元カノ16人
「1組の子はね、ダンス部の子が狙ってるの」
「じゃダメじゃん。友達ともめたくないもん」
「へー、その子、ももしおの友達なんだ?」
「ううん。直接は知らなくても、友達の友達の友達くらいで繋がってるでしょ。そしたら友情に亀裂が入っちゃったりするから」
怒涛の恋愛とは程遠いような。ほっとこ。
「ねーねーねー、東横君と西武君ってどんな子?」
ももしおはターゲットを2人までに絞り込んだ。
西武と東横か。
いーよなー、一人暮らし。羨まし。
西武はオレと同じクラス。サッカー部。通称タケちゃん。
肉食系イケメン揃いのサッカー部の中で、ひっそりと生息する目立たないタイプ。同じクラスでときどき話すが、気さくで平凡。存在感は薄い。
くせ毛の前髪が眼鏡の半分を覆っていて、ダサい。
最初、どうしてサッカー部にこんなヤツがと思ったりした。でもさ、冷静に考えたら、サッカー部は大人数。いかつく目立っているのは約半分。残りの半分は、静かに高校生活を送っている。
「ふーん。西武君ってゆーんだ。へー」
あ、ももしお、すっげー興味なさそう。あからさま過ぎ。
「タケちゃん、いいヤツだよ。サッカー巧いし」
オレはタケちゃんが大好き。
だってさ、テニス部が部室で鍋をやっているときに教師が部室棟へ近づいてきたのを阻止してくれたことがある。それも、怖いって評判の教師にホースで水をかけて。
やるときはやる男!
「あ、だよな。西武って1年ときからレギュラーだったよな」
「意外ぃ」
「ももしおちゃん、外見で判断してない?」
「サッカー部やバスケ部ってレギュラー陣がイケイケなんだと思ってた」
事実その通り。
「タケちゃんは例外。合コン誘っても来ないって聞いた」
「うーん、合コンメンバーに入れないよね。前髪切らなきゃ」
自分のカノジョながら、ねぎま、きっつー。
「ほら、私、寂しいカレに本当の愛を教えたいから」
「シオリン、そこ、大事なわけね。うーんとね、西武君は、親が海外転勤でシアトルだかバンクーバーだかにいるんだって」
「バックグランドが明るいね。却下」
なんだよ、それ。ももしお、単にイケメンじゃないから理由つけてるとしか思えねー。タケちゃん、いいヤツなのに。あほくさ。
オレもミナトと同じく、椅子にでれっと深く腰掛けてももしお×ねぎまを傍観することした。
「じゃさ、書道部の東横君は?」
「ちょっとちょっとちょっとぉ、イケメーン」
東横はチャラい。ポロシャツのボタン2コ開けーの、チョーカーしーの。長めの髪は明るい茶髪。土台がイケメンかどうかってゆーより、イケメンに見えるように頑張ってる感じのヤツ。
「東横君はね、今はカノジョ、途切れてるらしいよ。シオリン」
ん? 途切れてる?
「あ、東横君って、書道のインスタやってる子?」
「そうそう。あの見た目ですっごい字書くんだって」
「インスタ見てみよっと。おおおー『濃密』だって。きゃー」
「きっと女の子に慣れてるよ」
「優しくしてくれるかな? 最初はその方がいいよね?」
おいおいー。何の話してるわけ? ももしおが本当は清純派じゃないってことは薄々分かってた。けどさ、ミナトとオレがいるのに、本音語り過ぎじゃね?
ってか、最初は慣れてる方がいいのか? そうなのか? だよな。男だって、初めての相手はこなれた年上のきれーなおねえさんが夢だったりするもんな。どうしよう。だったらオレ、練習すべき? 他の人と。できん。それって浮気になるじゃん。そんなことよりも、好きな子がいるのに、そうじゃない子と愛のないエッチなんてできるかよ。
「いいかもね、シオリン」
ねぎま! 経験豊富な男の方がいいのか?!
「さりげなくドアを開けてくれるとか、気づいたら車道側を歩いてくれてたっていいよね」
あー、その程度の経験のこと。よかったー。だったらオレ、飼い犬の散歩で慣れてるから大丈夫。オレんちにいる諭吉はでっかいコリー犬。散歩のとき、進行方向に小さな子がいれば、自分が盾になるように反対側を歩かせ、家ではドアを開けてあげている。できるできる。
だよな。2人は我が校の美少女ツートップ。その2人がこんな明るい時間から下ネタ話すわけないよな。
「ねーねー、宗哲君ってば、ちょっと、宗哲君、聞いてるのに」
「ん?」
おっと、脳内トリップしちまった。
「宗哲クン、あのね、東横君のこと他に何か知らない?」
「他にって?」
「サブカル女子に人気で書道部の見学者がいっぱいいるってこと、
書道とかスタバのインスタが人気ってこととか、
3LDKのマンションに1人で住んでるってこととか、
お父様がテレビに出てるような有名な書道家で弟子の女性と東京に住んでて週刊誌にスクープされたとか、
高校になってからは元カノが10人、中学時代の元カノは6人ってこと。
それ以外に何か知ってる?」
「すっげー盛沢山なやつだな。ってか元カノ多過ぎだろ」
「マイマイ、宗哲君って、ホント使えない」
「うるせーよ。そこまで知ってるならいーじゃん」
ミナトは笑いながらアイスカフェ飲んでるだけ。なのに「使えない」とは言われないんだよな。
「ももしおちゃんの理想にぴったりじゃん」
「ミナト君もそう思う? ステキよね」
「ももしお、早まるな。元カノが合計16人の男だぞ」
「シオリンの理想ではあるけど、大事なシオリンにはお勧めしたくないなー」
「東横君で。傷つく恋愛ってゆーの、やってみたい! 決まり」
ももしおは嬉しそうに人差指をピンと立てた。
「あれ? ちょっと待った。そういえば、CNPに振られた後、オレんちの兄貴に一目惚れしたとか言ってなかった?」(「ももしお×ねぎま」でのお話)
「だって、あれ以来会えないし、宗哲君しか接点なくてどうしようもないじゃん。宗哲君は自分とマイマイのことで余裕なさそうだしぃ」
「さーせん」
その程度の気持ちなわけね。ももしおの「好き」って幼稚園児以下だよな。
「シオリン、まずどうして元カノが16人にもなってるか、ちゃんと調べてからの方がいいと思う」
「そっか。元カノに聞いてみよ」
「待った、ももしお。そんなデリケートな質問するなよ」
「そうだって、ももしおちゃん。別れるって、つき合うことよりずっと大変だからさ。それに、2人の間のこと話したくないって」
うっわー、ミナト、園田さんに振られて相当辛かったんだな。
「そーなの?」
「「そーなの」」
「いいんじゃない?」
こらっ、ねぎま。
「マイマイがいいって言ったから、聞いてみる」
はー。オレのカノジョって、ちょっとどうなんだ?
「いくなくない?」
ねぎまに抗議してみた。
「16人ってことは、二股してたとしても、1人当たりのつき合ってる期間が短いってこと。結構あっさりしたつき合いだったんじゃないかな?」
「でもさ、ねぎまちゃん、マンションに一人暮らしの男だったら、やることやってるって」
ミナト、お前もな。高校生にとってマンションって最強のアイテムだよな。
「だったら尚更聞かなきゃ。大事なシオリンにはステキな恋愛をしてほしいもん」
「マイマイ♡」
ももしお×ねぎまはひしっと抱き合った。麗しい光景。眼福。
元カノ16人。書道で「濃密」。更にそれをインスタにアップする男か。オレの理解の斜め上。
「で、もし東横にするって決めたら、告るわけ? ももしおちゃん」
ミナトが「できんの?」みたいに笑いながら聞く。
「んー。分かんない。告られることってときどきあるけど、告るって空気いるじゃん?」
「空気? 勇気じゃなくて?」
「ほら、雰囲気ってゆーか、流れってゆーか」
流れねー。それって、お互いに意識してるってこと前提じゃん。知り合いでもないのに、空気もなにもないだろ。もう、つっこむ気も失せた。好きにしてくれ。
そんなわけで、ももしおは元カノへの事情聴取からスタートした。
まさか翌日、目撃するとは思わなかった。
オレは廊下のロッカーから、基本置きっぱの教科書を出すところだった。これは先輩から譲り受けた1式で、家に自分用がある。すると、数メートル離れたところで事情聴取がスタート。
「ねーねーねー、ちょっと聞いていい?」
「あれ? シオリン、何?」
「東横君の元カノ、誰か知ってる?」
すっげー雑な探し方。そっか、10人も元カノがいれば、誰かしら知り合いってことか。
「ほら、この子、そうだよ」
いたーっ。しかも紹介されたのは、声をかけていた友達の隣に立っていた。
「なに? 百田さん。東横君がどうかしたの?」
「どれくらいつきあってた?」
「どこが最初でどかが最後かはっきりしないんだけど、2週間くらいかな」
は? はっきりしないって、どーゆーこと?
オレなんて、告白記念日として毎年その日は祝日にしたいくらいなのに。
それとさ、2週間であれもこれもできちゃったりこぎつけちゃったりするわけ?
是非その技を伝授して欲し、、、と、ダメか。終わっちゃうのはダメ。
「じゃ、どーして終わっちゃったの?」
ももしおーっ。ストレート過ぎだろ。
「なんとなく疎遠になったから。フェードアウトって感じ」
「そーなんだ」
「だってね、すっごい優しくて人当たりよくて、他の女の子寄ってくるし、つき合う前もその後も、これといって接し方は変わんないんだもん。じゃ、カノジョでいる必要ないなーって思って」
「ふーん」