お金があれば何でもできる
エルザマリア・フィス・ローゼマインはお嬢様だ。
長い緋色の髪に黄金色の瞳、ゲーム時代は強気なツンケンお嬢様で、しかし婚約者にはメロメロ。良くも悪くも裏表が無く猪突猛進に突っ走ってはドジって自滅したりする。憎めないキャラだし友情ルートでは百合の波動に目覚める上にこのルートではヒロインさんの方がいわゆる『おっぱいのあるイケメン』状態になったりするので、ある意味裏ヒロイン呼ばわりされていたお嬢様キャラだった。
そして彼女の生家、ローゼマイン家は防衛都市デュナミスに古くからある魔法使いの名門である。多くの優秀な魔法使いや魔女を輩出し、魔物の侵攻から人類を護ってきた由緒正しい家柄だった。
歳の離れた二人の兄がいて、そのどちらも家紋に恥じぬ優秀な魔法使いだ。長兄は騎士団の幹部として働いており、次兄は見聞を広めるために数年前から旅に出ている。
「ふう……見つけましたわ。」
私はつい先程買ったばかりの“妖精水晶の遠眼鏡”を覗き込みながらニヤリと笑った。
エルザマリア・フィス・ローゼマイン、要するに私なのだが……生粋のお嬢様である私には潤沢なお小遣いがある。
普通の学生ならまず手を出せないような装備も私のポケットマネーなら現金一括払いの大人買いだ。前世ではこうはいかない。超気持ちいい。
普段は寝心地の良い枕とか肌触りの良い寝巻とか美味しそうなスイーツとか、よりよい私生活を送るためのアイテムを見つけたときにしか使わなかったお小遣い……今こそ溜まりに溜まったこれを放出する時である。
前世を思い出したことで私はゲーム時代のエルザマリアのようなバイタリティを失った。学校には通っているがそれ以外は半ニートのような自堕落な生活に浸りきってしまっている。
だってめんどくさいの嫌なんだもん。魔法の勉強も最初は物珍しかったけど、覚えなきゃならないことも多くて数学や理科みたいな他の勉強とさして変わらないし。成績は常に赤点すれすれの低空飛行だ。どうしてこうなった。
遅くに産まれた末娘という事で両親にも兄達にも使用人達にまで全力で甘やかされれば、それでもまあいっかと開き直るのにさして時間はかからなかった。今の私は正直ローゼマイン家の人間としては落ちこぼれだけど、馬鹿な子ほど可愛いの精神で親の脛をかじる事を許されている。
そして、転生チートの準備に完全に失敗した私は、とにかく不足分の能力を金の力で補う事にした。お金はエネルギーだ。ある程度なら時間も努力も金で買える。
本当に……どうしてこうなった……。
ま、まあ、そんな私の事などどうでもいいのだ。何はともあれ問題はこの乙女ゲーム世界の主人公……ヒロインさんの動向だ。
やたらとキラキラした装飾のついた魔法の遠眼鏡は、まるですぐ目の前に相手がいるかのように目標の美少女を私の目の前に写し出していた。別売りの付属機器である“噂妖精の地獄耳”という魔法のイヤリングを魔力で繋げれば音まで拾えるらしい。流石高いだけある。
『あー、見て見てメルルちゃんっ! あのアミュレット超可愛いっ! しかも高性能っ!』
『めええっ……この店は魔力インクを買いに来ただけなのです。無駄遣いはやめるのですよ。』
血統だけはお墨付きの魔女である私は説明書を読みながらなんとか魔法具の接続を終えた。途端にきゃぴきゃぴと楽しそうな少女達の会話が耳に飛び込んでくる。さあ、尾行開始だ……。
……ゲーム本編導入である本日は、『戦女神の恋歌』ゲーム開始時共通シナリオ『プロローグ①』が発生すると予測される。
話の流れは、ヒロインが新学期に向けて必要な物を幼馴染と一緒に買いに行くところから始まる。
二人の会話が世界観や簡単な操作方法の説明を織り交ぜたチュートリアルにもなっており、その途中で数人の攻略キャラと遭遇したりもする。
ここまでは日常パートと言って良い。
ところがそろそろ帰ろうか、となったところで街に警報が響き渡る。街の結界の一部が破壊され、魔物達が街の中に押し寄せるのだ。
ここでも新たな攻略キャラ達と遭遇しながら、大体顔見せが終わったかなといったところでヒロインと幼馴染が魔物に遭遇し襲われてしまう。
絶体絶命大ピンチ! というところでヒロインの不思議な力が発動。本来戦えないはずの幼馴染が覚☆醒して魔物を倒してしまうのだ。
これで物語の導入、『プロローグ①』は終了する。セーブを挟んで次の『プロローグ②』へと進むがこれはまた後日となるので今は考えなくても良い。
『凄い! このビキニアーマー露出度高いのにめちゃくちゃ硬いっ! 強いっ! カッコいい!』
どうやらヒロインさんは楽しくショッピングをしているようだ。肩ほどまでの綺麗な黒髪に花の髪飾りが揺れている。興奮ぎみに防具屋のショーウィンドウに飾られた異様に際どいエロ鎧を指差すそのチョコレート色の瞳はキラキラと輝いている。
文句なしの私服美少女なのに、なんかセンスがおかしいよ……!
『誰が着るんだ、こんなの……。』
『これ装備すれば私も前線出れるかなぁ。』
『お願いだからやめてくれ。』
私の心を代弁してくれたナイスなイケメンは言わずと知れた幼馴染君だ。爽やかな亜麻色の髪にライトグリーンの瞳。中肉中背でお人好しそうな親しみやすいキャラ属性でありながらラフな私服もキマっている私の推しメンである。
買物袋を手に脱線しようとするヒロインさんの襟首掴んで軌道修正する。なんか保護者ポジションになってるんですけど……?
『前線に出た所でキャナの攻撃力ではてんで役に立たないのですよ。大人しく後ろに引っ込んでいるべきなのです。めえ。』
『ぐぬぬ……ごもっとも……! で、でも、私だっていつかレベルを上げれば……!』
『その頃私はもっと強くなっているのです。キャナの出番はありそうに無いのです。めえ。』
あと、あと……何? あれは……? 誰? というか、何?
何故かヒロインさんと幼馴染君のお買い物デートに、当然のように割り込んでいる闖入者がいる。
羊だ。なんだか良くわからない、民族衣装風の布を纏った羊だ。声からしてメスっぽいのに立派な巻き角を生やした真っ白な羊だ。獣人? 何故に?
ヒロインさんより頭1つ分小さいが、もこもこの毛皮で全体的に丸っこい。マスコット的なオーラを持っている。良く見るとヒロインさんの髪飾りとお揃いのモチーフのブローチを着けていた。
『やべーぞ姉御っ! あっちでキラーチキンの唐揚げ半額だってよ! 行こうぜ!』
『マジで!? 行こう行こう! ちょっと遅いお昼にしようっ!』
『こら! キャナ、ルゥ! 人混みで走るんじゃない! 危ないだろうが!』
更に身軽に人混みをすり抜けて現れたのは白い犬だった。大型犬がモチーフになった獣人なのかこちらの背は幼馴染君より高い。ふさふさの尻尾をぶんぶん振って、声変わり前の少年の様な高い声で吠える。そしてヒロインさんと一緒に元気よく駆け出して行った。保護者と化した幼馴染君が一歩遅れてその後を追い、『やれやれなのです。』と羊が余裕を感じさせる足取りでその後に続く。
どういう、事なのでしょう……??
予想外の追加キャラに私が困惑していると、人混みの中特徴的な赤毛のキャラがヒロインさんの近くを通った。
元気に駈けるヒロインさんとあわやぶつかるという所で『あぶねーぞ、姉御』と犬がヒロインさんの腕を引く。『おおっ、ルゥちゃんありがとう!』と難を逃れたヒロインさんは何の問題もなく赤毛のイケメンの横を通り過ぎた。
あっ、あれは! プロローグ1でヒロインさんとぶつかって難癖付けてくる攻略キャラの不良少年っ! ニアミスっ! 初回遭遇イベントが今、完全にスルーされたっ!?
『おーいっ! キャナ! ルゥ! 待てって! お前ら早いっ!』
追いかける幼馴染君とも普通にすれ違い、羊とも何の問題もなくすれ違い、あわあわする私が見守る中、イベントスルーされた不良キャラはヒロインさんと何の接点も持たぬまま人混みの中へと消えていった。
エルザマリア、初めてのストーキング。