4人目は?
へー。中国って「天安門事件」を調べられないだけじゃないのか。
ってそこじゃない。
中国でツイッターができないのなら、子会社重役のA氏は不正会計の情報を知らなかったってこと。つまり、ゴルフ場で会った東城寺蓮に不正会計の情報を伝えられなかったことになる。
「すっげー茶番みたいな裁判したんだな。西武のお父さんに社会的制裁をしたかっただけだろ。
裁判って証拠が必要だろうに。当時のマスコミは何やってたんだよ。調べなくても分かるようなこと見逃して。別荘や馬やバイオリン調べてる暇あったら、そっち調べてくれって話だよ」
毒づく相模ン。
「父は冤罪だったってこと?」
「そーだよ、タケちゃん!」
オレは肯定したのに、ねぎまは冷静だった。
「ツイッターの件が事実じゃないってわかっただけ。インサイダーじゃないってことにはならないかも。
冤罪を証明するためにパソコンやスマホを提供したり、東城寺ファンド時代の書類を洗いざらい調べられたししたら、何か不利なことが出てくるかもしれないよ?」
捜査らしい捜査もしないでインサイダー取引だって確定したことは分かった。
要するに、東城寺蓮をどうにかすることが目的だったってことか?
「なあ、冤罪を証明したいなら、どうして嵌められたのかを調べるべきじゃん?」
相模ンは切り込んだ。
相模ン! いてくれてよかったよ。成績はそんなでもねーけど、やっぱ相模ンって見た目通り賢い。
「あのさ、ももしお。捕まったのって、情報を教えた人と教えてもらった東城寺さんだけじゃねーの?」
ももしおからのファイルには東城寺蓮、A氏、B氏とある。
「もう1人の逮捕された人はね、一緒にゴルフを回った人で、東城寺ファンドに資産運用を任せてた人」
「ふーん。4人のうち3人が捕まったのか」
「へ? 4人って?」
ももしおはゴルフに詳しくないらしい。
「シオリン、ゴルフって大抵4人で回るものなの」
ねぎまが補足。
「そーなんだ。麻雀と一緒だね」
麻雀って。ももしおってギャンブル臭あり過ぎ。タケちゃんと相模ンが幻滅するから、あんまり余計なこと喋るな。
「このゴルフのメンバーって友達? それとも、仕事がらみ?」
タケちゃんに聞いてみた。
「仕事だと思う。基本父は、仕事以外では動きたくない人間だから、友達とゴルフとかないと思う」
なんか、寂しい。俳優やってて華々しかったはずなのに。
「へー。製薬会社と投資家仲間かー」
長寿国日本じゃ、製薬会社ってすげー儲かるんだろーなー。
国家予算の社会保障費はどんどん膨らんで借金まみれ。製薬会社は税金を吸い上げてそびえ立っている。
仕事がらみって、どんな話するんだろな。
「百田、この参議院議員って?」
タケちゃんが驚いている。イントネーションが関西弁。いつもは横浜弁なのに。
「1人、当時の与党の参議院議員だったんだよね。事件の1か月後、えーっと、逮捕される3か月前に辞職してるけど」
オレはももしおからのファイルを見直してみた。5月30日にB氏が参議院議員を辞職したとなっている。投資家仲間ってことになってるけど、参議院議員が東城寺ファンドの顧客だったのか。
へー。参議院議員は資産運用をコンサルタントに頼むほど金持ってんだなー。選挙って見えない金がかかるって聞くもんな。政治家はそこら中の冠婚葬祭にお祝いや香典渡すから大変って。
人って金渡さねーと慕ってくれないもんなの? 人って金で動くもんなわけ?
こんなん考えると、オレ、金が関係ない高校生でヨカッタって思う。
「オレ、そんなこと知らへんかった。逮捕されたのは投資家仲間やと思っとった」
タケちゃんはばりばりの関西弁に早変わり。
「インサイダー事件のときは政治家だったわけじゃない? 政治家の問題って普通、結構騒がれるものなのに。変だったんだよね」
ももしおが唇を尖らせながら、何かを思い出すように天井を見つめる。
「「「変って?」」」
「うーんとね、ぜんぜん騒がれなかったの。逮捕のとこに一瞬名前が載っただけ。テレビも週刊誌も東城寺ファンドのバッシングばっかりになっちゃって。しかもインサイダーとは関係ない、東城寺さんの別荘やクルーザーやバイオリンや馬ばっかりに注目して」
「あれはキツかったんや」
タケちゃんがしみじみと吐き出す。セレブだったんだな。
そういえばタケちゃんがバイオリンをやっていたかもって、ねぎまが言ってたっけ。
「知りたかったのは事件のことなのに、マジで調べにくかったの。
でね、調べてみたら、逮捕された投資家は、実は事件のとき参議院議員だったって分かって。
辞職したのも調べにくかったよ。繰り上げ当選した人がいて、そこに名前が載ってたからなんとか分かったってくらい。辞職理由は体調不良。その日付から、『あー、3ヶ月も前に逮捕されること分かってたんだなー』って思ってた」
それを中坊のときに調べたって? ももしお、おっさん臭っ。
今度はねぎまが口を開いた。
「ね、西武君。ここにいない、もう1人ってどんな人か分かる? 変な組み合わせじゃない? 仕事でしかゴルフをしない人が、製薬会社の重役、政治家と会ってたなんて」
「聞いてみる」
タケちゃんはその場で電話した。関西弁で父親と「大丈夫やった?」やりとり。
「父が今日はどうもありがとうございましたって。はい」
タケちゃんにスマホを渡され、東城寺蓮から直接お礼を言われた。オレの次にミナト、そしてももしお×ねぎま。
「きゃー。東城寺さんの声、ヤバかった。イケメンボイス。耳でやられる」
ももしおが両手を頬に当て、きゃいきゃい騒いでいる。電話の向こうに聞こえるぞ。
「ゴルフのメンバー、もう1人はテレビ局長やって」
「は? なんじゃそれ」
オレは首を傾げた。
「どんな話してたんだろな」
通話中のままのスマホに向かって、すぐ、タケちゃんは聞いてくれた。
「一緒にいたときに話はしてへんかったって。政治家やった人からそのメンバーを紹介してほしいって言われて、パイプんなってゴルフをセッティングしたんやってさ。でも、その後はどうなったか分からへんって。捕まったし」
それからタケちゃんは、孫会社重役は4月15日に中国にいたからツイートはあり得なかったことを嬉しそうに告げた。
「あ、西武、インサイダーの根拠はツイッターだけ?」
ミナトが質問すると、タケちゃんは電話で聞いていた。
そして、電話をしながらリュックから筆記用具を取り出してメモした。
『@ 子会社重役はツイッターを見ていないと主張。不正会計について知ったのは5月9日』
5月9日は親会社、子会社、孫会社に不正会計が通達される1日前。
最後にタケちゃんは父親に聞いていた。
「なぁ、普通捜査やったらパソコンとか会社の書類押収されるのに、なんでされへんかった?
ふーん。そうなんや。
じゃ、誰に嵌められたんか心当たりある?
ははは。あかんやん」
笑いながら通話を終了させた。
「誰に嵌められたって?」
オレがタケちゃんに聞くと、
「心当たりあり過ぎて分からんって」
と返ってきた。
「パソコンが押収されなかった理由は?」
相模ンが聞く。
「ツイートだけが争点だったって。言われた取引記録を素直に提出したら終わりやったらしい。顧客情報を守れたからよかったってさ」
「それってさ、顧客情報を調べられたら困る人間が圧かけたんじゃね?」
両掌を体の脇で上に向け、ミナトは東城寺蓮の言葉の裏を読んだ。
相模ンは眉間に皺を寄せて考え始めた。徐にリュックからマイパソコンを取り出してももしおからのファイルを表示させ、自分の世界に入り込んだ。
場を取りなすようにねぎまがまとめた。
「ね、西武君。ツイートしか争点にならないのなら、それが嘘だってことを証明して切り崩せるね」
「父が『なんとか味方になってくれる弁護士を探す』ってゆーとった」
「よかったね」
「よかったな、タケちゃん」
「もう追いかけらなくなるな」
「ありがとな。色々、聞いてくれて。
オレ、自分の父親のことなのにさ、学校通えんようになったのを親のせいにして。裁判のことなんて興味あらへんかったんや。父が辛い思いしとんのに、あのころは面会にも行かへんかった」
「タケちゃん、しゃーないって。中学生だったんだから」
「そーだって、西武は頑張ったって思う。大変だったんだろ?」
「家の前にいっぱいマスコミが来て、家から出られへんようになったんや」
「西武君、大丈夫だよ。これからもサッカー部が守ってくれるって。
それに、2-4だったら、宗哲クンも相模君もいるから」
「そーだよ。宗哲君じゃ、ちょっと頼りないかもしんないけど」
「おい、ももしお」
「西武君、3年前話題になってたバイオリンって、西武君の?」
「テレビ、嘘ばっかや。オレの持っとったバイオリン、何千万もせーへんって」
「タケちゃん、バイオリンできるの? かっけー」
「オレ、西武のバイオリン聴いてみたい」
「保管が悪くて、音がダメんなったんや。アカンわ。あのアパート、暑いしジメジメで。隣近所に申し訳なくて弾きにくいしな」
「じゃ、今度、ここにバイオリン持ってくれば?」
「ええんか?」
へー。バイオリンってかっけー。弦楽器ってセレブっぽいよな。
あれ? タケちゃんってスペック高くね? いいヤツでサッカー巧くてイケメン。更にバイオリン。
ちょっと待て、前にももしおが希望してたの、全部持ってないか? 一人暮らし、母親の愛情をほぼ知らない、父親はわけあり。
ももしお、タケちゃんだよ、タケちゃん。東横なんて目じゃねーって。
雰囲気イケメンじゃなくて、本物のイケメンだぞ。




