好奇心は猫を殺すが自堕落は転生ライバル令嬢を殺す
異世界転生。それは夢とロマンの詰まったお気楽妄想のテンプレートである。
なんの取り柄もない現代人が異世界に現代知識とかひょんなことから拾ったチートとかを携えて転生し、無双したりハーレムしたりするハッピー☆なご都合主義がてんこ盛り! で、楽しておいしい感じのお話が、私は大好きだ。大好きだ!
特にゲームとかマンガとかの世界に転生するのがお気に入りで、自分でもよく“もしこのゲーム世界に転生したら……”と妄想しては楽しんでいた。特に寝る前とかね。今日もゴキゲンな夢の世界へレッツらごーってなもんですよ。
添加物たっぷりの甘ったるいケーキみたいな、体に悪そうだけど美味しいよねこういうの。疲れたココロにダイレクトな糖分補給できちゃう感じ。ストレス社会を生きるには潤いが必要なのだ。頭空っぽにして楽しむ時間が生きる気力になるのだ。
そんな私がある日突然、大好きな乙女ゲームの世界に転生した。私の愛する妄想がまさかまさかの現実になったのだ! やったぜ!
ならばもちろん目指すは転生チートである! 私は明るい未来にガッツポーズした。しかし転生に伴い世界が現実ナイズドされてしまった結果、世の中そんなに甘くないということを思い知らされてしまったのだった。
「なんてこと……。なんの対策も心構えも無いままこの日を迎えてしまったわ……。」
ちゅんちゅんとスズメっぽい鳥(実際は大型の猛禽類的なアレだった)の鳴き声を聞きながら、私――エルザマリア・フィス・ローゼマインは呟いた。
学園は今春休みに入っている。ぐっすり眠ってギリギリ昼前に起きた私は、机の上の卓上カレンダーを見て愕然とした。
今日は新学期の1週間前。それは、このゲーム世界『戦女神の恋歌』でのプロローグが始まる日であった。
「と、とにかく様子を見に行った方が良いかもしれないわ。出掛けましょう……ヒロインが転生者かどうかだけでも判断しなければ……。」
私は電波な呟きと共に、とりあえず顔を洗いに洗面へ向かった。
私には前世の記憶がある。
『戦女神の恋歌』。
それは私が前世でドハマりしていた乙女ゲームだ。
――様々な能力を持つ少年少女達を育成するデュナミス学園。そしてそこの附属学校に通うごく普通の学生だった主人公は、魔物に襲われたのを切っ掛けに不思議な力に目覚めてしまった。
他者の祝福を増幅させるその能力を買われての学園本校への突然の転入、そして生徒会長へと異例の大抜擢をされた主人公は、戸惑いながらも個性的な友人達や生徒会メンバー達に支えられて忙しくも充実した学園生活を送っていく。
勉強に冒険、バトル、友情――そして、恋。
爽やかなファンタジック青春ラブストーリー、ここに開幕!
――みたいな。
発売前にネットで見た宣伝のPVを回想する。まあだいたいこんな感じのあらすじである。
そしてこの、前世でプレイしていた乙女ゲーム『戦女神の恋歌』とそれに関連する事柄ばかりを、私は覚えていた。
どういう事かと問われれば、例えば前世の自分の名前や家族の事なんかは朧気でイマイチ思い出せないが、件の乙女ゲームの攻略サイトを見るためのパソコンの操作方法は覚えている、といった具合にかなりチグハグで断片的な覚えかたをしているのだ。
何故だ。どうせならもっと色々と覚えていればよかったのに。そのゲーム関連の事しか覚えてないから転生チートもへったくれもない。私はサブカルチャーオンリーじゃなくてもっと異世界でアドバンテージ発揮できるような前世知識が欲しかった。
とにかく、ある日そんな電波を受信した私は混乱の後、自分がその『戦女神の恋歌』の登場キャラクターに転生したのだと結論付けた。前世でそういうネット小説が流行っていたという記憶に従いそういうことにしておいたのだ。
たぶん、自分の境遇を踏まえてからの『戦女神の恋歌』→乙女ゲーム→乙女ゲーム転生ネット小説……という風に連想ゲーム的な流れで記憶のはしっこに引っ掛かってきたのだろう。たいして役に立たない無駄知識ばっかり思い出す悲しみよ……。
とにかくその記憶によれば、私の境遇はよくあることのようだ。
だから私はおかしくない。
異世界の流行事情は私の精神衛生を保つ為の自己正当化に大いに役立った。ゲームの世界に転生するなど実によくある何番煎じの設定か。私は流行に乗っただけである。
私は正常だ。ダイスロールに成功したのだ。
しかもポジショニングも良い。乙女ゲームで、貴族で、主人公のライバルになる令嬢だ。完全に勝ち組じゃないか。
清く正しく美しく生きていけば相手が転生悪徳ヒロインでも勝手に自滅してくれるだろう。ゲーム通りの通常ヒロインなら聖女かってほど出来たヒロインなので皆が幸せになる未来しか見えないし、うっかり邪神が復活する一部のバットエンドルートにさえ行かせなければ将来安泰だ。
そもそも私は悪落ち系ライバル令嬢ではない。ヒロインとの友情ルートも用意された優遇されたライバル令嬢なのだ。
最悪でも婚約破棄を賭けたヒロインとの決闘で負けてフェードアウトするだけだ。
別に断罪も没落も処刑もない。精々親や理事長であるおじいさまに怒られる程度だろう。
なんてヌルイ乙女ゲーム転生か。やったぜ。
ある意味そのユルさがいけなかったのかもしれない。前世から、私は怠惰な性格だったことを今思い出した。
私は余裕ぶっこいて、何のフラグ建設もヒロイン対策もしないままゲーム期間の初日を迎えてしまったのであった。
なんという失態!
乙女ゲーム転生で定番の、“みんなの好感度高くてニューゲーム”の準備が出来ていない!
せっかく乙女ゲーム転生を成し遂げたのだ……私が主に登場するシナリオ――生徒会役員とその周辺キャラを攻略する『生徒会シナリオ』のキャラだけでも友人程度の好感度には持っていこうと思っていたのに!
しかも、それだけではない……! 私は、私は“強くてニューゲーム”もやりたかったのだ! でもレベル上げもしてない。明日出来ることは明日でいいやの精神が私からレベル上げの機会を奪ったのだ。
まさか転生を自覚してから5年ぐらいは猶予があったにも関わらず何の準備も出来ないとは……。
私は自身の自堕落さに頭を抱えた。
どうしてこうなった。