イケメン三人衆見参!
南西門前の広場は大地と豊穣の女神、地楽神キャルベロッソの属性色であるブラウンの石材で石畳が組まれていた。
それを鋭い爪でガリガリと削っている艶のない黒い毛を持つ巨大な魔物。不穏な唸り声を上げながら牙を剥き出しにして突如現れた少年たちを威嚇する。貴族が使う大型の馬車よりひと回りは大きいだろうか、そんな巨体から角のようにツンと突き出た耳が空へと伸びていた。
『随分大きなうさぎさんだねぇ。一体何を食べたらこんなに大きくなれるのやら……。』
クスクスと小さく笑いながら言うのは生徒会会計の腹黒担当のイケメンだ。
光輝神の加護を強める効果のある純白の法衣制服を着ている。清廉なイメージを見る人に与えるそれがひらりと風に翻った。
種族もバトルスタイルも違う生徒たちに合わせて学園制服のバリエーションはかなり多い。そして基本制服以外はそこそこの値段がするが、追加効果があったり単純にかっこいい・かわいいので欲しがる生徒は多い。そして、実は学園の大事な収入源の一つでもあった。毎度ありがとうございます。
白金色の美しく洗練されたデザインのメイスを持ち、少し癖のある金髪が爽やかに風に揺れる。
柔らかな正統派王子様ルックの腹黒会計は生徒会シナリオの人気ツートップの片割れだ。彼に笑顔で責められる事に快感を得るファンが多いらしい。
『レイグレイン先輩、魔物は食物を摂取しません。あれ等は“邪神の呪い”が具現化して生まれます。』
『あはは、知ってるよ。相変わらずルミス君は冗談通じないなぁ。』
飄々と適当な事を言う会計に、生真面目な声がかけられる。生徒会書記の後輩眼鏡キャラなイケメンだ。
水清神の加護の証である紺碧の髪の間からスマートな眼鏡が光る。フォーマルなジャケット型制服はまだ中等部仕様の物で、実はこの遭遇イベント限定で見る事が出来るレア装備だ。中等部は卒業したが、高等部入学までは中等部扱いなのだ。
書記君は人気キャラ二人に隠れて若干影が薄い印象があったが、しかしやっぱり乙女ゲームのヒーローなだけあって文句無しのイケメンだった。
書記はふわふわした会計の笑顔を胡乱な目で一瞥し、細身のショートソードを二本、素早く鞘から引き抜いて構えた。
『ルミス、キーリス、油断するな。…………来るぞ。』
一番最後に満を持して発言したのは公式正ヒーローの生徒会副会長だ。パッケージ絵もキービジュアルでもほぼ中央にいる。人気投票でも総合一位を掻っ攫い、特別追加シナリオのダウンロード配信までされたイケメンだ。
艷やかな黒髪に真紅の瞳。何をやってもそつなくこなす天才肌の人間で、Sっ気のあるクールな俺様。私の婚約者でもある。前世を思い出してから坂を転がり落ちるように堕落していった私には直接彼と会う機会がほぼ無かったが、ゲーム通りの黒い基本制服に闇寧神の加護が付与された漆黒の大剣を軽々と振るい魔物を圧倒する姿は正にヒーローの名に恥じぬ格好良さだった。
さあっ、ヒロインさん! ようやく攻略キャラに出会えましたよ! 君はどの子がお好みかなっ!?
私の推しは現在保護者キャラへと変貌を遂げた幼馴染君であり、ヒロインさんがどのキャラを選ぼうと特に問題は無かった。
そしてヒロインさんは完全に幼馴染君を家族枠で見ている。彼にお説教されているときのちょっとうざったそうな表情がそれを物語っていた。
遠眼鏡をヒロインさんに向け、耳を澄ます。魔力を操作して喧しい妖精通信をシャットアウトすると、すっと辺りが静かになった。
『狂乱兎……“西風の丘”のザコ敵だね。慣れてる総合戦科の人ならサクッと倒せるんじゃないかな。』
あれっ? なんかすごいドライ……。
ヒロインさんは戦うイケメン三人衆を冷めた目で見ている。『おい、あれ……本戦科の生徒会の二人じゃないか? 中等部の子は知らないけど。』『ふーん。』幼馴染君のシナリオ通りのセリフにも気のない返事しか出さなかった。
『くっそ〜、ここにルゥちゃんがいたらわたし達で倒したのにっ! 攻撃力の低いメルルちゃん一人だと時間かかるから先を越されちゃう……ドロップアイテム欲しかったなぁ。』
ヒロインさんは不機嫌に唇を尖らせ悔しがる。どうやら戦っているイケメン三人衆のことは全く眼中に無いようだ。
ええー……、そんなのあり?? ここ、一応乙女ゲームの世界なんですけど……。
よく見て? 超イケメンだよ? リアルにはありえない水準の美少年達だよ? 駄目だ、あのヒロインさんからは欠片もラブコメの気配を感じない……。
その時私はハッとした。脳内に羊と犬を幸せそうにモフるヒロインさんの姿が過る。も、もしかして……この子……ケモナー的な……アレなんじゃ…………。ま、まさかね……。
ゲームの公式ヒロインさんならイケメン三人衆の戦いを見て「す、凄い……!」って素直に驚いてくれるのに……。もうほぼ確定で転生なヒロインさん(ケモナー疑惑)は『あーほらもう倒しちゃった』とテンションがだだ下がりしていた。
なんかもう、なんだろう……グダってる。いや、まだだッ! ここからヒロインさんの大ピンチが始まるのだ! 幼馴染君の覚醒からの物語の歯車が動き出す的な流れがッ!
危なげなくイケメン三人衆が倒した魔物が黒い煙――瘴気となって霧散する。この煙が散る前に魔物解体用の魔法のナイフ等を使えばここから多くのアイテムを獲得できる。今回彼らは魔物を斬り捨てそのまま放置したので、牙やら骨やらの小さなアイテムが僅かにドロップして石畳の上に落ちただけだった。『勿体ない……』とヒロインさんが呟く。だめだ、なんかぜんぜんドラマチックが始まらない。
しかしヒロインさん、暢気にしていられるのも今だけですよ……!
魔物が倒されたことで、恐慌状態になりかけていた人々から安堵の気配が漂ってくる。『今のうちに行こう。』と幼馴染君がヒロインさんの腕を引く。ヒロインさんは名残惜しそうに魔物のドロップアイテムをチラチラと見ながらそれに従って歩き出した。あの、せめてヒーロー達の方見てくれません?
き、気を取り直して進めよう。うん。私はくじけそうな心を無理やり奮い立たせてセルフナレーションを脳内に流す。そうでもしないと、またイベントスルーなのかと疑わずにはいられなかったからだ。
…………。
……そして、目の前の魔物に気を取られて……誰もが忍び寄る影に気付くことはなかった……。
建物の影から人々に忍び寄る不審な影。音も立てずにひっそりと近づいて手近な犠牲者を狩るべく、なんとヒロインさんに襲い掛かる――!! ピンチ! 絶体絶命ヒロインさん! きゃー!
って、気付いてるぅ! あの羊気付いて迎撃しようとしてるゥッ!?
『めえぇぇーーっ!!』
萌え声な羊の鳴き声が響き渡る。ヒロインさん目がけて跳びかかった二回りほど小さな魔物を羊が角笛を振り回して撲殺しようとする。んなッ、させるかァーーッ!!
私はとっさに〈弾ける火種〉の魔法を羊と魔物の間に飛ばした。『めえっ!?』暖炉の火種か猫だまし程度にしか使えない下位魔法のため殆どダメージは無いが、バチバチと火花が弾けて驚いた羊が空振りをする。ナイス私! ファインプレー!
『あぎゃうっ』
『キャナっ!?』
しかし羊の攻撃をすり抜けた魔物はそのまま真っすぐヒロインさんにボディブロー。ちょっとヒロインとしてあるまじき悲鳴と幼馴染君の叫び。魔物に弾き飛ばされたヒロインさんはそのままゴロゴロと地面を転がり痛そうな音を立てて街路樹にぶつかって止まった。
『うぎゅっ、にゅう…………』
そしてヒロインさんは小さく呻いたっきりピクリとも動かなくなってしまった。
………………あ、あれぇ???
エルザマリア、痛恨のミス!
【piece】
魔物
虚無の邪神、死滅神によって世界中にばら撒かれた呪いの具現。あらゆる生命に牙を剥く破滅そのもの。
――生命存在こそが苦しみの根源である。滅びこそが救いであり、虚無への回帰こそ至上の祝福である。
その深淵なる慈悲でもって、今日も死滅の邪神は魔物を遣わし『死』という救いの手を人々に差し伸べるのだ。