東城寺を隠せ
「逮捕前と一緒だったら、東城寺蓮のこと、みんな分かっちゃうよね。フェロモン系イケメン。なのに、すっごく頭切れそうな感じ。白いYシャツを脱いだら女を泣かせてきた垂涎ものの鋼の肉体がありそうな」
「シオリン、お口にチャック」
ももしおの発言をねぎまが止める。
「大丈夫。慣れてきた」
清純派天然系美少女と誉が高いももしおは、実は普通に下ネタも平気な女子高校生。最初はイメージが崩れてショックだったんだよ。でもさ、口を開けば飛び出てくる言葉に、驚きもなくなった。
「私、1年前の面会のときの似顔絵だったら見たことある」
「ももしお、2ちゃんねるか?」
「それは株の雑誌」
「へー」
「やつれたりしてた?」
「笑顔に描いてあった。顔つきは一緒だったよ。髪が短くて印象変わってた」
「へー」
「イケメン?」
ねぎま、そこ気になるんだ?
「んー。絵だったからオーラ分かんなかった。服はグレーに描いてあったし」
「ま、どーしよーもないよな」
「見つからないといいね」
「だね」
「だな」
たらたらと歩いてグランドへ出てみた。
午後の競技は始まっていないものの、グランドには大勢の観客がいた。
オレはサッカーゴールに干してあった網を取りに行った。素材的にもう乾いているはず。
乾いてっじゃん。
邪魔にならなさそうだから、サッカーゴールはこの位置のままでいいよな。
ってか、オレ1人じゃ動かせねーし。大人数をタケちゃん見たいにさっと集めるのムリだし。
網を畳みながら持ち運べるようにまとめていると、体育館の柱の陰におばちゃんみたいなチューリップ棒を目深に被った背の高い男がいた。背中を丸め首にはタオルを巻いている。足元はサンダル。近所の人が庭仕事の合間にぶらっと来た感じ。
ん?
オレの横にももしおが立っていた。
「なんだよ。いるなら手伝えよ」
話しかけたのに、オレを無視して、ももしおはチューリップ帽の人に近づいた。
「間違っていたらすみません。カメラを持ったパパラッチみたいな人が何人か来てるみたいです」
は?
ももしおに話しかけられると、チューリップ帽の人は、びくっと体を揺らして首元のタオルで顎を隠した。
「……」
「一緒に来てください、東城寺さん」
なんだって?!
「ももしお、どこへ行くつもり?」
オレはももしおの腕をつついて小声で聞いた。
「体育館」
なるほど。体育館なら、舞台裏から外に出て、メンテ用の階段を昇れば踊り場からこっそりグランドを見下ろせる。我が校の横浜の夜景を観られる、隠れたビューポイント。
が、ももしおは目立ち過ぎる。今だって、ももしおを鑑賞する誰かが、腹が開いたミニスカートのチアリーダー姿を目で追っている可能性がある。
「オレが案内する」
ももしおに耳打ちした。
オレはチューリップ棒を被った男に小声で話しかけた。
「こっちです」
東城寺蓮らしき男は、帽子の鍔を少し折って、オレに目を見せ、小さくお辞儀をした。
こっそりと体育館の中へ入る。今日は誰も使用していない。部活動もなし。
舞台の袖の部分に入ると、緊張が解けたせいか、東城寺蓮は大きく息を吐いた。
「ありがとう。私が誰か分かるんだね?」
「オレは詳しく知らないんです。でも、さっきのヤツが、投資とか、そーゆーのに詳しくて」
ついでにイケメンセンサーがついてて。
「そうか」
「顔を見られないようにしてるってことは、整形はしてないんですね」
「してない。帽子くらいじゃばれるね」
「米蔵です」
うっかり「息子さんがいらっしゃるんですか?」と尋ねそうになってしまった。きっと隠したいことだろうに。
「米蔵君か。2年生?」
「はい。2年4組です」
話しながら舞台裏を過ぎて外に出、メンテ用の外階段を上っていった。
そして、グランドを見下ろせる踊り場に来た。手すり部分は危険防止のためか高く造ってあり、コンクリートの壁状になっているから人がいると分かりにくい。
「良く見えるね。ありがとう」
東城寺蓮はイケメンボイス。知っている誰かの声に似ているような気がする。
「あ、あの。さっきの投資に詳しいヤツが、冤罪だと思うって言ってました」
オレはそれだけ言い残して、その場を去った。
なんで言いたくなったんだろう。よく分かんね。
たださ、もし自分が冤罪を訴えてたら、知らない誰かでもいいから、たった一人でも「無実」って思ってくれる人の存在は力が湧くって思う。
グランドに戻れば、ぴーかんの青空に、特大パネルに描かれた風神雷神の絵がよく映えていた。
網を道具スペースに戻してグランドをぐるっと見回す。
どこかにいるんだろうなー。東城寺蓮の息子。
ももしお×ねぎまは華やかなチアリーダーに混じって黄色のボンボンを振り、ふざけていた。
その周りには応援団のヤローが群がる。
くっ。
ねぎまに近づく応援団を蹴散らしてやりたい。
カレシのオレだって今日初めて拝んだ生腹を見やがって。
オレは虚しい気分でオオカミの群れにいる子羊達を見守るしかなかった。
「宗哲、さんきゅ。網、乾いてた?」
「うぃぃ、乾いてた。もうベトベトしてない」
ぽんぽん
小田はオレの視線を確認して、慰めるように肩を叩いた。
「心配?」
「別に」
「宗哲、いーこと教えてやるよ。カノジョから聞いたんだけどさ、女子の間で流行ってるジンクス」
「なに?」
「体育館の外階段んとこ。夕暮れん中でキスしたカップルは別れないってさ」
「マジ? それって有名?」
「さー? 有名かどうかは。ダンス部ら辺の噂」
「さんきゅ」
大変だ。体育館の外階段、ぜんぜん安全じゃねーじゃん。
カップル行きまくりだろ。夕暮れはまだだけど、危ないって知らせなきゃ。
走りかけると小田に呼び止められた。
「競技始まるぞ。宗哲。棒倒し」
「あ、そーだった」
くそっ。並ばないと。棒倒しの後はテニス部の道具係の仕事がある。
あ、ねぎまだ。たたたっと駆け寄って来た。
「宗哲クン、頑張ってね。フレッフレッ」
がばっ
「ちょい」
オレへの応援を遮って、ねぎまの首に腕をかけた。正面から腕を掛けられたねぎまは、顎にオレの腕がかかって、よろけながらカニ歩き状態。棒倒しの集団から少し離れた場所に移動して、オレはねぎまの耳元で囁いた。
「きゃっ。耳に息が ////// 」
「あのさ、体育館に東城寺蓮がいるんだけど、その場所、夕方はたぶん人が来る。ももしおに言っといて」
「分かった。東城寺さんのことはシオリンから聞いてる」
「頼んだ」
「棒倒し、頑張ってね」
「うぃぃ」
はたと気づけば、棒倒しに整列したヤローからの殺気立った視線。
やっちまった。
急いで整列すると、
ぱしっ
「宗哲ぅ、だいたーん」
ぺしっ
「なに密着してたわけ?」
ばしっ
「見せつけるんじゃねーよ」
ばんっ
「棒倒し、覚えてろよ」
⤵⤵。
棒倒しは攻めの人員。若干身軽だから。要するに貧弱。プロテイン飲んでも効果なし。
「白団!」
「「「「「「うぇぇぇぇぇい!!」」」」」」
「勝ちたいかー!」
「「「「「「うぇぇぇぇぇい!!」」」」」」
「行くぞー!」
「「「「「「うぇぇぇぇぇい!!」」」」」」
パンッ
今更だけど、オレは白団。一目散に敵の棒に向かって走り、ガタイのいい敵の肩に飛び乗った。
ぽいっと落とされ、再チャレンジ。2度目は成功して、なんとか棒まで辿り着く。
痛って。誰だよ、足引っ張んなよ。
「このやろう、ねぎまをよくも」「アイドルなのに」「オレ達みんなのねぎまを返せ」
「人前でいちゃつくんじゃねーよ」「殺る!」
けりっ。くっそう。競技にかこつけてぎったぎたにされそ。
ヤベーじゃん。棒の下に行ったら集団リンチじゃん。
びびった猫状態で棒の上の方へ上っていくと。オレやその他の白団の重みで棒が倒れていく。
パンッ
ピストルが鳴って終了。
「白! 勝利です! 終了です。蹴るのはやめてください! 殴らないでください」
ピストルの合図の後も注意のアナウンスが続く。
オレは倒れかけた棒の先から飛び降りて、肉弾戦の塊の外に着地。即行、退場門に逃げた。
半分乱闘状態の棒倒しは終了したのだった。
体育祭は白、赤、青、黄の4色に分かれてるから、この状態をもう1戦。
疲れた。
そんなことより東城寺蓮だよ。
道具係からなんとか抜け出そう。
「わりぃ。ちょっとトイレ」
「あ、オレも」「オレも」「オレも」
⤵⤵。
「この後、騎馬戦だもんな」
「筋肉チェックしとく」
「誰も見ねーよ」
なんだかんだで、常にオレの回りには友達がいて、スマホのももしお×ねぎまからのメッセ―ジを確認するのがやっとだった。
そして、大きなカメラを首からぶら下げている男が大勢いることに気づく。当然だ。体育祭だから。
でもさ、校門のとこにうろうろしてるとか、保護者っぽくない。張り込んでるとしか思えねー。
シオリン『チアリーダーでぬけだせないよー』
マイ『ワタシも―』
ダメじゃん。
やっとオレが抜け出したのは、最後の選抜リレーのとき。女子の選抜リレーでももしおが活躍するのを横目に、オレは体育館の裏手に回って、外階段を駆け上がった。
「東城寺さん。ここ、危ないです」
「あ、君か」
「こっちに来てください」
こうなったら、取りあえず部室だ。困ったときの男子部室棟。
あそこなら校舎からもグランドからも離れているし、部活がない今日は誰も近づかないし、使ってる建物に見えないし。
……。
なんか、オレらって悲しい場所に隔離されてるんだな。
何よりも、生垣を跳び越えれば道路。




