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密会

ある日家に帰ると、来客用の駐車場スペースに黒のレガシーが停まっていた。お客?


「わふっ」


コリー犬の諭吉は、オレが帰ると母と一緒に出迎えてお帰りなさいと言ってくれる。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


くんくんくんくんくんくん


諭吉は、オレについているラーメンの匂いに反応。

当たりだよ。食ってきたよ。


「飯は?」

「ご飯の前に、お父さんのお客様が宗哲に会いたいっておっしゃってるの」

「へー。どこ? リビング? 挨拶してくる」

「今、離れの客間でお祖父ちゃんと将棋してる」


誰だろ。叔父さんかな。制服のまま挨拶して、勤勉な高校生らしくした方がお小遣いもらえるかも。

心の中で「諭吉さんが~1枚、諭吉さんが~」と唱えながら客間へ行くと、祖父と将棋をしていたのは、なんと、ダン爺だった。


ダン爺は、与党の大物政治家。財務大臣、富士峯岳。

夏、ダン爺がどや街に隠れ潜んでいたときに知り合った。(「ももしお×ねぎま」のストーリー)

そして偶然にも、ダン爺は父の学生時代の山岳部の先輩だった。


オレはびしっと正座。

「ダン爺」はどや街にいたときのあだ名。ダンディな爺さんでダン爺。

どや街では全開だったカッパの皿状態の薄い後頭部を、オールバックの髪型で隠している。


「こんばんは。おひさしぶりです」

「やあ、ひさしぶり」

「おかえり、宗哲。こんな遅くまで、どこほっつき歩いてるんだか」


連絡くれれば、もうちょっと早く帰ったのにさ。


「お元気ですか?」

「おかげ様で」

「じゃ、私は席を外しますので」


祖父は部屋を出て行った。残されたのはダン爺とオレの2人。

何を話せばいいのやら。とりあえず無難に。


「あの後、すぐに政権が交代して。早さに驚きました」

「君や君のお父さんのお陰だよ」

「いえ、とんでもありません」


「今日はお願いがあって来たんです」

「お願い? 僕にですか?」


普段の一人称は「オレ」だけどさ、目上の人を話すときは「僕」も遣う。


「石野さんに会いたいんです。会って話をしたい。

 こんなことを頼むなんて変だと思うだろうけど、むやみに動けない立場になったんだよ。公用車を使えば目立つ。どこに行くにもチェックされる。とても公用車ではどや街に行けない。

 かといって、今日みたいに自分の車を使えば、特別な関係だと思われる。ここへ来たことも、しっかりと見張られていたよ。

 君のお父さんとは、仕事に関しても特別な関係だから構わない」


「でも、石爺は簡単に会うわけにはいかないんですね」


「そうなんです。でも、どうしても会いたい。どうしても石野さんの意見を聞きたいんだよ。今からでも電車に乗って会いに行きたいくらいなんだ」


財務大臣がどや街に住む無職の男に会いたいって、どういうことなんだろうか。


「意見、ですか?」


おかしなことを言う。財務大臣が無職の男に意見を聞くって?


石爺は80歳を越えて、なお、元気にどや街で生活している老人。緊張するとどもりが酷く、会話が成り立たないほど。たし算ひき算が苦手で地図も読めない。

髪はいつ切ったのか分からないし、それどころかシャワーすらいつ浴びたのか分からない。色が変わってしまったり、破れていたりする服を着ている。


「そう。意見です」


オレの訝し気な顔に、ダン爺は「お願いします」と頭を下げた。


「そ、そんな。とんでもないです。オレに頭を下げないでください」


あ、「オレ」出ちゃった。


「米蔵君でさえ、そんな風に」

「え」

「私には本音を言ってくれる人間がいないんだよ。いつも忖度された言葉に囲まれてるんだ」

「それは立場的にしょうがないじゃありませんか」

「皮肉なもんだよ。最も国民の意見を聞かなきゃいけない立場の人間達が、最も国民の意見を聞けない状態になるんだから。

 でも、石野さんだったら答えてくれる」

「まあ、石爺は忖度なんてできませんよね」


石爺が気を回すとか自分が有利になるように考えを巡らすなんてできるわけがない。


石爺は喉が渇けば、そこが道路の真ん中でも水を飲む。臭いで人に避けられても気にせずに不潔なまま。生活保護のお金だって競馬やタバコに遣ってしまう。めっちゃ自由人。


「私はね、この世でもっとも信用しているのが、石野さんなんですよ」


「分かりました。考えてみます。


 ただ、この家に石爺を連れて来るってのは、ちょっと、できかねます。

 家族を心配させたくないんです」


「当然だよ」

「この間の友達に相談してもいいですか?」

「お願いします。皆さんお元気ですか?」


社会的に地位のある人から敬語を遣われると恐縮してしまう。


「はい。おかげさまで。あの、石爺どんなことを聞くんですか? その、言えないならいいんですけど」


「米蔵君は、安楽死についてどう思う?」


「安楽死ですか?」

「できれば忖度なしで意見を聞かせてください」


忖度もなにも、ダン爺が賛成の立場か反対の立場か分からない。


「賛成です」

「そうですか。理由は?」

「本人が望むなら、病と闘わなくてもいいと思います」

「なるほど」


安楽死の是非は倫理的な問題だ。だが、質問しているのは、財務大臣であるダン爺。


「これはあくまでも表向きの意見です」

「ほう」


ふっとダン爺の視線が鋭くなった。


「例えば、適用範囲を治る見込みがない難病患者に限定して、更に本人が希望した場合とします。そうしたら、かなりの確率でタブーに切り込めると思います。すでに欧米の一部では安楽死は認められています。前例があるなら、法律を変えることも不自然じゃありません。

 そして、それが適用されるなら、治療を断念した分の医療費が浮くことになります。

 増え続ける国家予算の社会保障費を抑えることができます。


 次の段階として、高額な治療費の補助になんらかの制限を導入する。画期的な癌の治療薬は高いです。もっと技術が発達して、もっと高くて治る薬が出て来るかもしれません。今のままでは、財政が逼迫します。

 補助に制限をすれば、医療費が高額で治療を諦めた人が安楽死を選ぶパターンが出てくるかもしれません。そうすれば、更に国家予算を抑えることができます」


「米蔵君は頭が切れるね。

 私と途中までは同じ意見だよ」


ダン爺は、目を閉じて、感心したように首を横に振った。


「高額な治療費の制限については違うってことですか?」


「私も自分が40歳だったら同じことを考えていたと思う。

 米蔵君は若くて健康で希望に満ち溢れている。だから老いるということを味わっていないんだよ」


「頭では分かってるんですが」


「体力がなくなってくる。プライドばっかり高くなって、ほんの少しの勇気がなくなる。

 体のあちこちが少しずつ調子悪くなる。過去の悪いことを思い出す。吐き気がするほど後悔する。

 身内や友達、尊敬していた人があの世へ行く。楽しい時間が減っていく。


 天気が悪いと気分が滅入る。

 反対に、雲一つない青空だと『なんで自分は生きているんだろう』と考える。


 老いるということはね、死に近づいていくということなんです」


煙に巻かれた。

高額な治療費に制限を設けて、社会保障費を抑えるということは取りあえず否定された。

でも、真意が見えない。


オレが「老い」を味わっていないってのと、「老い」は死に近づくということだって話。いったい、ダン爺は何を言いたいわけ?


オレの考えを否定する裏付けでもない。


政治家は話が上手い。17歳のガキを転がすなんて、お手の物ってわけか。

ごまかされたのなら、話に流されるしかない、か。


「長生きはいいことなんじゃないですか?」


死についての話題をさらっと過ぎようと、オレは、半ば笑顔でお茶を濁した。


「この国にはね、もうそんな美徳は残ってないよ」


「いいんですか? 政治家なのにそんなことをおっしゃって」


「米蔵君だって次世代の若者あるまじき発言をしたじゃありませんか」


そうでした。


「あの、僕、言い過ぎましたし、聞きすぎましたよね?」

「ははは。いいじゃないか。政治家なんてこんなただの老いぼれだって知ることができて。選挙で投票しなければいい」

「まだ選挙権はありません」



それからオレは、ダン爺からスケジュール表をもらった。分刻み。どこ空いてるんだよ。

働き方改革はどーなってるんだよ。高度プロフェッショナルってやつか。


「君のお父さんには『もうすぐ選挙権を手にする若者の、政治に関する認識と関心を知りたい』ということになってるから、そこのところはよろしくお願いします」

「ご配慮ありがとうございます。祖父の方は違うんですか?」

「さすがに、花火大会の日に何かあったことはご存じだから、ごまかしきれませんよ。

 『孫は人当たりはいいけど、政治家になれるほど家には金がありません』って釘をさされたよ」


あのジジイ、なに言ってんだか。勘違いもいーとこ。

でもって、どんだけ失礼発言するんだよ。まるで金で政治家になったみたいな言い方。


「そうですか。

 祖父には安楽死のことを聞きましたか?」


「聞こうと思ったけど、やめた。なんだかいろいろと見透かされそうで怖い。

 何よりも『死にたい』なんてこれっぽっちも思ったことなさそうなくらい、生命力が漲ってるんだよ。米蔵さんは」


確かに。下手なことを言ったら「帰れ、ハゲ」とか言いそう。


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