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書架の魔道士  作者: 綾 翠
流星の魔道士編
7/13

壮途の用意

 祐佳たちが『黒猫亭』に帰ったのは草木も眠る真夜中だった。

 


「クレラ、帰ったぞ。」


 ゼータが店に入る。

 そのあとに続くように祐佳とロッカルは中に入った。



「遅いよ、今何時だと思ってるんだい?」


 不機嫌な声がした。


 クレラが、厨房から出てくる。


 三人の前で腰に手を当て、仁王立ちし、一人一人の顔を睨む。

 祐佳は普通なら、睨まれたらすくみあがってしまう。

 けれども今回はそうはならなかった。


 彼女は顔をしかめているが、口元がほんの少しだけ緩んでいるから。



「やぁやぁ、こんな時間まで起きているとは意外だね。いつもはもっと早く寝ているじゃないか。」


 それに気づいたのか、ゼータがわざとらしく言う。


 クレラは、はっとし、さらに顔をしかめた。


「………悪いかい?」


 低く唸るような声だったが、どこか拗ねている子供の声のように聞こえる。


「いいや。」


 ゼータがニヤニヤと顔をにやけさせる。


 クレラの顔が桜色に染まる。



 クレラに優位に出られるのはこの酒場の中でゼータしかいない。

 年齢で言ったら、40代半ばのクレラの方が20代後半に見えるゼータより軍配が上がりそうなのに不思議である。



「とにかく‼︎あんたはもう寝な‼︎‼︎」


 クレラは八つ当たり気味に祐佳の方を向き怒鳴った。


「はぁい。」


 馬車で眠ったのであまり眠くはなかったが、彼女に逆らうと面倒なことになると、身に染みてわかっている祐佳は、大人しく螺旋階段を下りた。



 ○*○


「それで…祐佳はどうだったんだい?」


 おずおずとクレラは尋ねる。


 そう尋ねたつもりでも発せられる声は低く、自分でもこの声の低さに呆れる。


(まるで怒ってるみたいじゃないか。

 あながち怒ってるのも嘘ではないが。)


 先程のようなゼータのからかいは長年付き合っているが慣れない。

 彼女はクレラの痛いところを突いてくるからだ。



「うん。無事に受かったさ。………心配していたのか〜。」


 予想通りまたもやからかってくるゼータを軽く睨む。


 目つきの悪さには定評があるクレラの睨みは見たものを硬直させるという効果がある。

 が、ゼータはそんなクレラの睨みを微笑んで見返す。


「別に心配していたわけじゃ………ああ、ああ、心配していたよ。最近のあの子は何かに追いかけられているんじゃないかと思うぐらい、鬼気迫って参考書にかじりついていたからね。」


 否定しようとしたが、彼女の何もかもを見通すような瞳を前に強がっていても自分がまだ幼い子供のようで情け無くなるだけなのでやめた。


「そうかいそうかい。」


 ゼータは柔らかな声でそう言うと机に突っ伏して寝ている黒髪の青年の隣に座った。



「今日は少し彼に無理をさせたかもしれない。」


 どこか、しゅん、とした声を漏らす。

 彼女にしては珍しく反省をしていた。

 眉を寄せ、彼の頭を撫でる。


「………例の仕事かい?」

 クレラは訊ねた。


「あぁ、そうだよ。王都(シャングリラのマギサ達の目を潜り抜けるのはホネが折れた。マギアをかなり使ってしまったよ。」


 ゼータはクレラの質問に答えたながら、ロッカルを起こし寝床に行かせる。


 彼はむにゃむにゃと寝ぼけながらドアの向こう側へ消えた。


「明日の買い出しは私が行くよ。二人にはゆっくりしてもらおう。」


 優しい彼女は自分が契約妖精の…そして努力を実らせた自分の弟子の肩代わりをするようだ。



 ○*○


 穏やかな日々が過ぎていった。


 クレラの手伝いは相変わらず多かったがロッカルと協力して手際良く終わらせる事が出来た。


 ゼータと勉強する機会は少なくなってしまった。

 その代わりに彼女が時々差し出す本を読んでいた。


 彼女が差し出す本は色々な種類のものがあったが、その中でも多かったのは童話だった。


 始まりのマギサ、魔法師カナリ、シャングリヤ物語、アルフレッドの冒険などなど…


 子供達が読むような本を渡されて、初めは子供扱いされているのだと思いムッとしてしまった。

 が、これらを読んでいくうちにどんどんハマった。

 祐佳は案外子供なのだ。



 そんなある日のこと。


 コンコン


 ノックの音が聞こえた。


「祐佳、出てきな。」


「はいー。」


 クレラの手伝いをしていた祐佳は酒場のドアを開ける。


「どうも、郵便です。」


 郵便配達の男性が祐佳に一通の手紙を渡した。


「ではこれで。」


 彼はそういうと、連れていた小さな脚竜にまたがり、どこかに走って行った。


 祐佳はその背中をひとしきり眺めた。

 その後、手に持っている手紙に目を落とす。


 白い紙だった。

 重厚感のあるこの手紙の差出人の名前を読む。


「アガルタ国王立、サブマ、研究学院…‼︎」


 それは祐佳が見事合格した名門学院だ。


 ドキドキとはやる心を抑え、ゆっくり封を開く。


 《ユカ.アガタ殿


 此度の試験合格誠におめでとうございます。


 つきましては、貴殿の入学における学徒品の用意を御手数ながらお願いします。



 ・樹の枝

 ・魔法石


 以上の二点です。


 制服、教材などの学徒品は学院入学後、配布します。



 それでは始業式でお会いするのを心よりお待ちしております。



 アガルタ国王立サブマ研究学院長》


(…樹の枝?魔法石 ?…一体なぜ?)


 祐佳は首を傾げた。




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