タコパ
体育祭が終わると校庭にはアキアカネが飛び交うようになった。
女の子の間での西武熱は一瞬だった。
ももしお×ねぎまが言ったように、イケメンは総合評価なんだろな。
「シオリン、最近、西武君の家によく遊びに行ってるんだよ」
2人で手を繋いで歩く横浜への下り坂、ねぎまは泣きぼくろを従えた目を緩ませた。
「タケちゃんとこに?!」
図らずも、西武♡ももしおってパターンか。最初から一人暮らしの男として、ももしおは西武を狙うべきだったんだよ。
タケちゃん、ヨカッタな。
タケちゃん、前、つき合ってないのに一人暮らしの男の部屋にいくのかって、ももしおのこと責めたよな。ってことは、もうつき合ってるってこと?
それとも、好きな子だから拒めないって? ももしおはなんにも考えずに遊びに行きたかったら行きそうだよな。例えば、音が酷くなったバイオリンが見たいとかってくらいのどーでもいい理由で。
「今度、西武君とこでタコパやろうって言ってたよ」
「楽しそうじゃん」
平穏な日々。秋が深まると共に愛を深めようじゃないか。
オレは、ごくっと唾を飲み込む。誘おう。今だ。
「あ、珍しくバド部の先生が休みの日にいっぱい練習試合入れてくれたの」
⤵⤵。オレは「二人で旅行しない?」という言葉を飲み込んだ。
「へー。ヨカッタじゃん」
くそっ。二人っきりの空間が欲しい。ミナトやタケちゃんみたいにさ。
「頑張る」
「ガンバレ。あ、そういえば、ミナトとタケちゃん、今度のテスト後の打ち上げでライブするって言ってた」
「聞いたー。バンドのこと、すっごい話題になってるの。軽音の子が練習してるの聴いて『ヤバい』って言ってた」
テスト後の打ち上げと称して、我が校の軽音部がライブをする。それは回を追うごとに派手になりつつあり、体育館を貸し切っての一大イベントに成長している。
ミナトと西武は、いつかレコードショップのライブイベントで聴いたバンドのコピーをするらしい。軽音部のバンドにゲスト出演すると言っていた。
「ミナトから聞いたんだけどさ、タケちゃん、すっげーバイオリン上手いんだって。ももしおが言ってた2ちゃんねるの留学の話のこと『火のないところには煙は立たない』っつって」
「そーなんだ。宗哲クンは、小さい頃何かやってた?」
「公文とサッカー」
なんか、オレもセレブ感欲しい。
「私はねー、ピアノとテニス」
「そんな感じする」
一般家庭だよな。二人とも庶民派。
次の日、学校で会った西武を冷やかしてみた。
「タケちゃん、最近、ももしおが遊びに来るんだって?」
意味深に耳元で囁いてやったのに、西武は小さくため息を吐いただけ。
?
どうしたんだろ。
想いいが募り過ぎてってため息?
細かいことはスルー。
楽しみにしていたタコパの日がやってきた。
オレはねぎまと一緒に飲み物を買って持って行く。
相模ンはテスト打ち上げライブでまたドローンのショーをするらしく、遅れて参加。
ミナトと西武はライブの練習。
ってか、テスト打ち上げの前にテストがあるって、みんな忘れてんじゃね?
「じゃ、ももしおってタケちゃんの部屋で待ってんの?」
「うん。『先に行って用意する』って言ってた」
もうすっかり通い妻じゃん。いーなー、タケちゃん。
「アイツ、料理できんの?」
「できない。私もできないけど。シオリンがね、西武君の料理が美味しいって言ってた」
ももしお、逆。タケちゃん、すっげー量作ったんだろうな。可哀想に。
タケちゃんに聞いた住所へ向かうと、古びた木造二階建てアパートが現れた。昭和っぽい。
カンカンと足音を立てながら外階段を上って、202号室「西武」表札横のインターホンを押す。
ピンポーン
「どーぞ。久しぶりだね」
出迎えてくれたのは、なんと、東城寺蓮だった。
「あ、マイマイ、宗哲君、待ってたのー」
部屋の奥からももしおの声が聞こえた。
部屋に入ると、ももしおは2人のおっさんに囲まれていた。
いやいやいや、ここアパートの1室だから。あと3人来るから。
挨拶を交わすと、2人のおっさんは、インサイダー取引事件のA氏とB氏だった。
何度も頭を下げられ、お礼を言われたので、1番の功労者は相模ンだってことを強調しておいた。
現在裁判待ちの状態とのこと。
出所してからも逮捕されたときも、A氏とB氏はさほどマスコミに騒がれなかったらしく、現在も普通に街を出歩けるとのだとか。
「東城寺さんの知名度は、僕らとは違うからね」
A氏は言った。
もしやと思って質問。
「ひょっとして東城寺さんは、ここに住んでいらっしゃるんですか?」
隣で「あれ? 言ってなかったっけ」とねぎま。
「そうなんだよ。名前も顔も売れすぎてて、賃貸契約もしづらいんだよ。SNSで拡散されそうで」
東城寺蓮は笑った。
なーんだ。ももしお、タケちゃんとできてねーじゃん。
じゃ、ももしおがここに遊びに来てたのは、東城寺蓮に会うためだったのか。納得。尊敬してるって言ってたもんな。
!
オレは思い出してしまった。つい数か月前、ももしおがアラフォーのカリスマ投資家に片想いしていたことを。
投資家、イケメン、おっさん、離婚歴、アウトロー。
ももしお、お前の狙いはこっちか!
しばらくすると、西武、ミナト、相模ンがやってきた。
部屋は酸素が薄くなってるんじゃないかってくらい満員御礼。
狭いからって、ベッドがベランダに横向きに出してある。雨降ってなくてヨカッタ。
「4月15日のツイッター、調べてもらったら、1週間後だったんだよ。でも、ツイッターがネット上にあった50分間は、重役会議で、とてもスマホを見るなんてことはできない状況だった。だから不正会計のことは知り得なかったと証明できる。重役会議の議事録も残ってる」
「裁判の結果が覆るといいですね」
「それはなかなか難しいだろうけど、頑張ってみるよ」
「大丈夫かもしれない、ちょうど政権が交代したしね」
頑張ると言った東城寺蓮の横で、B氏は気になることを言った。
「あの、つまりそれは、3年前には政治的な圧力があったってことですか?」
オレの質問に、B氏はしまったという顔。
こういうところを逃さないのが、ねぎま。他の会話の輪にいたのに、くるっと向きを変えてB氏のコップにジンジャーエールを注いだ。
「3年前、ゴルフでどんな人脈を作りたかったんですか?」
畳みかけるようなねぎまの質問に、
「あ、それは私も気になってたんです」
と東城寺蓮が加わった。
B氏はちらっとA氏にアイコンタクトをし、話すことを決意したようだった。
「たとえ無罪が確定したとしても、私はもう、政治の世界に戻ることはできない。話しましょう。
これは今の政権の話じゃないし、当時も問題視されてて暗礁に乗り上げた話です。そこのところをちゃんと念頭においてください。
暴露話とは違います。
政策の模索をしていたんです」
東城寺蓮は聞かされていないことを、B氏とA氏は共有していたようだった。
そして元製薬会社重役が告白した。
「当時私が勤めていた**薬品には『安楽死』に使われる薬があったんです。もちろん、人間に使うものじゃありません。けれど、仮に安楽死が認められるようになったら、どうなのかという話を持ち掛けられました。効能ではなく、主に費用的な話でした」
安楽死と費用? 法律のことじゃなくて?
B氏は東城寺蓮に向かって正座をし、姿勢を正した。
「ご存じの通り、我が国は長寿国で社会保障費が膨大です。新薬が開発され、人はどんどん長寿になる。世界一の平均寿命を支えているのは、健康じゃなく、薬なんですよ。
医療費は国家予算に甚大な影響を与えています。
そこで、もしも治る見込みのない難病患者の30%が『安楽死』を選んだらどうなるのか、80歳以上の5%が『安楽死』を選んだらどうなるのかという算出をしたんです。
避難されることは、この案に携わる者、誰もが承知していました。
だから、私はなかったことにされたんです。
私だけでよかったんです。なのに、お二人を巻き込んでしまって。
薬についての情報を提供してくれただけで、金銭の授受なんてコーヒー1杯すらなかったのに。
何も知らされていない東城寺さんには、申し訳なくて、どうにかできないのか手を尽くしたんですが」
もと政治家のB氏はA氏と東城寺蓮に向かって頭を下げた。
そんな生易しいものじゃない。土下座だ。
体を折るようにして静止したままだった。
「頭を上げてください。自分に敵が多かったことは分かっていましたから。きれいごとだけでは済まされない場所にいたんです。たとえ、あのゴルフがなかったとしても、いろんな人が自分を陥れようとしてたんだと思います。東城寺ファンドを敵視する財界人は多かった」
「私だって、金銭の授受がなかったとはいえ、話をいただいたとき、『もし安楽死が認可されれば市場を独占できる』と政府と癒着することに心血を注ぎました」
タコパ会場はしんと静まり返り、皆、ことの真相に聞き入っていた。1人を除いて。
ももしおだけは、次々と口にたこ焼きを運んでいたのだった。




