ピンクの溜息
宗哲の通う高校には男子の人気を二分する美少女がいる。
清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里。女子の間では「シオリン」。
妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。女子の間では「マイマイ」。
高2の夏休み、宗哲はひょんなことから2人の手助けをすることになり、テニス部のミナトを巻き込んで奮闘。
事件は解決し、宗哲とねぎまはつき合うことになった。
「パンツ見えてっぞ」「見せパンだからいーの」
夏は火遊び打ち上げ花火 素肌を濡らす波と汗
儚い。
窓辺の風鈴は取り外され、コリー犬の諭吉の昼寝場所は、エアコンの特等席から玄関の御影石の上に移った。
夏が終わる。
ま、さ、オレには最高のカノジョができたからOK。
季節は巡るモノ。
「オレ、来年の夏こそはカノジョと海行ったり花火行ったりしたいなー」
「宗哲、なに締まりのねー顔してんだよ」
「来年なんて、大学受験じゃん。海とか花火なんて余裕ぶっこいてられる?」
「そっか⤵⤵」
「その前に来年まで続く?」
「羨ましいぜ、宗哲。オレも一瞬でもいいから、ねぎまとつき合いてーよ」
くっ。こいつら、友達思いなんだか単イジりたいだけなんだか。
我が校には、人気を二分する2人の超絶美少女がいる。清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里と、妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。
運命ともいうべき夏休み、華々しくもオレはねぎまのカレシとなった。
ねぎまは心配りができて気が利く最高のカノジョ。もちろん外見は申し分ない。
スクリーンから抜け出したような目映さ。滑らかな白い肌(未だ堪能したことはない)、優しい眼差し、左目の下に泣きぼくろ。ぽってりとした厚めの唇。緩くウエーブしたセミロング。そして推定DかE。
港町横浜。ここがオレらの遊び場。
観光地用に作られた人工的な表の姿もあれば、歴史ある瀟洒な建造物も佇む。
一方で、うっかり開発から取り残されたような場所だってある。
狭い範囲に、そういったものが詰まった街。
今日も、ももしおは、スカートの中を気にすることなく自然な感じで脚を開いて座る。
なんとかしてくれ。
「はぁぁぁ。ステキよね、こんな感じ ♡_♡ 」
ももしおがねぎまに少女漫画を渡しながら、可愛いピンク色の溜息をついた。
「面白かった?」
「もうサイコー」
横浜駅東口からSOGOを抜けてカモメ橋を渡る。
夏休みから、この河口付近の川沿いのパン屋横に、なんとなく4人で集うことが増えた。
ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。
ミナトは育ちの良さそうな爽やかなイケメン。が、夏休み前に振られ、現在、男子硬式テニス部の唯一のカノジョなし男。
ちょっと前まで「男テニの寂しい男」といえばオレだった。けどさ、女とつき合ったことのあるミナトには余裕がある。カノジョが欲しくて欲しくてたまらなかったオレとは大違い。
「へー。前も回し読みしてたやつ?」
「そーなの。新刊出たの」
ももしお×ねぎまが読んでいる少女漫画は、なかなかエロい。妹が友達から借りて来ていたのを読んだことがある。
オレが読んできた少年漫画なんてかわいいもんだよ。つーか、そんなん読んでるわけ? そーゆーの望んじゃってるわけ? ねぎま。
「エッロ」
「なになになに。その漫画エロいの?」
オレが茶化すと、ミナトが風にウエーブした髪を揺らしながら尋ねてくる。
パン屋横にはリゾートにあるようなパラソル付きのテーブル席がある。最近のリザーブ席。
「**高校のバスケ部が△△高校のバスケ部に勝つって話。アホ女がバスケ部のエースと合宿や練習試合でベロチュウばっかしてさ。誕生日には風呂一緒に入ってっし」
「マジで?」
「もう、やめてよ! そーゆーんじゃないの。ね、マイマイ」
「そーゆーとこもイイけど。そこじゃないよね」
「ね」
「ね」
ももしお×ねぎまは顔を見合わせて、こてっと首を傾ける。
「バスケの試合のシーンだったら、ぜんぜんだったじゃん。少年漫画の方が見応えあっし」
「そんなん、女子はこれっぽちも期待してないよ。うふっ」
オレの言葉が検討違いとでも言いたげに、ねぎまが微笑む。
その横で、ももしおがうんちくをタレ始めた。
「宗哲君、少女漫画のテーマは基本恋愛だから。
学園の明るい王子様が、実は抱かえていた重い一面。母親がいない家庭で父親が女を作って、愛を信じられない。独り、都会のマンションの最上階から雨の夜の街を眺める。孤独から荒れて女の子をとっかえひっかえした過去。そんなカレに主人公が、本当の愛を教えるの。
はぁぁぁぁ。なんてステキ。やっと結ばれてラブラブな日々と思ったら、元カノが赤ちゃんを連れてやってきて」
「シオリン、言っちゃダメ。私まだ読んでないのにー」
ももしおはつらつらと余分なことまで語ってしまったらしい。ねぎまがテーブルをとんとんとんとんと叩いて抗議。
ってかさ、そんな話だったっけ? オレ、バスケの試合の勝敗とエロいシーンしか気にしてなかったよ。
「ごっめーん、マイマイ。あ、それから親友のアキちゃんもいいの。お兄さんに恋心を抱いてたら、実は血は繋がってなかいかもなの」
「だから言わないでってば、シオリン」
「あのさー。兄妹ってナイって。鼻くそほども女に見えねーって。実は違いますって聞いたところで、気持ち切り替わらねーって」
妹がいるオレは、ゲロゲローな設定に顔をしかめた。
「宗哲、それはさ、妹がいるやつの贅沢だって。オレ、妹いたらすっげー可愛がる。『お兄ちゃん』って呼ばれてみてー」
ミナトはBAKAな夢を見る。寝ている間に体にチーズ振りかけられても言えるのか? 合宿の間に秘蔵DVD割られても言えるのか?
パンを5個食べ終えたももしおは、アイスティを飲みながら想いをはせた。
「私もしてみたいなー。こんな恋」
「あっそ。どーぞ」
ご勝手に。
「シオリン、こんなって、どの辺?」
「んーっとね、3巻みたいな気持ちになってみたい。帰らなきゃいけない。他の女の子達と一緒の『都合のいい女』になっちゃうって分かってても、離れたくなくいって、一緒にいたいって、カレの部屋に泊まっちゃうの」
「離れたくないって……それは、自然にそんな気持ちになるかも」
ねぎまがそっとオレの目を見てから視線を逸らす。ほんのりと色づく頬。
きゅゅゅゅん
ねぎま、めっちゃかわいー。
心臓が捻じれたオレは、テーブルの下でねぎまの手をぎゅっと握った。
「なに、ももしおちゃん、一人暮らしの男探す?」
「あ、そっか。家の人いたら盛り下がるよね」
いや、そのまえに家の人いたら帰れよ。
「だったらミナトがいいんじゃね? 一人暮らしじゃないけど、勝手に使えるマンションあるじゃん。要するに、親がいなくて盛り上がれる場所がありゃいーんだろ? エッロ」
「宗哲、オレのこと都合のいい男呼ばわりかよ。ひでー」
「やめてよ。どうして男って、そーゆー風にしか考えないかなー」
ももしおは否定するけど、気持ちが盛り上がってよーするにするんだろ?
「大学生になってからだったら、一人暮らしの人はいっぱいいそうだよ、シオリン」
「えー、ダメだよ。そんなん普通の一人暮らしじゃん。違うの! 私がしたいのは、心が寂しいカレに本当の愛を教えることなの。女ってときとして、怒涛の恋愛に流されたいものなの」
「ももしおちゃん、シチュエーションでカレシ探そうとしてる時点で『怒涛』はないんじゃない?」
ミナトの鋭い意見にぷーっとももしおの頬が膨らんだ。
「はははは。まず、一人暮らしの高校生を探せないんじゃね? オレらの高校って公立じゃん。神奈川県民じゃなきゃ受験できねーし。横浜駅徒歩圏のこんな交通の便がいいとこで、一人暮らししなきゃ通えないヤツいねーんじゃね?」
BAKAなことを言うももしおを一蹴するオレ。
「でもさ、オレ、一人暮らしのヤツいるって聞いたことある」
ミナトはいらんことを言う。その一言にももしおの顔がはあああと輝く。
「ちょっと探してみる? バド部とクラスで聞いてみるね」
言いながら、ねぎまはスマホに何やら入力し始めた。
直後から、ぶぶーぶぶーぶぶーぶぶーと連続でねぎまのスマホは返信をキャッチし続ける。
「女子の返信早っ」
「宗哲クンも男テニに聞いてみてよ」
ねぎまに協力を求められ、オレは握っていたねぎまの手を放し、スマホ入力。
『この学校に一人暮らしのヤツっている?』
一人暮らしのヤツが我が校にもいた。6人も。
3年に2人、2年に3人、1年に1人。
「3年生はねー、大学受験で大変だからやめる」
ん? ももしお、本当に一人暮らしの男限定で恋愛するつもりかよ。てか、受験生外すって冷静な判断から、ももしおの意気込みを感じる。
「この1年の男の子は、お婆さんの家の隣のアパートに住んでるみたい。ご両親はもうすぐ転勤から戻ってくる予定って」
「ダメじゃん。うーん。惜しいね。結構かっこいいのに」
「ももしお、お前、シチュエーションだけじゃなく、外見まで拘るのかよ」
「当たり前じゃん。イケメンに越したことないけど、せめて好みのタイプじゃなきゃ気持ち、盛り上がらないっしょ。マイマイを選んだ宗哲君に、外見うんぬん言われたくないんだけど」
おっと、言い返されちまった。
つーか、顔写真まで入手って、女子の情報網ってすっげー。
「2年に3人もいるんだな。ももしおちゃん、ヨカッタじゃん」
ミナトは興味なさそう。椅子の背もたれに体を預けたままカフェオレを飲んでいる。
同じ学年、2年の3人は一応顔を知っているヤツばっか。1人は同クラ。
読んでくださる人がいたというだけで、とても励みになりました。
嬉しくてたまりませんでした。