人でどや街の安い宿泊施設に行ってみた。もとダン爺の部屋。
いた。
石爺は1人、部屋でホッピーを飲んでいた。
「石爺、どうしたんですか?」
「ああ、人がいっぱいで」
石爺は、オレと話すときはどもらない。オレには最初から緊張しなかったらしい。
「人いっぱい、嫌ですか?」
「喋ろうとすっと、話が先ぃ行って。誰とどう喋ればいいんか。難しい」
「分かります。あります、そゆーの」
「「うんうん、あるよね」」「あるある」
夜というのにカーテンも閉めず、万年床の上に胡坐をかいて。
3日前にミナトが片付けたというのに、灰皿はタバコの吸い殻で山もり。どこかから拾って来たらしい18禁の漫画雑誌や壊れたランプが転がっていた。畳の上には、コンビニの袋が皿替わりになった状態で、食べかけのおにぎりが。隣に鎮座するのは蓋の開いたツナ缶。
オレは、ダン爺に石爺が部屋にいることをメールで知らせた。返事はすぐだった。
『行きます』




